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第2話「マルコの事情」~戦場の追憶 Ⅰ~

中米の小国、セント・グレゴリオ諸島で共産ゲリラの少年兵として戦ったマルコ・フランスアは、数奇な運命を経て日本にやってきた。荒廃した日本で屈辱的な生活を送っていたマルコはある夜、「トッケイ」と名乗る私兵集団に誘われる。そして出逢った同郷の少女コルティナ。マルコの運命は大きく動き始める。

 真夜中。

 繁みの中、マルコたち十数名の少年兵が緊張した面持ちで何かを待っていた。

 繁みの向こうは国道だが、外出禁止令のせいで往来する車の姿はない。

 少年兵たちの軍装はバラバラだが、全員が体のどこかもしくは自動小銃の先に赤い布を巻いている。

 これは彼らが共産ゲリラであること、つまり「人民のために圧政と戦う」戦士であることの誇りを表していた。


 彼らは2000mを超える急峻なピアザ高地を徒歩で超えてきた。

 何人もの落後者を出しながら。

 彼らを率いる隊長のロペスはまだ三十代前半だが歴戦の闘士で、マルコはこの隊長の経験と勘のおかげでここまで生き残ってこられたと考えていた。

「最初の着弾を合図に一斉に突撃。抵抗する奴は容赦なく殺せ」

 ロペスが声を潜め、再度全員に作戦を確認する。


 少年兵たちの中にひときわ幼い者たちがいる。彼ら幼年兵は低温の高地を超えてきたことと戦闘への緊張感で、地雷を抱えてブルブル震えていた。

「お前らの出番は戦車が出てきてからだ。わかったな」  

 幼年兵たちは震えながらこっくりとうなづく。


 ロペスはその様子を見て、笑いながら注射器を取り出し、一人の幼年兵に渡した。

「怖いか。じゃ、これ射っとけ」

 渡された幼年兵は注射器を嬉しそうに受け取り、躊躇なく自分の腕に注射する。同じ注射器が幼年兵の手から手へ、まるで奪い合うように渡っていく。

 そんな幼年兵たちの様子をマルコは陰鬱な目で見ていた。


 そんなマルコの表情を見て、隣に座っているペドロが軽く言う。

「そんな目ぇすんなよ。みんな死ぬわけじゃねえだろ?」

 ペドロはマルコと同い年の少年兵で、ロペスの隊で生き残った少年兵の中では最古参だった。

 スキンヘッドの左側頭部に粋がって大きな赤い星の刺青を入れている。隊長のロペスはいつもその刺青を「マルクスも読んだことがないくせに」とからかっていたが、マルコは隊長も読んだことがないのではと考えていた。


「さて、俺も一発景気付けに…」

 と言いつつペドロはポケットから金属製のペンケースのような小さな箱を取り出す。

 中にはアンプルに入った覚醒剤と注射器が一式、きちんと並んでいる。

 ペドロは手慣れた様子で自分の左腕をゴム管で縛り、注射する。

 ブルっと震えながらペドロがマルコに言う。

「お前もやるか?」

 マルコは黙ってかぶりを振る。

「まあいいや。俺はこれでいつでもいけるぜ」 

 と言いつつ、ペドロはブカブカの鉄兜を被る。

 少年兵たちの多くがそうだが、ペドロも重度の薬物中毒者で、薬のために戦争をしていると公言してはばからない。

 マルコも鉄兜を被った。


 闇夜を静寂が支配している。

 ここへ着いてから、巡回の警官や兵士が一度も通りかからないのが、マルコには気になっていた。いやしかし…、マルコは自分に言い聞かせる。こういう運の良さにはこれまでも恵まれてきた。きっと今夜もそれだけのことに違いない。


