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第4話「ペドロの戦争」~襲撃~

ペドロの用意周到な襲撃作戦が開始された。

陸からはバイク部隊、邸宅脇を流れる水路からはペドロ率いる奇襲部隊。

隙を突かれたヤクザたちの反撃がようやく始まるが…。


※本編にはお下劣なセリフが含まれております。ご注意ください。

 その時、陳の配下のチンピラ高安ヒカルはH&K・MP5で武装し、二階でペドロを待ち構えていた。

 やせ細って眼鏡をかけ、おおよそヤクザとは思えない風体。

 かつて高安ヒカルは、震災前まで25歳になっても仕事をせず両親の自宅で暮らしていた。

 彼は一日中部屋から出ず、ただひたすらパソコンの前に座って過ごした。

 ゲームにも没頭したが、彼の何よりの楽しみはネット上で自らの愛国心を吹聴することであり、日本で暮らす外国人たちを罵倒し、侮蔑し、日本人の「民族的優位性」を誇示することであった。

 そんな彼の「楽園」は超巨大地震と津波が破壊し、流し去ってしまった。

 東京のネット回線は回復不能のダメージを受け、インターネットの恩恵を受けられるのは政府機関とごく一部の富裕層のみになってしまった。

 そして何より、彼の両親が震災で死んでしまったことで彼を経済的に支える者は誰もいなくなった。

 日本を襲ったプレート連動型の超巨大地震とこれに伴う首都直下型地震こそは、彼が密かに待ち望んでいた「世界の終焉」のはずだった。

 ところが、世界は終わらない。

 家にあるものを食べ尽くした彼は、彼が日頃からネットで自称してきた「誇り高き日本人」として当初餓死を志した。

 しかし、この高邁な理想はたった三日で挫折する。

 喉の渇きと空腹に耐えられなくなった彼はそれまで逃げ回ってきた「生活」に直面することになる。

 彼のブライドは、その職業経験に反比例して高かった。

 ゆえに仕事は殆ど長続きしなかった。

 そんな彼を拾ったのは、彼が忌み嫌った中国人陳大人だった。

 まともなエンジニアたちはネット環境がほぼ壊滅した東京を見限り、九州や北海道に移ってしまい、東京はエンジニア不足となった。

 彼を救ったのは、皮肉にも彼が「クソ」と罵倒した専門学校で学んだ初歩の技術と、ネットに没入している間に仕入れた半端な知識だった。

 こうして高安ヒカルはヤクザに堕ちた。


 ヒカルは二階から階段の真下に向けて手にしたMP5を撃ちまくった。

 彼は銃器マニアだった。

 モデルガンのコレクションを大量に持っていた。

 しかしこれは憧れの実銃。

 実弾を容赦なくばらまき、移民のクソどもを殺しまくる。

 彼の積年の歪んだ欲望が爆発した瞬間、のはずだった。

 だが信じ難いことに、ドブネズミどもで死屍累々のはずの階段をツンツン頭の気味の悪い少年(ガキ)が無傷でゆっくりとあがってくる。

 二階を固める他の二人も階段下を銃撃するが、先頭を上ってくる奴に一発も当たらない。

 ツンツン頭は銃撃の中、ゆっくりとズボンのベルトに差した拳銃を抜いて両手で構える。

 —MP5 6.5インチ、44マグナム!

 ヒカルの胸は思わず高鳴った。

 憧れの銃、しかもホンモノが目の前に!

