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第5話「売国奴の盾」~独裁者~

マルコの妹マリアをリーダーとする異能のテロリストたちは、亡命を企てる独裁者フランコを追って東京に現れる。

市ヶ谷駐屯地で自衛隊と一戦交えたマリア達だがメンバーの一人、シアンが狙撃を受け負傷しフランコの暗殺に失敗する。

その混乱のさなか、マルコはマリアと再会した。

だが、マリア達の恐るべき切り札が明らかになる。

その一方、高藤はペドロの電脳に仕組まれたバックアップ機能によりダウンロードされたペドロのメモリーを入手し、その再生に成功する。



 シェルターの確認を済ませたマルコとゴロウは、クガに言われた通り分厚い扉を閉め、施錠してその前に立った。

「ゴロウさん、シャツ、シャツ」

「お、おう」

 マルコに指摘され、ゴロウは慌ててだらしなく垂らしたシャツの裾をズボンに入れる。

「まだ来ねえみたいだな。立ち話もなンだから、座るか」

 ゴロウはそう言って、扉の前にしゃがむ。

 マルコもそれに倣った。

「マルコ、お前フランコって奴に会ったことあんのか?」

「あるわけないじゃん」

「でも顔は知ってんだろ」

「毎日見てたからね」

「毎日?」

「そう。故郷(くに)じゃどこの家にもフランコの肖像画が飾ってあったんだ。売春宿にもね。でさ、お客はアレの時までフランコに見張られてるみたいでヤダって、肖像画を裏返しにしてたって聞いたことがあるよ。

 お札にもフランコ、コインにもフランコ。テレビも映画も、始まる前は必ずフランコ。

 新しい薔薇の品種にフランコって名前を付けた人は勲章をもらった。

 でもトイレットペーパーにフランコの肖像画を印刷した人は国家反逆罪で捕まって、拷問された後絞首刑になった。

 それと、僕がゲリラになってからも射撃訓練の的は必ずフランコの絵。

 あとゲリラは毎日フランコの写真を眺めて言わされるんだ『人民の敵、フランコを必ずこの手で殺します』って。忘れると上官に殴られる」

「…うんざりだな」

「そうでもないよ。どんなバカげたことでも慣れちゃうんだ」

「そうかもしんねえ」

「でしょ?」

 その時、エレベータの到着サイン音が鳴る。

 二人はあわてて立ち上がり、一応直立不動の姿勢をとる。

 高藤を先頭に例の屈強なボディガードが続き、その後に軍服を勲章で満艦飾に飾ったフランコが車椅子を押して続く。

 車椅子にはしぼんだように痩せこけた小さな老人が乗っていた。

 艶を失った白い頭髪も髭も伸び放題で、その目には生気が感じられない。

 —あれがフランコの父親…。

 マルコは、フランコはもとよりその父親に対しても、もはや何の怒りもなかった。

 どうして父子してこんな地球の裏側まで来てしまったのか、どこか同情さえ感じている自分にマルコは少し戸惑った。

 しんがりをクガが続く。

 列はゆっくりと近づいてきて、マルコとゴロウの前で止まった。

 高藤がマルコとゴロウをフランコに紹介する。

「マルコ・フランスアとゴロウ・ワタセです。この二人もあなたの警護を務めます」

 二人は軽くお辞儀をした。

 たっぷりとしたカイゼル髭をたくわえたフランコは鷹揚に会釈してマルコに目を留めた。

「君か、セント・グレゴリオ諸島出身というのは」

「はい」

「生まれは?」

「ベナスです」

「そうか。あそこは良い所だ。故国の者が側にいてくれるのは心強い。しっかり頼むぞ」

「はい」

 フランコは満足そうに大きくうなづいた。

 クガが操作パネルをいじると巨大な扉がゴロゴロと音を立てて開き始める。

 マルコはフランコとの会話に言いようのない違和感を抱いていた。

 —どうしてフランコは僕が()()()()だったか訊かないんだろう。社長から説明済みなのかな?

