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第4話「ペドロの戦争」~荒川ロックゲート~

ペドロは弟分のミゲルをアフリカ系暴力組織のンドゥギに殺害され、復讐を誓う。

そのために障害となる親分の通称「クミチョー」を自らの手で葬ったペドロ。

更に大きな障害である陳大人の殺害を企てるペドロは、陳大人の邸宅襲撃のため浦安を出港する。



 ペドロとイグナシオの船の後を、一隻づつ船がついていく。

 台船の船尾には各々一人が立って、赤灯をグルグルと回している。

 東京湾は津波によって押し寄せた砂とヘドロが堆積し、更に流された瓦礫や自動車などで、暗礁だらけになっていた。

 何度もこの海域を往復しているイグナシオの経験と勘が頼りの船団は、一列縦隊で暗い海を進んでいった。

 兵隊と武器を積んだ台船は、ブルーシートで覆われている。

 兵隊たちは全員が腕に赤いバンダナを巻き、息を潜めるようにブルーシートの下に隠れていた。

 船団は八隻。

 そのうちブルーシートを被った台船は四隻、残りの四隻の台船にはなぜか何も積まれていない。

「どうだ?」

 ペドロがイグナシオに尋ねる。

「いいっすね。波も風もない。これなら余裕です」

「よっしゃ」

 ペドロは電話をかけた。

「こちらピーター、ウェンディどうぞ」

「こちらウェンディ、どうぞ」

「決行は予定通り。フックの様子はどうだ?」

「全く変わりありません」

「了解。時間通り現場で会おう」


 船団はゆっくりと東京湾を渡り、やがて荒川の河口に差し掛かった。

 河口を跨ぐ首都高湾岸線をくぐり、しばらく進むと荒川の左岸に巨人のように立つ影が現れた。

 影の正体は荒川ロックゲート。正式名称を荒川閘門(こうもん)という。

 荒川と隅田川に挟まれた「江東デルタ地帯」の道路が震災で寸断された場合、救援物資を運ぶため張り巡らされた水路につながる、東京都が作った水門だ。

 水門や水路は超巨大震災直後盛んに利用されたが、それっきり殆どメンテナンスもないまま放置されていた。

 水門が近づいてくる。

 イグナシオの目配せで、ペドロが台船に向かった。

 ペドロは台船の船尾に立つ信号係の傍に寄って言った。

「停船」

 信号係が言われた通り、赤灯を点滅させる。

 船団は先頭から順次停まった。

 すると先頭の台船のブルーシートの下からレオナルドを先頭に武装した五人の兵隊たちが現れ、曳船に乗り移ってきた。五人の中にはリクの姿もあった。

 イグナシオがゆっくりと岸に船をつけると、五人は素早く岸に飛び移り、荒川の土手を登って行く。

 彼らが目指すのは荒川ロックゲートの制御棟だ。

 ペドロの調査によれば、この時間は夜勤が一人だけ。

 束の間、静かな時間が訪れた。あたりは荒川のゆったりとした流れだけが聞こえる。

 ペドロとイグナシオはじっと待った。

 その間せいぜい10分ほどだが、ペドロはじりじりしながら待った。

 制御棟に電気が灯る。

 次に照明が水面を照らし、信号機が息を吹き返す。

 信号は赤で、信号の下の電光掲示板には「水位調整中」と表示される。

 錆びた金属どうしがこすれ合って軋む音を響かせ、巨大な水門がゆっくりと上がり始める。

 ペドロが満面の笑みでイグナシオの肩をポンポンと叩いた。

 水門が上がるにつれ、荒川から水路に水が勢い良く流れ込んでいく。

 信号は青に変わり、電光掲示板には「通航可」と表示された。

 まずは先頭の一隻のみがゆっくりと水門をくぐるとその先にもう一つ閉じた水門があった。

 くぐった水門がゆっくりと閉まる。

 江東デルタ地帯は以前より地盤の沈下が著しく、荒川と水路の水位が異なるので、こうして水位を調整するのだ。

 やがて第二の水門も開き、船は水路の入り口に通じる旧中川へと入った。

「すげえ…パナマ運河みたいだ」イグナシオが呟く。


 船団のうち、先頭から四隻が旧中川に入ったところで、再び船団は動き始めた。

 制御棟制圧に向かったレオナルドが船に戻り、操縦席にやってきた。

「どうだった?」

 ペドロはレオナルドに首尾を尋ねる。

「情報通り夜勤が一人いるだけで、武装もしていません」

「見張りは?」

「リクを残しました」