 ドォン!という銃声の後、二階の一人は一瞬宙に浮いて階段の手すりを越えてツンツン頭の足元に落ちた。

 もう一人も、襲撃者たちと撃ち合いの後、連射を食らってのけぞって廊下に斃れた。

 今や襲撃者たちはツンツン頭を先頭に二階に達した。

 数人は二階の各部屋に分かれた。

 部屋から銃声に混じって悲鳴が次々と聞こえてくる。

 そんな中、ツンツン頭はゆっくりとヒカルに近づいてくる。

 ヒカルは自動小銃を夢中で乱射するがそいつには一発も当たらない。

 こんな至近距離で撃ってるのに、そんなバカな!こいつは神か…。

 弾が切れた。

 ヒカルは予備の弾倉を持ち忘れたことに気付く。

 ツンツン頭は嗤いながらヒカルには理解できない外国語で何かを喋り、S&Wの銃口をヒカルに向けた。


 ペドロは全能感に包まれていた。

 目の前のバカに何発撃たれても当たる気がしなかった。

 弾を切らせて呆然としている間抜けなJapone(ハポネ)にペドロは語りかける。

「悪いが今日は『俺様デイ』なんだ。戦場じゃ稀にこういう日もある。運がなかったな」

 44マグナムのマズルフラッシュ、高安ヒカルが人生の最期に見た光だった。


 銃声と悲鳴が次第に上階に迫ってくるにつれ、陳は恐慌をきたした。

 慌てて寝室から廊下に飛び出すと、無言で執務室に飛び込んだ。

 陳のあまりに素早い動きに、護衛に残されたスガワラの配下はあっけにとられて顔を見合わせる。

「どうする?」

「どうするったってなあ。兄貴とはさっきから全然連絡とれねえし。それに…」

「それに?」

「どうもさっきから俺のキンタマの裏がどうもジトジト湿ってよ。気持ち悪くて仕方ねえ」

「逃げよう!お前のタマが湿ってる時、味方が全滅しなかったためしはねえんだ!」

 二人は全速力で廊下を走り、一番端の外階段から逃げ出した。


 ペドロは手勢を率い、あっという間に三階も制圧した。

 正面玄関からは、別動隊も続々と上がってくる。

 そして四階、最上階に到達した。

 レオナルドが先頭になって寝室に飛び込む。

 ベッドを銃撃するが、何の気配もない。

 寝具をめくり、ベッドの下を見るが誰もいない。

「いません」

「だよな」

「早くカタを付けないと陳の援軍も来ます」

「ふむ…」

 ペドロは少し考えてレオナルドに尋ねた。

「お前、『忠臣蔵』って知ってるか?」

「チューシングラ?そりゃ何です、食い物ですか?」

「ま、いいや」

 その時、フロアの各部屋で殺戮と掠奪を行なっていた兵隊の一人がペドロを呼ぶ。

 ペドロは廊下を歩いて呼ばれた部屋の前に行った。

「兄貴、ここだけ開かねえ」

 その部屋だけ生体認証式の自動ドアになっていた。

「ここに居ますよ、って言ってるようなもんだな」

「どうします?爆破しますか?」とレオナルド。

「なあ、レオ。自動ドアだってたまにゃ故障するよな?」

「…はあ」

「故障した時、生体認証の持ち主、たとえば陳が部屋の中だったらどうする?」

 レオナルドはしばらく考えて言った。

「自動ドアの業者呼ぶしかありませんね」

「だろ?ところでその業者は陳の生体認証をどうやって都合するんだ?」

「…わかりません」

 ペドロはレオをいたずらっぽい目で見て、サバイバルナイフの先端を、生体認証機のプレートカバーのつなぎ目にこじ入れた。

 カバーは簡単に外れた。

 すると中にはテンキーが並んでいる。

「右回り」

 そう言ってペドロはテンキーを1、2、3、6、9、8、7、4、1と順番に押した。

「左回り」

 今度は1、4、7、8、9、6、3、2、1と順番に押していく。

「で、9を4回押し」

 すると認証機がピーっと音をたて、テンキーが明滅し始めた。

「リセットボタン、ポチっと」

 ペドロがテンキーの下にある小さな赤いボタンを長く押す。

 テンキーの明滅が止まった。

「お前ら、下がってろ」

 ペドロはそう言うと、自動ドアに手をかけた。

「さすがに…重いなー、こりゃ」

 ペドロはゆっくりとドアを手動でスライドさせ、全開にして息を吐いた。

 中は暗く静かで、ホログラフのモニターがいくつも宙に浮かび、様々な幾何学模様、グラフ、数字をせわしなく表示し続けている。

 飾り気のない執務室の真ん中には、大きな机があった。

「陳、いるんだろ?」

 陳は両手を挙げて震えながら机の向こうから現れた。

 それを見たペドロは残念そうに言った。

「あっさりしてんなあ…、銃ぐらい持ってねえのかよ」

「ペドロ、て、抵抗はしない。欲しいものは何でもやる。だから命だけは。」

「使い古しだねぇ。もうちょっと気の利いた命乞いはできねえのか?」

「な?なんでもやるから。頼む」

「じゃエメラルドグリーンをくれ。東京じゃあんたしか持ってないはずだ」

「…わかった」

 陳はそう言って机の引き出しを開けた。

 途端にペドロの足元の床が開く。

 しかしペドロはその直前、まるで察したようにひょいと前に飛んだ。

「こういうマンガみたいな仕掛けは感心しねえな。床下からモーターの音が聞えたぜ。だいたい機械なんてのはいつ故障するかわかんねえんだ。てめえが落っこちたらどうすんの?」