 ジリジリと時間だけが過ぎていく。


 次第にロペスの顔にも焦りと汗が浮かんでくる。

 さっきまで寒さに震えていた少年兵たちも、今では薬物と緊張のため滝のように汗をかいていた。

 マルコは自分の背中を汗が伝って流れ落ちていく感覚に苛立ちを覚える。

 ペドロは平然としている。スイッチが入った時のペドロをマルコはいつも頼もしく感じていた。


 突如、静寂を裂いて「シュバババ!」いう音に続き「ヒュルルルル…」いう音が闇夜の上空に鳴り響いた。

 ようやく支援の迫撃砲部隊の攻撃が始まったのだ。

 砲弾はマルコ達が隠れている繁みから400mあたり先に集中して落ちた。

 地響きのような凄まじい爆発音が町に響き渡る。

「突撃!」

 ロペスの命令を聞くまでもなく、マルコ達少年兵は無言で繁みを飛び出して行く。


 迫撃砲弾が次々と着弾する中、マルコ達は広い石畳の道路を散開して走った。

 砲弾に怯えた人々が家のドアを開け、あわてて外に飛び出してくる。

 彼等は例外なく少年たちの標的となった。


 マルコの右斜め前を走っている少年兵の鉄兜を突然銃弾が貫く。

「コン」という拍子抜けするような軽い音と共に、撃たれた少年兵は、大きく首を左に傾げながら糸の切れた人形のようにすっ飛んで、不自然な姿勢でマルコの目の前にぐしゃりと倒れる。

