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第4話「ペドロの戦争」~星に願いを~

ペドロたちの陳大人邸襲撃は成功した。

しかしその帰路、荒川ロックゲートに異変が起きる。

 レオナルドは外階段を上り、制御室の照明を点けた。

 まず目に入ったのは床の血だまり。

 その周りにばらまかれた未使用の銃弾。

 リクが椅子に座ったまま後ろにひっくり返っている。

 血だまりはリクの後頭部を中心に広がっていた。

 目を見開いたリクの幼い手には38口径のリボルバーが握られ、その銃先(つつさき)は彼自身の口に突っ込まれていた。

「リク…」

 レオナルドは痛ましそうにリクの後頭部に手をやり、椅子ごと起こしてやった。

 リクの頭はグシャリと柔らかく濡れて、レオナルドの手にまだ温かい血の感触が残る。

 ペドロが上がってきた。

「一体どうなってんだ?」

 リクのそばには手足を縛られて床に転がされた門番がもがいていた。

 ペドロが門番の猿ぐつわを外すと、門番は喚いた。

「そのガキは気違いだ!」

「何があった」とペドロ。

「ふ、船が全部通ってからわしが縛られて、しばらくすると…そのガキがおかしな目つきになってきて『おじさん、遊ぼうよ』って…。なにをするのかと思ったら、ピストルから弾を5発抜いて…ロ、ロシ、ロシアン・ルーレットってやつだ。わしゃ、必死に止めたんだ。だけど自分から口に拳銃を咥えて、いきなり…。一発目で当たっちまった」