 そう言いつつペドロはゆっくりと陳に近づいていった。

「さ、エメラルドグリーンをいただきましょうか」

 陳はふらふらと奥の金庫に向かった。ペドロはその後をついていく。

 陳は金庫を操作して、中から黒いビロードに包まれたケースを取り出した。

「開けろ」

 陳はいわれるがままにケースの蓋を開く。

 中には美しく輝きを放つ透き通ったエメラルドグリーンの結晶が、まるで宝石のようにきれいに並べられて納まっていた。

 ペドロは蓋を閉めてケースを陳の手から取り上げた。

「手に取って確かめなくてもいいのか?」

「陳さん、俺もバカじゃないんだ。こいつは人間の体温で溶ける。そして皮膚からでも体内に吸収される」

 言いつつペドロはS&Wを抜いて陳に向けて言った。

「両手を挙げてゆっくり歩け」

「後ろから撃つんじゃないだろう。」

「約束の物は貰ったんだ。撃たねえよ」

 奥の部屋から執務室に戻ったその時、ペドロは少し助走をつけて陳の背中に軽く飛び蹴りを見舞った。

 陳は前のめりによろめいて、床に開いた穴に頭から落ちた。

 穴は再びもとどおりに閉まった。

「奴のことだから、落ちた先にはさぞかしエグい仕掛けがあるんだろうなあ」

 ペドロはニヤニヤ笑いながら廊下に戻ってきた。

「お前ら!こっからがお楽しみタイムだ。陳の部屋だけじゃねえ。お宝はあちこちに隠してある。ただし制限時間は30分。集合時間は0145(マルヒトヨンゴー)だ。遅れたら残党狩りの餌食になるからそう思え。それと、バイク組。悪いがバイクは全部置いてけ。帰りは船だ。わかったな!もう一度言っとくぞ!家に帰るまでが戦争だ!宝探しに夢中になって遅れるんじゃねえぞ!」

 兵隊たちは歓声を上げてあちこちに散っていった。

 ペドロはその様子を満足気に眺めてその場を立ち去った。



 そして船団は出港した。

 ペドロとイグナシオは列の一番後ろの船に乗り換え、再び先頭に立って船団を率いた。

 空の台船にはバイクで集まった別動隊と掠奪した金品を満載している。

 すでに宴会を始めている連中もあり、船団は賑々しく水路をゆく。

 背後では陳の邸宅が炎を上げて燃えさかっていた。

「これじゃ敵に居場所を教えてるようなもんですよ」

 心配そうなイグナシオにペドロは苦笑いしながら言った。

「静かにしろったって無理だろうさ」

 そこへレオナルドが苦々しい表情でやってきた。

「おう、どうだった?」

「この騒ぎ、何とかなりませんかね」

「全員無事か?」

「いえ、ファビオが…」レオナルドは唇をかみしめて報告する。

「…そっか」ペドロは無感動に答えた。

 相手の寝こみを襲った今回の攻撃は大成功だった。

 敵は全滅、こちらの犠牲は一名。 

 もともとヤクザは一部の例外を除いて銃器の取り扱いに慣れていない。

 実戦経験豊富な元少年兵たちに率いられ、短期間とはいえ訓練を積んだ少年たちとは勝負にならなかった。

 加えて前後からの奇襲攻撃。

 特に水路を使った攻撃は陳にとって想定外で、戦いは殆ど水路から背後をついた初撃で決着がついてしまった。

 少年たちは初戦の勝利に浮かれ騒いでいる。

 ある台船には調理場から鍋ごと掠奪してきたフカヒレの姿煮を手掴みで頬張りながら、甕に入った紹興酒を回し飲みしているグループがある。

「うまそー」それを見たペドロは思わず口走ってしまう。

「まったく、食い物ばっかり持ってきやがって」

「レオ、まあいいじゃねえか。あいつらだって一生に一度ぐらいはうまいもんを腹いっぱい食いたかったろうさ」

 やがて船団は旧中川に入り、荒川ロックゲートにたどり着いた。

 イグナシオはごく短く警笛を鳴らす。

 しかし、ゲートの制御棟の灯りは消えたままだ。

 数秒が過ぎるが、何の動きもない。

 ペドロは胸騒ぎがした。

 イグナシオが船を岸に着ける。

 レナナルドが銃を担いで岸に飛び移り、走る。

 ペドロもその後を追った。

 異変に気付いた兵隊たちも次第に騒ぐのをやめ、静かになった。


                     次回「ペドロの戦争」⑧に続く



今週も読んでいただき、ありがとうございました。


先週から続く豪雨災害、雨が降りやんでからも災害が続いていることに恐怖を感じざるを得ません。

最も多くの犠牲を出した広島は私の故郷でもあります。

実家は無事でしたが、テレビで見る惨状に呆然としています。

無力感に苛まれておりますが、ボランティアとして駆けつけるには足と家と飯をすべて自前で調達しなければなりません。

残念ながら私にはそのノウハウがない。

とりあえず募金、そして小説を書く、今できることはその程度であります。

犠牲になられた方々、被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます

来週は7月21日(土)夜10時に更新予定です。

お楽しみに。


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