 それと、フランコからほんの一瞬ふわりと感じ取った臭い。

 マルコの脳裏に、あの難民船での酸鼻を極めた光景がフラッシュバックした。

 扉を半開きにしたところで、一同は中に入る。

「おお!」

 フランコはシェルターの巨大さと、白を基調に仕上げられた内装に思わず声を上げる。

「お気に召しましたでしょうか?」と高藤。

 フランコが車椅子の老人に何事か耳打ちすると、老人の口を覆った長く白い髭が微かに動いた。

「大変清潔でよろしい。父も気に入ったようだ」

 フランコは高藤とクガから一通りシェルターの機能とその使用方法について説明を受けた。

 その上で、世話係を一人シェルター内に付けようという高藤の申し出をフランコは断った。

「できるだけ父と二人きりで居たい。用事があればすぐに来られる所に誰か常駐させてくれたまえ」

「ではしかるべく」

 高藤の言葉を合図に、トッケイ一同はフランコ父子をシェルターに残して扉を閉めた。

 重たい扉が閉まり切ってからゴロウが口を開く。

「いいのか?奴らはどっからでも入り込めるって話じゃないの。早い話が今この瞬間にもフランコは殺られてるかもしれねえ」

 クガはゴロウを見ながらインターホンのスイッチを押した。

 少し間があって、フランコが出る。

「どうしたのかね?」

「いえ、インターホンの試験です、念のため。異常ありません。失礼しました!」

「うむ」

 インターホンが切れた。

 クガがゴロウに向き直って言う。

「確かにお前の言う事にも一理ある。しかし、奴らはピンポイントで行きたいところへ行けるわけじゃない。それができればこれまでのフランコの影武者は護衛が銃を抜く間もなく全員秒殺されてたはずだ。