「自殺ごっこですよ」レオナルドがため息をついて虚ろな目で言う。

「自殺ごっこ?」

「リクの…病気です。奴は物心がつかないうちから父親に賭けの道具に使われてたんですよ。大金をかけて自分の子供にロシアン・ルーレットをやらせる」

「よく今まで生き延びてきたな」

「何か()()()()があったのかもしれません。しかし、毎日、何度も何度も命をすり減らしてきたリクはだんだんおかしくなったんだと思います」

「リクから聞いたのか」

「はい…。ウチに入った頃から時々おかしくなって。一人でやってることもありました。何度も止めたんですが…」

 弟分の中でたったひとりの日本人、たどたどしいスペイン語を喋って皆を笑わせていたリク。

 ペドロは小さな体に装甲服を着てガチャガチャ歩いていたリクの姿を一瞬思い浮かべる。

 しかしペドロは顔を上げて言った。

「時間がねえ。さっさとジジイに水門を開けさせよう。」

 レオナルドは門番の拘束を解き、立たせた。

「ほんとうにわしゃ何にもしてねえんだ。信じてくれ!」

「わかってるよ。いいから行きと同じように船を10隻、通してくれりゃいいんだ。」

 門番はのろのろと制御盤に近づき、操作を始めた。

「おかしなことしやがったらてめえの頭が吹っ飛ぶぞ!」

 ペドロはS&Wを構えて怒鳴った。

 門番の操作に従ってゲートが開いていくのがモニターで確認できる。

 ペドロはこみ上げる怒りを必死で抑えながら、その様子を見ていた。

「そうしないと生きてるかどうかわからなくなる…」レオナルドがボソッと呟く。

「なんだって?」

「リクがそう言ってました」

「バカな奴だ。それじゃ生きてたって死んでたっておんなじじゃねえか」

 ペドロが吐き捨てるように言った。


 船団は夢の王国の桟橋に次々と横付けされた。

 まず、重傷者たちが仲間に担がれて船を降りる。

 そして数多くの掠奪品や武器などの積み荷が下ろされ、最後にペドロとイグナシオが船を降りた。

 桟橋を歩くペドロにイグナシオ、レオナルド、そしてヘススが付き従う。

「俺はこれから王子と姫に会ってくる。その後すぐにまた出撃だ」

「すぐに?」レオナルドは驚く。

「今度は少数精鋭、船は一隻だけだ。ヘスス、迫撃砲を扱えるやつを集めてくれ。二人一組、四人いれば十分だ」

「行先は?」とイグナシオ。

「ティゲリバの縄張り(シマ)だ!」

 ペドロは不敵な笑みを浮かべて答えた。


 ペドロは「プリンス&プリンセス」に謁見していた。

「ペドロ、この度の(いくさ)、どうであったか」

「もちろん我が軍の大勝利にございます。敵は我らの嵐の如き攻めになす術もなく、立ち向かうものはことごとく討ち果たしました」

「素晴らしい!」

「そして敵の(けが)れた懐から、金銀財宝も奪い返しました。美しき物は美しき場所に、そして美しい人の下に置くのが正しく世の道理」

「してペドロ、例の宝物は?」プリンセスがもどかしそうに言った。

 ペドロは無言でエメラルドグリーンのケースを開いて見せた。

「何と美しい!まるで宝石のような輝き!本当にそれが秘薬なのですか?」

「その通りでございます。永遠の若さと活力、そして快楽をもたらす秘薬なればこその美しさ」

「早く、早くこちらに!」

「プリンセス、今しばらくお待ちくださいませ。まず秘薬の数は12個。これを呑んでいただくこの国の特別なる臣下の方々を選んでこちらへお呼びください。それから…」

「それから?」

「今宵この王国が復活する魔法を用意しました」

 プリンスは思わず立ち上がった。

「何と!復活の魔法!」

「さよう。これもまた敵の汚い手より奪い返したもの。方々(かたがた)は、復活の魔法をご覧になってからこの箱より秘薬を一粒ずつ取り出し、必ず一斉に飲みください。さすれば奇跡を目の当たりになさるでしょう!」

「ペドロ、そなたはどうするのです?」

「わたくしは再び戦いに戻らねばなりません」ペドロはさも残念そうに言った。

「まだ戦うのですか?」

「この国はこれから夢と魔法の王国として世界に君臨するのです。悪魔たちの狙いはまさしくその夢と魔法!わたくしたちは更にこの国を守り、強固なものとしなければなりません」

