第5話「売国奴の盾」~邂逅(めぐりあい)~
フランコを匿った防衛省をマリア達が襲撃する。
その能力は応戦した自衛隊を粉砕していく。
一方、いち早く異変に気付き、単身防衛省に乗り込んだティゲリバは通信鉄塔にシアンを発見した。
防衛省のグラウンドから舞い上がった二機のAH-1S「コブラ」戦闘ヘリはティゲリバの頭上を通過し、そのまま通信鉄塔をぐるりと旋回して再びA棟に向かってくる。
誤射されることを恐れたティゲリバはとっさにぴたりと身を伏せた。
ヘリはそのまま儀仗広場に向かって高度を下げていった。
ローターの音を響かせ、戦闘ヘリが儀仗広場に舞い降りた。
旋風が広場に立ち込めた白煙を一瞬にして吹き飛ばしてしまう。
ヘリは広場中央に立つマリアたちを挟み込むようにホバリングする。
「コブラだ!すげー骨董品」
イエローは興奮し、両腕をバタバタさせて喜んだ。
三人を包むシールドはイエローを中心に一気に広がり戦闘ヘリをグイと押しやる。
ヘリの操縦士は見えない衝撃波のようなものを感じ、反射的に少し高度をとった。
「だめよ、イエロー!あなたのシールドはそういう風に使うんじゃないの。今からそんなに力を出してたら、肝心な時にどうするの?」
マリアが厳しい口調でたしなめる。
「ごめんよ、ママ。俺も奴らに一発かましてやりたかったんだ」
イエローは少し怯えた目で言い、シールドを元の大きさに戻した。
マゼンタがニヤリと笑い、目の前に掲げた掌のスナップを利かせて、何かをはたき落とすしぐさをする。
A棟側に陣取ったヘリは地上にぐしゃりと叩きつけられて爆発し、高く炎を上げた。
ヘリに搭載されていたロケット弾が誘爆し、儀仗広場を炎が舐める。
ヘリから火だるまになって転がり出た乗員は、炎に呑まれた。
マルコ達がビルのヘリポートに照明を灯してすぐ、六本木上空にパールホワイトのホンダ・ツインジャイロが姿を見せた。
クジラを思わせる生物的曲線の優美な機体が着陸すると、側面のドアが開いて高藤が顔を出した。
ローターの回転音に負けない大声で高藤が叫ぶ。
「クガちゃん、敵状視察よ!何が起きてるかこの目で見るチャンスよ!」
クガが乗り込むと、マルコが続いて素早く乗り込んできた。
「マルコ、お前は留守番だ」
「上空まで行くんでしょ?乗せて!」
「ここをゴロウだけに任せるわけにはいかない。戻れ!」
「おかしな予感がするんだ!お願い!」
懸命にすがりつくようなマルコの様子に、思わずクガは高藤を見る。
高藤は無言でうなづいた。
「よし、乗れ!」とクガ。
ドアが閉まり、ツインジャイロは慌ただしく再び六本木の空に舞い上がった。
戦闘ヘリの爆発は、残りの一機を巻き込んだ。
飛び散った破片の直撃を受けたもう一機の戦闘ヘリはコントロールを失い、機体から白煙を曳きながらフラフラと外濠に墜落した。
派手に水しぶきが上がる。
「なんだ、池ポチャかよ。ガトリング砲撃つとこが見たかったのに…」
イエローがつまらなさそうに呟く。
「幸運だ。力はなるべく使わない方がいい。フランコに会うまでは」
マゼンタが珍しく口をきいた。
戦闘ヘリまであっけなく撃墜されたことはティゲリバに更なる衝撃を与えた。
が、思い直してヘリポートを這って暗がりに身を隠し、再び通信鉄塔にシアンの姿を探す。
―居た!
シアンはこちらを向いてはいるが、何か他の事に注意を奪われているらしい。
ティゲリバは再度片膝を立ててSV98を大きく仰角に構え、デジタルスコープを覗く。
不安定な構え、加えて上空を強風が舞い、スコープの十字線は弾道の修正データを受けてティゲリバの視界の中をめまぐるしく動く。
—当たってくれ!
