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第5話「売国奴の盾」~銀色の球体~

マリア達の市ヶ谷襲撃は、ティゲリバのシアン狙撃で失敗に終わり、フランコは生き延びた。

炎上する市ヶ谷駐屯地で、マルコは生き別れの妹マリアと再会する。


「あ~」

 すっかりきれいに洗い上がったイエローは、清潔な寝間着に着替え、気持ちよさそうにベビーベッドの上でくつろいでいた。

「マゼンタ、葉巻くれ」

 マゼンタは木箱から葉巻を取り出し、吸い口をシガーカッターで切り、シガーマッチでゆっくりと丹念に火を点け、イエローに渡す。

 イエローは思いきり吸い込んで、煙を吐き出した。

「葉巻はハバナに限る…」

 マゼンタは黙って窓から今なお炎上している市ヶ谷方面を眺めている。

「お前、けっこう手先が器用じゃないか」とイエロー。

「バーテンダーだったからな」

「へえ」

 会話が途切れ、気まずい沈黙が流れる。

「マリアとシアン、どうなったかな」

「さあ…、マリアのはいつものことだし、シアンもかすり傷だ」

 再び長い沈黙。

 —あの女たちがいないと困るな。こいつと二人じゃちっとも話がもたねえ。

「…フランコの奴、どうしたかな」

「さあ、あんたの電脳でわからないのか?」

「さっきジエータイを覗いてきたけど、相変わらず混乱しっぱなしだ。色んなやつらが出たり入ったりしてるけど、結局シアンの幻映がないと人物を特定することは難しい。まださっき居た場所から動いてない、と俺は見るがね」