「よく言った、ペドロよ!それでこそ我が夢の王国の神将」

「ではわたくしはこれにて」

 ペドロは立ち上がり、玉座の間を去った。

 ——ここでローブを翻せばかっこよかったかな…。

 ペドロはヘラヘラ笑いながら城を出た。


 ペドロは足早に通路を渡り、桟橋へ向かう。

 電話が鳴った。

「俺だ」

「兄貴、準備できました」

「タイマーはセットしたな?」

「バッチリです」

 桟橋では台船の上でレオナルドとヘスス、そして兵隊たちが、分解されたM229・60㎜迫撃砲の部品を持って待っていた。

「いつでもいけますよ」とレオナルド。

「キャプテン、出撃だ!」

 ペドロは台船に飛び乗り、イグナシオに声をかけた。

 船はエンジンを響かせ、再び海へと出ていく。

 すると破裂音と共に城の背後に花火が上がった。

「何ですか?ありゃ」驚いたレオナルドが叫ぶ。

「知らねえのか。夢の王国名物の花火だよ。10年ぶりに上がるってわけだ」

 花火は次々と打ち上げられ、夜空に大輪の花を咲かせる。

 レオナルドとヘススはなかば茫然と、夜空を見上げている。

「きれいだなぁ…」

 思わずそう呟いたヘススは、12歳の、年相応の少年の表情をしていた。

 砲手として連れてこられた少年たちも見とれていた。

 ペドロは無表情で花火を見ている。

 ——さよなら、王子様、お姫様。せめてもの手向けだ。

 ペドロは心の中で呟いた。


 その瞬間、城は歓声に包まれた。

 この王国に魔法が戻ってきた。

 住人の誰もがそう思った。

 広場で宴会騒ぎの少年たちも驚き、そしてうっとりと見上げ、更に盛り上がった。

 園内のスピーカーからは懐かしい音楽が流れる。

 玉座の間のバルコニーに集まったプリンス・アンド・プリンセスと彼らに選ばれた重臣たちは、ペドロの「魔法」を合図にエメラルドグリーンを口に入れた。

 彼らの口の中はたちまち言いようのない甘さとかぐわしさに満たされた。

 と同時に、時間の流れが急速に遅くなっていくのを感じた。

 そしてすべての憂い、悲しみはきれいに晴れ、彼らを長年苦しめ、苛み続けた身体の痛みもすっかり拭いさられた。

 肉体はまるで羽毛のように軽く、細胞の隅々まで力が漲り、興奮で血が沸き立つ。

 目に映る花火は輝きを増し、それは彼らの美しい思い出の日々、愛しい人々に姿を変えた。

 しかし彼らは、その脳が多幸感で充たされた瞬間、その場にバタバタと崩れ落ちた。


「ところで兄貴、年寄りたちに何をプレゼントしたんですか?」

 レオナルドが訊く。

「Deeだ」

「Dee?あれが?」

「そうだ。混ざりもん一切なしの純粋な結晶だ。そこいらで手に入るのはあれの何百分の一にいろいろと混ぜたやつさ」

「でも、そんなもん年寄りに飲ませたら…」とヘスス。

「もともとDeeは安楽死用に作られた劇薬なんだ。末期ガン、急性放射線障害、震災後に急増したそういう患者のためのな」

 レオナルドとヘススは押し黙ってしまった。

「シケた面ァすんなよ。俺たちゃ年寄りの世話するためにあそこに居座ってるわけじゃねえぞ!」

 その時、イグナシオが叫んだ。

「そろそろ着きますよ!」

 ペドロはうつむいているレオナルドとヘススの背中を叩いて言った。

「さあ、俺たちも派手に花火をぶっ放そうぜ!」


 洋上からは、ティゲリバの太陽光発電所がよく見えた。

 ミゲルが殺された番小屋には明かりが煌々と輝いている。

 レオナルドたちは台船の上で、無言で迫撃砲を組み立てる。

 砲主が角度を調整している間に、レオナルドは指に唾をつけて風向きを調べ、兵隊たちに指示を出す。

「ちょい右」

 最後にレオナルドが砲身の角度を微調整する。

「ま、こんなもんですかね」

「なあレオ、そいつに付いてる照準器は使わないのか?」

「そんなもん使うのはシロートですよ。」

 レオナルドは平然と答えつつ、弾薬運搬用の金属ケースに入った円筒から砲弾を一発取り出す。

 砲弾には六枚の羽が付いている。

「ま、とりあえず一発撃ってみましょう」

 ——何て大雑把なんだ!

 ペドロは驚いた。そして夜間攻撃で支援の迫撃砲部隊に背後から撃たれたことをまざまざと思い出していた。

 レオナルドは兵隊に砲弾を渡した。兵隊は筒先から砲弾を砲身に滑りこませると素早くかがんで支持架を押さえる。

 撃ち出された砲弾は夜空にヒュルヒュルと音をたてた。

 着弾。

 初弾は発電所のはるか手前におちて爆発し、水飛沫をあげた。

「おい、大丈夫か?」

 ペドロは心配になってきた。

「おかしいな…」

 レオナルドはそう言って再び微調整を始める。

 そうしているうちにティゲリバの兵隊たちが騒ぎ始め、反撃が始まった。

 敵は番小屋から自動小銃を撃ってくる。

 距離は遠いが、銃弾が台船の周りに飛沫を上げる。

「もういい!なんでもいいから撃ちまくれ!」

 ペドロの命令に従って、2台の迫撃砲からは次々と砲弾が弧を描いて発射された。

 そのうちの一発が偶然にも番小屋に命中する。

 番小屋は爆発してバラバラに飛び散り、炎が上がる。

「やったァ!」

 レオナルドが思わずガッツポーズを見せる。

 これを機に浅瀬に広がる太陽光パネルに次々と砲弾が当たり始めた。

 派手な水しぶきを上げながら、パネルを支える足場材が崩れ、パネルは砕けて海に落ちる。

「発電所」の随所で電気火災が起き、炎が海面を照らした。

「もう弾がないっす!」兵隊が叫ぶ。

 ペドロが台船から曳き舟に飛び移り、イグナシオに言う。

「逃げるぞ!全速力だ」


 その夜、六本木特区のシェルターではマルコが建物巡回を行なっていた。

 巡回といってもチェックする場所はごく限られている。

 トッケイのメンバーたちはこれを「お散歩」と呼んでいた。

 マルコは屋上の塔屋のてっぺんに座り、ぼんやりと夜空を見上げていた。

 強い北風がスモッグを押し流し、珍しく星が見えている。

 星空を見るたび、マルコは自分が故郷から遥か離れた場所に居ることを否応なく思い知らされる。

 しかし今は12月、ビルの屋上に吹く風は冷たく、支給された防寒具を着たマルコはぶるっと震えた。

 ——こんなとこで風邪ひいたらコルティナに叱られちゃうな。

 そう思ったマルコが立ち上がったその時、夜空に聞き慣れたヒュルヒュルという音が響いた。

 ——迫撃砲!

 続いて爆発音。音は海の方向から聞こえてくる。

 東京の夜空に迫撃砲弾の音が響きわたる。

 マルコの感覚は、一気にセント・グレゴリオ諸島の戦場に引き戻された。

 マルコは手すりから身を乗り出すように音の方向に目を凝らす。

 彼方に炎がチラリと見えた。

 これは悪い夢ではないか、マルコはそう思い込みたかったが、身を切られるような寒風がそうではないと教える。

 何かとてつもなく悪いことが起ころうとしている、そしてその中心には…。

「ペドロ…」

 確信をもってマルコはその名を呟いた。


              次回「ペドロの戦争」⑨に続く



今週も読んでいただき、ありがとうございました。

毎日暑い日が続きますが、くれぐれもお気を付けください。

また、この度の西日本豪雨で犠牲になられた方々に謹んでお悔やみ申し上げると共に、被害からの一刻も早い復興をお祈りいたしております。

なお、次回は7月28日(土)午後10時に更新予定です。

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