ティゲリバは祈りながら引き金を静かに絞る。
スコープの中、シアンは強い衝撃を受け、身をのけぞらせて視界から姿を消す。
「やったか!」
ティゲリバはスコープから目を離して、鉄塔最上部に目を凝らす。
そこにシアンの姿はなかった。
地上の二人、マゼンタとイエローの頭に送られていたシアンの幻映がフッと途切れる。
「消えた!」イエローが叫ぶ。
「ママ!シアンの幻映が消えちまった!」
「何ですって?!」
マリアは動揺を隠せない。
「やられたのかなあ」
イエローも急に不安そうにつぶらな瞳でマリアを見上げる
マゼンタは表情を変えずフランコの居場所、A棟を見つめて言った。
「行こう。敵はもう目の前だ」
マリアの目に迷いが浮かぶ。
「マリア!」
決断をうながすマゼンタの言葉。
しかし、マリアは悔しそうに唇を噛んで言う。
「…撤退するわ」
次の瞬間三人の姿はかき消すように儀仗広場から見えなくなった。
マルコ達を乗せたツインジャイロはあっという間に市ヶ谷上空に到達する。
市ヶ谷駐屯地と防衛省のあちこちから炎と黒煙が立ちのぼっていた。
「マジかよ…」
さすがのクガもいつもの冷静さを失っている。
「目的は情報収集よ。クガちゃんはカメラお願い。弦本、もっと低く飛べない?」
弦本は高崎の一件以来かなり操縦に慣れたらしく、落ち着いている。
「誤射されないでしょうか?」
「大丈夫よ、こういう時のために目立つ色にしてあるんだから。それにぼちぼち報道機関のヘリも来てるわ」
なるほど、ツインジャイロと同じぐらいの高度に何機かのヘリが集まっている。
「この高さで飛ぶのもかえって危険ですね。高度を下げます」
真っ白なツインジャイロはあくまでも緩やかに高度を下げてゆく。
クガは側面ドアの窓をスライドさせ、望遠レンズを突き出して撮影を始めた。
シアンは肩口から血を流し、通信鉄塔最上部のステップに気を失って倒れていた。
ティゲリバの銃弾は彼女の肩をかすめただけだったが、肉は切り裂かれ、柘榴のように傷口が爆ぜていた。
加えて7.62×51ミリ弾が肉体に与えた衝撃は血管を通って心臓を直撃した。
そこへマリアたち三人が姿を現した。
「シアン!」
マリアは倒れているシアンに駆け寄る。
「んん…」
シアンはうめきながら少し体を動かす。
「息があるわ」
「マリア…ごめん…なさい。油断した…」
意識を取り戻したらしく、シアンがとぎれとぎれに謝る。
「夜間にこんな場所を狙撃できるとはな…、相当な腕の奴がいたもんだ」とイエロー。
マゼンタがポケットから白いハンカチを出し、傷口に当てる。
「うっ!」シアンが痛みに思わず声を上げる。
マリアはイエローを抱えるために付けていたストラップを外し、ハンカチの上から何重にも巻いて、少しきつめに縛った。
マリアの胸から下ろされたイエローは、器用に両腕でちょこちょこと歩きながらシアンに近寄る。
「大丈夫かよぅ、シアン」
「大丈夫、かすり傷よ。立てる?」
シアンの髪を撫でながらマリアは優しく言った。
吐き気をこらえ、よろけながらシアンは何とか立ち上がった。
ツインジャイロは炎上が激しい儀仗広場に向けて緩やかに降下していく。
高度が下がるに従って地上の地獄絵図が明らかになり、クガは息を呑む。
その時、通信鉄塔に人影を見たマルコはクガを押しのけるように窓に顔をつける。
「おい、邪魔だぞ!」とクガ。
しかしマルコは何かに憑かれたように鉄塔の一点を見つめている。
「一体何が…」
訝し気なクガからカメラをひったくるように奪ったマルコは、望遠レンズのモニターを食い入るように見ている。
「塔に、塔に寄って!一番上のところ!」
弦本がマルコをちらりと見て、ツインジャイロを急上昇させながら通信鉄塔に近づいていく。
「誰かいるぞ」
鉄塔を見ていたクガも気付いた。
「もっと近づいて!」
マルコの声にはどこか尋常でない切迫感があった。
弦本が操縦をオートに切り替え操縦桿をわずかに傾けると、機体はゆっくりジワジワと鉄塔に寄っていく。
シアンが立ち上がった時、三人はゆっくりと近づいてくる白い機体に気付いた。
反射的にマゼンタが右手を突き出す。
シアンが弱弱しく言った。
「あれは民間機よ。敵じゃないわ…多分」
その時、突然白いツインジャイロの側面扉が開き、真っ白い髪の少年が機体から身を乗り出して叫んだ。
「マリア!」
マルコはいきなり側面のスライドドアを開き、身を乗り出した。
「バカヤロー!死ぬ気か!」
クガが怒鳴る。
強風がどっと機内に吹き込み機体は一瞬ふらつくが、二つのローターが素早く別々の角度に動いて安定を取り戻す。
クガが慌てて後ろからマルコを羽交い締めにして引き戻そうとするが、マルコはドアにしがみついて狂ったように絶叫した。
「マリア!マリア!僕だよ、マルコだよ!マリアァァァァッ!」
北風がマリアの黒いフードとヴェールをパタパタとはためかせる。
自分の名前を呼ぶ懐かしいその声!