 やつらは瞬間的に移動できる、しかしターゲットの居所は徐々に絞ってるって感じだ。だから今のところは問題ない」

「しかしあの親父さんの介護もフランコが一人でやるのかねえ」

「介護ベッドもわざわざ商品名と型番までを指定してきたぐらいだし」と高藤。

「なんか独裁者のイメージだいぶ狂っちまうなあ。で、どうするんすか?これから」

 その時、エレベーター到着のサイン音が鳴った。

 ギョッとしたゴロウが懐の匕首(ドス)を握りしめる。

 だが、エレベーターから降りてきたのはムダイだった。

 ムダイはいつもの作務衣のような簡素な服装とは違い、派手な色使いの何色もの着物を重ね着していた。

 そして袖にはすべて錦糸で彩られた房飾りがひらひらと着いていた。

 そのド派手な出で立ちには、さすがにトッケイのメンバーも驚きを隠せない。

 ムダイは静々と扉の前にやってきた。

「何だい、その百人一首みたいな格好は?」ゴロウは呆れている。

「俺はプレスリーかと思ったぜ」とクガがニヤニヤしながら言う。

「戦闘服ね」

 ムダイは全く平然としている。

 高藤がひとつ、咳払いをする。

「こんなとこで何ンだけど、ちょっと話しときたいことがあるわ」



 ブラックホテルのスイートルームには、ようやくシアンが病室から戻ってきていた。

 すでに歩けるようになってはいるが、頭に包帯が巻かれ、ベッドに横になっていた。

 ドアがノックされる。

「どうぞ」とシアン。

 ドアを開いてマリアが入ってきた。

「おかえりなさい、シアン。調子はどう?」

 シアンはベッドの上に上体を起こした。

「体はもう何ともないし、痛みもないわ。でも能力(ちから)が…、幻映(ヴィジョン)が全然浮かばないの。私は今、完全に闇の世界に閉じ込められている」

「きっと薬のせいよ。痛み止めとか、いろいろ。調子が戻るまでゆっくり休みましょう」

「でもその間にあいつが動いて別の場所に逃げ込んだら…、もしかしたらもう手遅れかも!」

 シアンは頭を抱えてうなだれた。

「大丈夫、フランコは必ず動くわ。そして私たちにはまだ奥の手がある」

「奥の手?」

「シアンは心配しなくて大丈夫。早く良くなってね」

 そう言ってマリアはシアンの髪を撫でる。そして自分の前髪をかきあげ、額をシアンの額に優しくそっと合わせた。

「だいじょうぶよ」とマリアはシアンを抱き締める。

 シアンのゴーグルの端から、涙が流れた。

 年下の少女に抱かれて、シアンは生まれて一度も会ったことのない母のぬくもりを感じ、束の間の平穏を得る。

 シアンは黙ってうなづいた。

 しばらくそうしていると、シアンは眠ってしまった。

「おやすみなさい」

 そう呟いてマリアはシアンをきちんとベッドに寝かせ、黙って部屋を出る。

 だが、ベッドの上に一房、ごっそりと抜け落ちたマリアの頭髪が残されていることにシアンは気付く由もない。



「原爆?!」

 ゴロウが素っ頓狂な声を上げる。

「原爆ってあの原爆か?」

「他にどの原爆があるんだよ」とクガ。

「これがその写真」

 高藤が、座布団に乗った銀色の球体の写真を皆に見せた。

 一同は扉の前の廊下に座り、車座になって会議をしている。

 いつものボディガード二人組は扉の前で、手を後ろに組んで立っていた。

「これが原爆?」

 ゴロウが写真を手に取ってしげしげと眺める。

「この()()()なのが?ほんとに?」

 ゴロウは鼻で笑う。

「社長、俺は広島でチンピラやってた時に原爆資料館ってとこで実物の写真を見たことがあるけどよ、こんなんじゃなかったぜ。原爆ってのはもっともっとでっかいんだ」

「そりゃ八十五年前の原爆だ。今はもっとコンパクトにできてて、この写真のより小さいのもある」とクガ。

「へー、そうなんだ。でもこれが…ねえ。子供の工作みたいだ。ん?何か書いてあるな」

 そう言ってゴロウは隣に座ったマルコに写真を見せる。

 マルコは写真の球体の表面に書かれた字を見て、愕然とした。

「マリアの字だ…」

「間違いないな?」

 クガはマルコに念押しする。

 マルコは黙ってうなづいた。

 クガが高藤を見やると、高藤は腕組みをし、口を固く結んで目を閉じた。

「しかし、あいつらどこでこんな物騒なものを。そこいらのマーケットで売ってるもんじゃねえだろ?」

「半島の統一以来、北から核兵器の技術者があちこちに流出している。それこそ金さえ出せば何でも手に入る択捉あたりに行けば入手も不可能じゃない」とクガ。

「しかしよう、超能力者に原爆。社長、こりゃもう俺たちじゃどうしようもないんじゃねえの?」

「そうね。確かにかなり厄介だけど…テロリストたちの狙いはあくまでもフランコよ。原子爆弾は奴らにとっては最後の切り札。つまり自分たちの手でのフランコ暗殺を諦めた時、日本政府相手に交渉の材料として使うはず。だから私たちはあくまで奴らとの直接対決に集中すればいいはず」

 その時、ムダイが口を開いた。

「ならばなぜこの話を我々にするね?」

 高藤は微笑みながら答える。

「さすがね。そう、テロリストは確実に原爆を持ってる。しかしその所在は不明。今、警察とヤクザ組織が情報網をフル活用して調べてる。自衛隊も動いてるけど難航してるわ。だからもし奴らと戦う時がきても、できるだけ殺さないようにしてほしいの」

「社長、そりゃあムリってもんだぜ。ただでさえ得体の知れねえやつらを生け捕りなんてよ」

「大丈夫、あなたたちならやれるわ」

「簡単に言ってくれるぜ」

「生け捕り、捕らえた後はどうするの?」

 マルコが高藤に訊ねた。

「後は彼らの身柄を政府のしかるべき部署に引き渡して、わたしたちの仕事は終わり」

 その後、マリア達がどういう目に遭うか、マルコにはわかっていた。

 拷問、そして惨殺。

 マルコは唇を噛んだ。



 六本木から帰ると高藤は地下室に向かった。

 部屋の灯りを点け、椅子に座り、机の上にある端末を起動させ、パスワードを打ち込む。

 すると画面にヤマアラシの画像が現れた。

「こんばんは、ペドロ・マルティネス」

 ヤマアラシの画像が口を開く。

「もういいや、挨拶抜きでいこうぜ高藤さん」


               次回第5話「売国奴の盾」⑧につづく


今週も読んでいただき、ありがとうございました。

あともう少しで終わりです。

頑張りますので、どうか最後までお付き合いください。

なお、次回は11月10日(土)夜10時に更新予定です。

ご期待ください。

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