 マルコは反射的に石畳に伏せ、叫ぶ。

「3時方向、狙撃兵!」

 二発、三発、マルコの周りに火花が弾け、飛んできた破片が頬をチリっと焦がす。

 ロペスが建物の陰からマルコを呼ぶ。

 マルコは狙撃のタイミングを読んで巧みに石畳の上を抜け出し、体を低くしながらロペスの傍に寄る。

「狙撃手はあの建物の二階だ。援護してやるから制圧してこい」

 建物を指差してそう言うなり、ロペス以下少年兵たちが一斉に二階の窓を目がけて撃ち始める。レンガとガラスが盛大に音をたてて路上に割れ落ちた。

 その隙にマルコは石畳の道路を真っ直ぐ横切って建物に向かった。


 AK47自動小銃を連射モードに切り替え、木の扉を一斉射したマルコは素早く弾倉を換え、ドアを蹴破って突入した。

 相手に考える間を与えないこと。それが戦場で生き残るためにマルコが得た知恵だった。


 扉の向こうには、拳銃を握って蜂の巣になって倒れた男の傍らに、散弾銃を構えた少女が立っていた。

 少女は憎悪と怯えが混じりあった表情でマルコを睨みつけている。

 銃口は真っ直ぐにマルコに向けられている。

 少女の瞳孔がスゥッと小さくなり、表情が消えた。マルコは自分の反応が遅すぎたことを悟る。

 次の瞬間、少女の頭の上半分が脳漿をまき散らしながら吹き飛ぶ。

 少女は仰向けに倒れながら散弾銃の引き金を引き、散弾は天井に穴をあけた。

「マルコ、おまえ今死んでたぞ」

 顔のない少女の死体を呆然と見るマルコの背後から、ペドロが自慢のマグナムの銃口を吹くキザなポーズで声をかける。


 ペドロの援護を受けつつ、マルコは暗く急な階段を二段飛ばしで一気に二階へ駆け上がる。少年兵は身の軽さが武器だ。

 二階には狙撃兵が血みどろの姿で床に転がっていた。

 その股の間にはさっき少女の散弾銃があけた穴が、ポッカリといている。

 マルコが警戒を怠らず自動小銃の銃口を倒れた狙撃兵に向けている間に、遅れて部屋に入ってきたペドロが男の生死を確認する。

 男は真下から散弾を浴びたらしい。股間からの出血がひどかった。

「うえっ、タマに弾かよ。痛そー」

 おおげさに顔をしかめながらそう言いつつ、ペドロはマグナムの銃身で狙撃兵の頬をぺたぺたと叩く。

「なーんだ。もう死んでるじゃん。」

 ペドロはつまらなさそうに言った。

 男のだらりと開いた口から小さな散弾が床に転がり落ち、カラカラと乾いた音をたてた。


 ふたりが再び路上に戻ると、戦闘は激しさを増し、町のあちこちで銃撃戦が始まっていた。

 迫撃砲の着弾点が、少年たちの進むべき場所を次第に町の中心部に導いてゆく。

 炎を上げる建物から火だるまの人間が叫びながら飛び出してくる。それを待ち構えてゲラゲラ笑いながら乱射しつつなぶり殺しにする少年兵たちもいる。

 突然、路上で立て続けに二度爆発が起きる。

「遊び」に興じていた少年兵たちは肉片となって飛び散った。

 はるか先の交差点を曲がって戦車が現れた。

 小さな車体の割に長い砲身を持つこのアルゼンチン製AMX13軽戦車はセント・グレゴリオ国軍唯一の戦車で、少年兵たちは「デカチンコ」と呼んで恐れていた。


「クソッ!こりゃ待ち伏せ食ったか」

 ロペスは素早く身振りで幼年兵たちを呼ぶ。

 集まってきた幼年兵は皆、目を血走らせて地雷を宝物のように抱いている。

「お前らの出番だ。訓練通り体を低くして戦車まで走ってけ。前の奴が出て、10数えたら次のやつが行くんだぞ。いいな」

 幼年兵たちは何度もうなづく。

 次にロペスは通りを挟んだ向かい側の暗がりに潜んでいるマルコとペドロに合図を送った。

 マルコとペドロは即座に戦車に向けてAK47を乱射しながら、ジリジリと戦車に近づいていく。


 最初の幼年兵が走り出たが、すぐに撃たれてたおれた。戦車は後ろに歩兵を従えている。

 マルコはそれを見て立ち上がった。

「こん畜生!」

 素早く弾倉を換えながら自動小銃を連射し続ける。

 もう残弾が少ない。

 マルコの右頬を銃弾がかすめ、皮膚が切り裂かれた。戦車の後ろに隠れた歩兵たちがマルコに気付いたのだ。

 マルコとペドロはとっさに路上に身を投げ出す。その背後で銃弾が建物の壁に穴を穿つ。 

 二人は素早く匍匐前進で路上に停めてある自動車の陰に入った。その横を二人目の幼年兵が地雷を抱いて駆けていく。

 とっさにペドロが自動車のボンネットの上に飛び乗り、叫ぶ。

「こっちだ、よく見ろ!」

 ペドロは戦車に向かって乱射を始める。

 マルコは自動車の陰から飛び出し、道路の中央目がけて走りながら腰だめでAK47を連射した。

 その瞬間、幼年兵は満身の力を込めて戦車の履帯キャタピラの下に地雷を滑り込ませ、そのまま前のめりに転んだ。


「ズン!」

 腹に響く爆発音と共に戦車の車体が少し宙に浮く。

 転んだ幼年兵の体は四散し、バラバラになった死体の(てのひら)が、まるで優しく頬を撫でるようにマルコに触れ、後ろにへ飛んでゆく。

 その時、マルコには幼年兵の声が聞こえた。

「マルコ、ボクの名前は?」


 マルコは思い出せない。


 マルコの中で何かが壊れた。


「ウワーッ!」

 叫びながら自動小銃を乱射するが、弾はすぐに尽きた。

「マルコ!おい、マルコ!」

 ペドロが背後から羽交い締めにして、路上に引き倒す。

 マルコの左頬には、指でなぞったような血の跡が残っていた。


               次回「マルコの事情」~戦場の追憶Ⅱに続く。





今回は短くて申し訳ありません。作者体調不良のため、ここまでが限界です。

第2話ではマルコが日本にやってくるまでを描きます。

次回投稿は12/30(土)夜10時を予定しています。

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