マリアは驚愕の表情で近づいてくるツインジャイロを見つめた。
「兄さん…、そんなバカな…」
マリアは混乱しながらも空間に撤退路を開き、全員を連れて姿を消した。
「消えた…」クガは呆然としている。
マルコはなおも身を乗り出して叫び続ける。
「マリア!マリア!マリア!」
クガはやっとのことでマルコを機内に引っ張り込み、ドアを閉めた。
「マルコ!しっかりしろ!いったいどうしたっていうんだ!」
マルコの顔は涙でぐしょぐしょになり、頬は寒風にさらされて真っ赤になっていた。
「あれはマリアだ。僕の…僕のたった一人の妹だ!」
「奴らの一人が?確かか?」
マルコはうなづく。
「しかしお前、あの距離じゃあ…」
マルコは頭を抱え、いやいやをするように何度も大きく首を振って絞り出すように声を上げた。
「間違いないよ…絶対に間違いない。間違えるわけがない!」
そこへ高藤が口を挟む。
「その話は後でゆっくりと聞かせてもらうわ。クガちゃん、とりあえず任務続行」
マリア達はブラックホテルのスイートルームに姿を現した。
シアンは絨毯の上に崩れ落ちるようにへたり込む。
しかしマリアは我を忘れて宙の一点をぼんやりと見ているだけだ。
「ママ、あの白い髪のガキは何者なんだ!」
イエローは不機嫌そうに喚くが、マリアの反応はない。
絨毯の上でシアンが苦痛の呻きを上げる。
「医者を呼ぼう」
マゼンタがフロントに電話をかけた。
マリアは棒立ちになって、囁くような小さな声で詠い始めた。
「わたしは罪を犯しました。
足の先から頭のてっぺんまで汚い泥に浸かっていました。
あの人は言った。
では清めて差し上げよう。
わたしは白い棺に押し込まれ、地獄の業火で焼かれてく。
熱い、熱い、痛い、痛い、苦しい、苦しい。
でも死ねないの。
焔は私を舐め尽くすけど、決して焼き尽くすことはない。
わたしの意識はどこまでもくっきりとして、あの人の声を聞く。
苦痛は続く、きみの穢れが焔で清められるまで。
それが煉獄。
おまえの永遠の棲み処」
詠い終えて、しばらく茫然としていたマリアは、突然叫んだ。
「兄さん!マルコ兄さん!来てくれたの?」
マリアは気を失って倒れた。
「もう一人倒れた。医者を追加してくれ。え?一人で十分?それもそうだな」
ホテルのフロントと電話で話していたマゼンタはそう言って電話を切った。
「ちっ、もう少しでフランコを殺れたのによう」
イエローは二本の腕でベビーベッドまで歩き、ベッドの脚に摑まった。
「フンッ!」
両腕の力だけでイエローは自らベビーベッドに這い上り、ゴロリとベッドに横になっていまいましそうに言った。
「やれやれ、骨折り損のくたびれ儲けだ。ようマゼンタ、葉巻くれ!」
マゼンタはベビーベッドに近寄り、ひょいとイエローを抱き上げた。
「おい、何する気だ?」
「風呂の時間だろ?」
「お前が俺を風呂に入れるのか?」
「他に誰がいる」
とたんにイエローは両腕を振り回して暴れ始めた。
「いやだっ!男はいやだっ!」
マゼンタは慣れた様子で拳が届かないよう、腕を伸ばしてイエローを掴み、バスルームに連れて行く。
「イエロー、お前、くさい」
「男はいやだぁぁ!女じゃなきゃいやだぁぁぁぁ!」
イエローの悲痛な叫びがバスルームに響いた。
次回第5話「売国奴の盾」⑤に続く
今週も読んでいただき、ありがとうございました!
また先週、ブックマークを付けて下さった方、ありがとうございます。
すごく励みになりました。
これからも面白いものを書きますのでどうかよろしくお願いいたします。
さて、序盤の山場が終了。
次回からは中盤の山場に向けての仕掛けが始まります。
最終話にふさわしい物語の大きなうねりを作り出すべく、交錯する人間模様、変転する運命、複雑なドラマを描き切らなければなりません。
自分のすべてを出し切って最後まで書きますので、お付き合い下されば幸いです。
また、引き続きブックマーク登録、感想(こちらはログインしなくても書き込めるようになっています)、評点、レビュー、メッセージなど、頂ければ嬉しいです。
辛口、酷評、それから間違いの指摘など、今の私にはなんでも嬉しいですし、鍛錬になりますので是非ともお願いいたします。
なお、次回第5話「売国奴の盾」⑤は10月20日(土)午後10時に更新予定です。
ご期待ください。