「そうか」

 二人の間にまたしても気まずい空気が漂い始めたその時、ドアのチャイムが鳴った。

 マゼンタがドアを開けると、マリアが看護師の押す車椅子に乗って帰ってきた。

「鎮静剤を打ちましたので、しばらくは落ち着いていると思います」

「シアン、もう一人の方は?」

「あの方は鎖骨にひびが入っています。肩の傷はテープで閉じましたが、倒れた時に頭を強く打った可能性もあるので、一日入院していただきます」

 すると、マリアが車椅子から立ち上がり、ふらふらと歩き始めた。

「ママ、大丈夫かい?」

 イエローが心配そうにマリアを目で追う。

「寝るわ。おやすみ」マリアがそう言って、ブツブツと何事か呟きながら彼女の寝室へ入った。

「歩けるようですから、もう大丈夫でしょう。では、私はこれで」

 看護師は空の車椅子を押して部屋を出た。

「病院まで完備とは恐れ入ったね。悪人ホテルとはよく言ったもんだ。銃創なんて見せたら、まともな医者なら何を言われるかわかったもんじゃねえ」


 自分の寝室に入ったマリアは次々と着ているものを脱ぎ捨てて全裸になり、鏡にむかって立った。

 手足は細く、胸は薄い。

 この年齢相応の成熟への兆しは見えず、どこか痛々しさを感じさせる裸身。

 マリアは前髪を掻き上げる。

 爛れた肌と右眼の黒い眼帯。

 裸のまま、マリアはゆっくりとクローゼットに歩み寄る。

 クローゼットを開くとその床に二つ、金属製の箱がある。

 マリアは箱を二つとも、少し重そうにベッドの上に持ち上げて乗せ、自分もベッドに上がり、しゃがみ込んで箱の蓋をあける。

 二つの箱の中には、各々直径30センチほどの金属製の球体が、恭しくビロードの台座に納められていた。

 球体にはマジックインキで各々「Marco 1」「Marco 2」とサインが入っている。

「兄さん、本当にマルコ兄さんなのね。やっと会えた…」

 そう言ってマリアは「Marco 1」を箱から取り出し、裸の胸に抱きしめる。

 火照った肌に冷たい金属が心地よい。

「兄さん…」

 マリアは球体を抱きかかえてシーツにもぐりこみ、まるで胎児のように体を丸めて眠りに入った。

「兄さん、いつか世界は私たちにひれ伏して、後悔の涙を流すのよ」



 トッケイのメンバーが珍しく会社に全員揃って姿を見せたのは、市ヶ谷の惨劇の翌日昼のことであった。

 彼らは会議室で弦本からの報告を受けた。

 報告はフランコを追ってきたマリア達が、あちこちで起こした虐殺事件を残された映像も踏まえて詳細に分析したもので、出席者全員を納得させるに十分なものだった。

「要するに奴らは択捉から市ヶ谷まで、計四度フランコを襲撃している。そしてそのうち三度成功したが殺されたのは全て影武者だった。そういうことだな」とクガ。

 弦本が資料に目を落としつつ答える。

「そうです。DNA鑑定の結果、どの死体もフランコ本人のものとは一致しませんでした」

「するってーと何か?今度俺たちがシェルターに匿うのも影武者かもしれねえってことか?」

「こっちはすでにフランコ本人のDNAを入手してるんだから、調べることは可能です。その心配はありません」

「フランコがホンモノだろうがニセモノだろうがそんなこたどうだっていい。託されたシェルターの中身を守る、それが俺たちの使命だろ?」

「クガちゃんの言う通りよ。だから問題になるのは襲撃者の具体的な能力よね」と高藤。

 弦本がうなづいて後を継ぐ。

「彼らがはっきりと見せた能力は三つ。破壊・防御・移動。

 破壊はどういう物理原理かわからないけど、どうも重力を自在に操れるらしい、ということ。その証拠としては防衛省正門前の犠牲者たち。彼らの足はくるぶしまで硬いアスファルトにめり込んでいた。そしてこれは映像の様子から赤い髪の男の能力らしいということ。

 次に防御、彼らは自分たちの周りになにか見えない壁のようなものを張り巡らせている。彼らを銃撃して生き残った者が一人もいないのではっきりとしたことは言えないけど、銃弾は全く命中せず、しかし現場には先の潰れた銃弾が薬莢の数と同じだけ発見されているという事実。それから戦車砲が発射された瞬間の映像。爆発と煙が彼らの周囲を覆っているドーム状の何かを一瞬浮かび上がらせている。

 最後に移動、これは我々も市ヶ谷の通信鉄塔の上ではっきり見ました。」

「インビジブル・カモフラージュの可能性は?」とクガ。

「ありえますが、それだとあの鉄塔をケガ人を抱えて梯子で降りなくてはなりません。あの高さからだとそれはとても無理かと」

「ティゲリバが狙撃したというその女、そいつがどうも気になる」

「私もそう思います。択捉、根室、新宿、市ヶ谷、どの襲撃現場のカメラにも彼女は写っていません。おそらく彼女ひとり、他の三人からかなり離れたところに居たものと推測されます。それから、ティゲリバが狙撃に成功したことから、彼女だけ『壁』に守られていないようです」

「狙撃でどの程度ダメージを負ったのかわからんが、能力が気になる」

「見張りじゃね?わざわざあんな高いとこに上ってさ」とゴロウ

「俺もそう思う。もしくは偵察か…」クガも腕組みしてうなづいた。

「いずれにせよ、彼らは三人の直接襲撃班と一人の別働班に分けられるということ。『壁』を使えるのは襲撃班のうちの一人だけという可能性が高いこと。それが今はっきり言えることです」

「推測ばっかで得体が知れねえ。なんだかおっかねえな。死体の写真見たけどとても人間業とは思えねえ」

 ゴロウは大げさに身震いしてみせた。

 その時、ムダイが口を開いた。

「しょせん人間ね。我々と同じ人間。でなければなぜあそこまで攻め入って、仲間がひとりやられたぐらいで撤退するかね。それは、人間の弱さ、心優しさを持っているから。そこが奴らの致命的な弱点かもしれないね。宇宙から来た怪物、これどうしようもない。しかし同じ人間であれば能力者といえどいくらでも戦いようはある」

「同じ人間かぁ…」

 天井を仰いでゴロウがため息をつく。

 クガが話を続ける。

「いずれにしても、ここまで分析した結果出た推論だ。それを信じて動くのが最良の手段だろ?奴らのはっきりした弱点は、一人だけでは十分な力を発揮できないということだ。ならば分断してしまえばいい。全員をバラバラにして、一人ずつ倒す」

