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第4話「ペドロの戦争」~予兆~

新宿での暴動に巻き込まれ、ムダイたちとはぐれたコルティナは、ペドロに出会う。

 その日、コルティナの行方不明を受けて、ムダイ邸は大騒ぎになった。

 高弟たちは電話を使って各々の友人、知り合いに連絡を取り、手掛かりを探そうとした。

 コルティナになついていた子供たちは不安そうに固まって身を寄せ合っている。

 なかには自分が迷子になったかのように泣いている子もいる。

 新宿に捜索隊を出そうという話も出たが、東京政府は戒厳令を布告し、都民には夜間外出禁止令が出ていた。

 東京各地で勃発していた騒乱、外国人の虐殺、それに報復する自警団と日本人の小競り合いは一時市街戦の様相を呈したが、自衛隊と警察の出動によって速やかに収束しつつあった。

 マルコは不安とやり場のない怒りと焦燥と苛立ちを抱え、居ても立っても居られなかった。

「マルコ、済まない。わしが付いておりながら」

 さすがのムダイも焦りを隠せない。

 マルコは自分を押さえ込むように、拳が白くなるほど強く握っていた。

「急にドローンがやってきて…、あっという間でどうしようもなかったんですよ」

 純華も取りなすが、マルコはずっと口を結んでうつむき、ただ畳を見つめている。

「高藤君にも連絡した。おそらく彼なら…」

 突然、マルコは立ち上がった。

「どこへ行く」

 マルコは力なく座った。

 そこへ、若い高弟の一人が急ぎ足でやってきた。

「マルコ、なんだか友達が来てるよ」

「友達?」

「門の前で待ってる」

 マルコは訝し気に立ちあがった。


 正門前の暗い道路に彼らは居た。

 見たところ東洋系の少年二人組だ。

 二人とも作業帽をあみだに被り、油染みた白のツナギの胸には「立花自動車工業」と刺繍があった。

 彼らが乗ってきた軽トラックにはオフロードバイクが積んである。

「あんた、マルコかい?」

「そうだけど」

「俺はユンで、こいつはマオ。ペドロに頼まれてこいつを届けに来た」

 ユンはそういって親指で積み荷のオフロードバイクを差す。

「ペドロに?」

「俺たちゃペドロのダチでよ。あ、でもギャングじゃないぜ、自動車修理工場で働いてる。

 俺たちとペドロはいつかレースに出るのが夢でさ。仕事の合間にこいつをコツコツ仕上げてたんだ」

 ユンはそういいつつマオと共に荷台に鉄板を斜めに立てかけ、バイクをトラックから降ろし始めた。

 ユンが続ける。

「ところが今日ペドロが急に工場に来てさ。こいつをあんたに譲りたいって。まあ、もともとこのバイクはペドロのだし。頼まれたからこうしてわざわざ持ってきたってわけ」

 バイクはライムグリーンに輝くカワサキのKDX125だ。

「レース用だからカリカリにチューンしてある。相当に出るぜ。小さいけどそこいらのバイクには絶対に負けねえ。あとはあんたの腕次第だ」

 マルコはじっとバイクを見つめていた。

 ―ペドロにこんな夢が…。

「でもどうしてこれを僕に?」

「さあ、よくわかんねえ。長い旅に出るからしばらく東京には帰らないって。あと言伝(ことづて)があるぜ」

「言伝?」

「俺を探すな」

 マルコは雷に打たれたような気がした。

 ペドロはこういう時、必ず反対の事を言う。

「ペドロは!」

 マルコはユンの両肩を掴んで揺さぶりながら問いかける。

「ペドロは、一人だったか?」

「い、いや…、女の子と一緒だったぜ。長い黒髪のよ、すげえきれいなラテンの娘だ」

 ―コルティナ!