「そうなると分担だな…」そう言ってゴロウはちらりとマルコを見やる。

 マルコはさっきからうつむいてじっと考え事をしている。

 ゴロウがマルコに話しかける。

「マルコ、お前の妹…」

「マリア。僕の妹のマリアが奴らのリーダーだと思う」

「あの黒ずくめの子か?」

 マルコはうなづいた。

「ペドロは死ぬ前に言った。マリアが反政府軍のリーダーだと。そして僕ははっきりと見た。あれはマリアだ」

 一同は沈黙した。

「マルコ…お前やっぱり今回は外れた方がいいんじゃねえか?」

 ゴロウがマルコを気遣う。

「いや…、マリアは僕が相手になる」

「自分なら説得できるかもしれねえ、とか思ってるなら甘いぞ」とクガ。

「マリアは間違ってる。僕が止めるよ。どんな手段を使っても」

「じゃあマリアはマルコに任せる。ただし一人じゃだめだ。俺と二人だ」

 マルコはうなづいた。

「ならば赤い髪の兄さんはわしが相手になるね」とムダイ。

「大丈夫かよ。戦車を押し潰すようなやつだぜ。どうやって戦う気だ」

 ゴロウは少しバカにしたように言うが、ムダイは気に掛けない。

「大丈夫。経験と勘ね」

「超能力者相手にねえ…」

「するとゴロウの相手は自動的にゴーグルの女ってことになるな」

「女か…。女に手ェかけんのはどうも気が進まねえけどな」

「バカヤロ、油断してるとお前が殺られるかもしれねえ相手だぞ」

「やるよ、やる。仕事だからよ。だがあと一つ問題が残ってるぜ」

「何だよ」

「マリアがいつも抱いてる、黄色い服着た赤ん坊だ」

「それについては確認がとれていません」と弦本が申し訳なさそうに言う。

「各所での襲撃事件の映像、宿泊したホテルの映像を解析したけど、この子には全く動きがない。しかしホテルの人間に聞くと人形なんかではなく確かに人間の赤ん坊だったと。それから、すべての襲撃対象近辺のコンピューターにハッキングの痕跡があるの」

「赤ん坊が?んなバカな」ゴロウは一笑に付す。

「電脳…か?」とクガ。

 一連のやりとりをただ満足そうに眺めていた高藤がようやく口を開く。

「ハッキングの件はあたしに任せてもらえるかしら」

「社長が?何かあてでもあるんですかい?」

「近々その方面の実力者をスカウトする予定よ」

「ところで社長、フランコをいつシェルターに迎え入れるんですか?」

「1週間後。明日からはシェルターの内装工事が入るからそのつもりでね。相手は一国の大統領だった人物なんだから丁重にね」

「お付きはいないんですか?」

「警備上の理由ですべてお断りしてあるの。大統領は父君だけ連れてシェルターに入る予定よ」

「父君って…フランコの?」とゴロウ。

「そう。耄碌(もうろく)して車椅子だけどね。フランコって意外と父親思いなのかしら、いつも車椅子の側にいて他の人間には触らせないくらいよ」


 会議が終わり、トッケイのメンバーたちが帰ったあと、高藤は弦本を呼び止めた。

「急で悪いんだけど、ちょっと出張してくれない?」

 弦本は択捉から帰ってきたばかりだ。

 しかし顔には出さずに訊ねる。

「どこでしょう?」

「地球の裏側に一週間ほど。今度はバハマでゴージャスな休暇をプレゼントするからさ」

「…セント・グレゴリオですね?」

「当たり!」

「でもなぜ今頃…」

「セント・グレゴリオがかつて長い間王制を敷いていたのは知ってるわよね」

「ええ、その後軍人だったフランコがクーデターを起こして王党を一掃して軍事政権を樹立したんですよね」

「その通り。今回はね、生き延びた王党の人々、特に国王と血縁のある人物について調査してほしいのよ。やっと本格的にお金と権力の匂いがしてきたのよね。」

「わかりました」

「水着忘れないで行くといいわ」

 そう言って高藤は一人地下へ向かった。

 分厚い、電波を一切通さないドアを開き、地下室の一室へ入る。

 その部屋にはサーバーが一台置かれ、それにつながった薄いノートパソコンがテーブルの上に置かれていた。

 パソコンと一緒にテーブルの上に置いてあるのは、今となっては珍しい黒いダイヤル式の電話。これだけが外部と連絡を取る手段だった。

 高藤がパソコンの電源を入れ、パスワードを打ち込む。

 するとしばらくして、画面の隅から8ビットのハリネズミのアイコンがちょこちょこと現れた。

 アイコンをクリックすると、ハリネズミはこちらを向いて止まった。

 高藤は音声入力を選択してハリネズミに語りかける。

「こんばんは、私は高藤大陸よ」

 画面の中のハリネズミはぎこちない人工音声でゆっくりと語った。

「こんばんは、タカトー・ダイロク。我が名はペドロ・マルティネス也」


                     次回第5話「売国奴の盾」⑥に続く

はっはっはっ!

またやっちまいました。

未完成の原稿を載っけて、公開日時を指定し忘れたのですね。

というわけで、今回は連載一周年記念で二日連続投稿ということにします(泣)。

やっとストックができたと思ったのにな…。

まあ未完成原稿は、ほぼ完成したもので、字下げや句読点を直しただけですが、再読していただけると幸いです。

だいたい前回の後書きで「次回は10月20日です」などと、そこがすでに間違っているではないか(笑)。

というわけで今週は二日連続掲載です。

楽しんでいただけると幸いです。

なお、次回こそ10月27日(土)夜10時に更新予定です。

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