「君たちの工場はどこ?」

「え?新宿だけど」

 ユンの答えを最後までまで聞かず、マルコはバイクに跨った。

 ユンがマルコにキーを投げる。

「気が早いな。ちょっと待てよ」

 マオがトラックの運転席からオフロード用のヘルメットとゴーグルを持ってきた。

「こいつもペドロの置き土産だ」

 マルコはヘルメットとゴーグルを着けて、キックペダルを蹴った。

「グオン!」

 轟音を上げてKDXが目を覚ます。

 その音に、ムダイ邸から皆が飛び出してきた。

「マルコ!どこに行くつもりだ!」

「夜間外出禁止令が出てる。どこも警察や自衛隊でいっぱいだぞ!」

 高弟たちは口々に叫ぶ。

 それまで黙っていたマオがマルコのヘルメットに顔を付けて大きな声で言った。

「ペドロ、あいつ本当は死ぬ気だろ?」

 マルコは答えられない。

「何とか助けてやってくれないか」

 マルコはうなづき、フルスロットルでバイクをスタートさせた。

 バイクの前輪が一瞬大きく跳ね上がり、マルコはあっという間に闇に消えた。


 バイクはしばらく山道を下る。

 ヘッドライトの視界だけが頼りだが、マルコは集中していた。

 エンジンはスロットルの微かな開閉に敏感に反応し、固めにセッティングされたサスペンションは山道の凹凸を拾って跳ねるが、スピードを上げると挙動は安定した。

 これは正真正銘のオフロードレーサーで相当なじゃじゃ馬だが、マルコはすでにこのKDXの特長を掴んで、自分のものにしていた。

 砂利と泥を飛ばしながら山道のカーブを曲がっている時、マルコは突如頭をガーンと殴られるような激痛を覚えた。

 思わずハンドルから手を放したマルコは路上に投げ出され、横倒しになったバイクはそのままカーブの先へ滑っていった。

 マルコの頭に膨大な映像が凄まじいスピードで流れ込んでくる。

 しかしマルコはその一つ一つを細部に至るまで認識できた。

 美しい海、美しい空、白い海鳥が舞う小さな漁村。

 老人が鮮やかな手つきで網を繕っている。

 カーニバル、移動式の観覧車、剣を呑むマジシャン、トップロープから宙返りするプロレスラー。

 マルコは路上に大の字になって茫然と映像を眺めていた。

 ―これはコルティナの記憶だ…。

 誰の説明があったわけでもない。コルティナから昔話を聞いたこともない。

 しかし、マルコにはただそうだとわかった。

 やがて頭の中に呼び声が優しく響く。

「…ルコ、マルコ…」

「コルティナ…」

「よかった。通じた」

「コルティナ、一体何が起きてるんだい?」

「わからない。でも私たち、繋がったの。今から私の居る場所まで案内するわ」

「ペドロは?」

「ペドロは死ぬ気よ。その前にどうしてもマルコに会いたいって。伝えなきゃいけないことがあるって。だから急いで」

 続いてマルコの頭に鳥瞰図のようなものが送られてきた。

 コルティナの居る場所への最短のルート。

 それは直ちにしっかりとマルコの脳の記憶野に刻み付けられる。

「それだと検問に殆ど引っかからず最短で行けるはず。いくつかどうしても通らないといけないのがあるけど、マルコなら何とかできるよね」

 映像はコルティナの声を残して消えた。

 気が付くとマルコは大の字で仰向けになったまま、ぼんやりと星空を見上げていた。

 そして、のろのろと立ち上がり、背中に付いた枯葉をはたきおとす。

「コルティナが待ってる…」

 そう呟きながらマルコは横倒しになったKDXに歩み寄る。

 森の中からフクロウの鳴き声が聞こえた。



「あんた、おい、コルティナ!」

 ペドロの声にコルティナは我に返る。

「どうしたんだ、一体。まるで魂が抜けちまったみたいだったぜ」

 ガランとした雑居ビルの一室は、風こそ吹きこまないが、暖房もなく、剝き出しのコンクリートは底冷えがした。

 しかしコルティナは滝のように汗を流し、ガクガクと震えている。

「寒いのか?」

 コルティナは自分の身体をギュッと抱き締めて、何度もうなづいた。

「世話が焼ける女だな」

 ペドロはそう言って自分の着ているコートをコルティナに掛けた。

 それから、カーテンを引きちぎってそれも掛けた。

「あなたは寒くないの?」

「俺はいいんだ。もうじきお陀仏だからな。暑いとか寒いとかもう関係ねえ」

「マルコは来るわ」

「だといいな。そうすりゃあんたは自由の身だ」

 コルティナは疲れて壁にもたれかかった。

 外は静かだ。

 沈黙が流れた。

「腹減ったなあ。さっきからいい匂いさせてるあんたのそれ、食い物かい?」

コルティナはしっかりと抱き締めていた紙袋に改めて気付き、ペドロに渡した。

ペドロが紙袋を覗き込んで言った。

「何だい、これ?」

「カレーパン」

「そりゃわかるけどさ」

そう言ってペドロが紙袋から取り出したカレーパンは激しく潰れて、中身がドロリと出ていた。

「あ!」

コルティナは赤くなって思わず目をそらして言った。

「ちょっと、強く持ちすぎた…かな?」

ペドロは苦笑いして潰れたカレーパンを紙袋に突っ込み、中身のカレーをすくって食べ始めた。

「ま、腹に入りゃ同じことか」

しばらく、ペドロがもくもくとカレーパンを咀嚼する音だけがした。

ペドロが食べ終えて溜息をつく。

「あー、コークが欲しかったな。形はともかく美味いね、これ」

「良かった」コルティナは笑顔で答える。

「あんた…」

「コルティナ。『あんた』じゃないわ」

「…コルティナはもしかしてセント・グレゴリオの人かい?」

「そうよ。サン・アーロン。知ってる?」

「悪い、知らねえ」

「小さな漁師町だもの」

「俺はエスメラルダ」

「すごい、大都会ね」

「都会は都会でも、スラムで育ちだ。ゴミ溜めに住んで、毎日ゴミ漁って暮らしてた」

「そう…」

 コルティナはしばらく考え込む。

「ねえ、マルコと友達なんでしょ?」

「友達っていうか、戦友?」

「ずっと一緒だったの?」

「ずっと一緒だった気がするけど、よく考えたらせいぜい2年ってとこかな。俺たちは赤軍の少年兵でさ」

「志願したの?」

「まさか。俺もマルコもさらわれて無理やり兵隊にさせられたんだよ」

「マルコも?」

「そうさ。奴はベナスの町医者の息子でさ。意外と坊ちゃんなんだぜ」

「ご両親は?」

 ペドロはしばらく逡巡して答えた。

「奴が殺した」

「嘘…」

「俺たちのような少年兵を調達するときに大人の兵隊はいつもそうさせるんだ。親とか、親戚とか、ごく近い人間を殺すことを強要する。そうすりゃ里心がついても故郷にはもう帰れねえ。

 実際赤軍を脱走して故郷に帰った奴を知ってるけど、追い出されてまた舞い戻ってきた。軍隊しか行き場がないのさ」

「私、そんなことが起きてるなんて知らなかった」

「知らなくていいこともある。でもあんた…コルティナは知っちまった。俺が喋ったってのはマルコには内緒にしといてくれよ」

「むー、一晩寝たら忘れちゃうかも。大丈夫よ、きっと大丈夫…」

 コルティナはむにゃむにゃと呟いて眠り始めた。

「おい、寝るのか?」

 返事がない。寝息だけが静かに聞こえてくる。

 ペドロは呆れてコルティナをじっと見た。

「一応人質なんだけどな。今イチ緊張感がないっていうか…」



 マルコは山道を駆け下り、舗装された幹線道路に出た。

 頭に残された鳥瞰図はマルコに行くべきルートを常に示し続け、マルコはその通りにバイクを操る。

 ルートは幹線道路をなるべく避けるように、裏道をうねうねと迂回していた。

 マルコは殆どスロットルのオンオフだけでバイクの尻を振り、狭い道を駆け抜けていく。

 しかし、再び幹線道路に出た時、検問所が目に入った。

 その検問所は自衛隊員と警察官の混成で、二車線を塞いで行われている。

 ―どうしよう、このまま突破しようか…。

 だが、自衛隊員は自動小銃で武装している。

 マルコは丸腰だ。

 考えているうちに赤灯を持った自衛隊員たちが寄ってきた。

「はーい、検問でーす」

「夜間外出禁止ですよー」

 マルコはゴーグルを下ろしてヘルメットを脱いだ。

「ありゃ、外人だ」

「弱ったなー。俺、英語話せないんだ」

「隊長―!」

「何だ?」

 隊長と呼ばれた男が寄って来て、マルコのバイクに目を留めた。

「お、KDXじゃないの!いいバイクだなー」

「友達がピンチなんです!どうしても行かなきゃ!」マルコは日本語で隊長に頼んだ。

 隊長はマルコの大きく見開かれた瞳をじっと見つめて言った。

「友達?んー、ああ、お母さんな!母親が危篤なのね。じゃあしょーがないなー、行ってよし!」

 隊長はマルコに顔を近づけて囁く。

「この先も検問がある。次からは『ハハがキトク』って言っとけ」

 隊長がマルコの背中をポンと叩く、マルコはヘルメットを被り、バイザーを上げて勢いよく走り出した。

「何ですか?今の」隊員たちが不審げに言う。

「お前らさ、本物の必死の目っていうのを見たことがあるか?」

「さあ…」

「俺はある。PKOでアフリカのジュアバラカに行った時な。子供たちがよ。ありゃ一生忘れられねえ…」隊長が遠い目で呟いた。

 その時、反対車線で検問していた警察官が慌てて走ってきた。

「ちょっと、今の、何で通しちゃうんですか?」

 隊長は帽子を取って頭を掻きながら言う。

「なんか母親が危篤なんだそうで。ハハキトクじゃ仕方ないですよね?」

「仕方ないじゃないですよ!免許証は?バイクのナンバーは?」

「あ、忘れました。すんません、俺ら検問とかはどうも不慣れなもんで」

 隊長が苦笑いしながらペコリと頭を下げる。

「もー、ちゃんとやって下さいよ!」

 警察官はプリプリしながら反対車線に走って戻って言った。

「どーもすいませんでしたー」

 隊長は笑いながら警察官に最敬礼した後、吐き捨てるように呟く。

「俺たちの銃はな、この国の住人には向けないんだ。お前らイヌとは違うんだよ」


                 第4話「ペドロの戦争」⑰につづく



今週も読んでいただき、ありがとうございました。

「ペドロの戦争」も次回で17回目に突入、だんだんと話が長くなってきてますね…。

長さだけでなく、面白さも増すようがんばりますので、よろしくお願いいたします。

次回は9月22日(土)午後10時に更新予定です。

第4話もいよいよクライマックス!

乞うご期待下さい!


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