「リクを?大丈夫か?」

「夜勤はジジイで完全にビビってます。それに、リクじゃないと細かい日本語通じねえし」

「ふむ」


 四隻は旧中川を左に曲がり、狭い小名木(こなき)川に入る。

 小名木川は台船がギリギリ通れる幅で、ここからがいよいよ水路だ。

 突然船が現れ、水路の岸で夜釣りをしている人々が驚く。

「こんなとこで釣りなんかしてやがる」

 ペドロが不審そうに言う。

「このへんで釣れた魚なんか食えんのか?」

「無理ですね。放射能と有毒物質で食えたもんじゃない」

「じゃあ何で。」

「趣味で釣りなんかやってるやつは要するに水に糸を垂れてりゃなんでもいいンすよ」

「ふーん。そういうもんかね」

 やがて船団は小名木川を右折し、横十間川に入る。

 あとは陳の屋敷まで真っ直ぐだ。

 はるか向こうに、巨大で醜いシルエットをさらすスカイツリーが見えてきた。

「そろそろ斬り込み隊が動き出す頃だな」

 ペドロは時計を見てそう呟いた。


 ペドロたちの根城から、武装した弟分たちが一斉にバイクで飛び出す。それから黒いワンボックスカー。

 やがてバイクはワンボックスカーを護衛するように周囲を取り囲んで爆走した。

 バイクの何台かが分かれて錦糸町駅前方面に向かう。

 夜番の見回りを拾うためだ。

 バイクは京葉道路を走り、陳の邸宅の手前でエンジンを切って惰性で静かに邸宅の正門前に止まった。

 ワンボックスカーから手に黒いケースを下げた二人の男が下りてきた。

 一人のケースには「C4」というロゴが入っている。

 二人は素早くコンクリート壁に近づき、ケースからレンガほどの大きさの粘土状の塊、C4プラスチック爆弾を幾つか取り出して作業を始める。

 二人はヘラで塊をやや厚めにそぎ、コンクリート壁にペタペタと貼り付けていく。

 仕事は手早く、あっという間に壁に粘土で大きな丸い輪が描かれた。

 そして、もうひとつのケースから細い金属の筒状の信管を数本取り出して、粘土の輪に先を埋め込んでいく。

 他の兵隊たちは周囲に伏せ、固唾を呑んで見守っている。

 準備を終えた二人は待っている全員に言う。

「いくぞ」

 全員が銃を構えて突撃態勢をとる。

 丸い輪はオレンジ色の閃光を発して爆発し、コンクリート壁に穴を穿った。

 兵隊たちは穴から陳の邸内に突入した。


 水路を進むにつれ次第にスカイツリーのシルエットはさらに巨大になり、不気味さを増していった。

 ペドロたちが旧総武線鉄橋をくぐった頃、ようやく後続の船団のライトが見えた。

 ペドロが安堵したその時、水路の左手から轟音が聞こえた。

「始まったぞ!」

「この先、もう一つ橋をくぐれば目標の横に着きます!」

「急げ!祭りが終わっちまう!」

 船団はスピードを上げた。


 突然の爆発音と振動に、陳は驚いてベッドから転がり落ちた。

「地震か?」

 そこへスガワラとタナカが駆け込んでくる。

「カチコミです!」

「何?!どこの奴らだ?」

「わかりません。見てきます」

 陳はスガワラの手を掴んで言った。

「スガワラ、タナカ、行かないでくれ。ここに居てくれ」

 陳の哀願の表情に心の中で舌打ちしつつ、スガワラは落ち着いて陳をなだめる。

「とにかく敵がわからんことにはどうにもならんでしょうが。腕利きを置いていきますから安心してください」


 船団は陳の邸宅脇の道路に接岸した。

 ブルーシートが一斉にはがされ、兵隊たちが飛び出す。

 背中に縄梯子を担いだ先発隊はヘススを先頭に道路を渡り、フックのついたロープを邸宅の高い壁に投げ上げ、登って行く。そして壁の上に立って縄梯子を道路におろした。

 続いてレオナルドを先頭に次々と縄梯子を登って兵隊たちが邸内に侵入する。

 すでに表の庭からは銃声が聞こえてくる。

 ペドロは全員が塀を越えたのを確認し、イグナシオに言った。

「船を頼むぜ、キャプテン」

 台船には各々ロシア製重機関銃が据えられ、射手が一人ずつ付いている。。

 ペドロはマグナム一挺をベルトに差し、コートを脱いで操縦席に投げ捨てた。そして手ぶらでゆっくりと道路を渡り、縄梯子を登って壁の向こうに消えた。


 正面部隊はまず広大な庭園に散在する照明を狙撃し、暗視ゴーグルを装着した。

 邸内からは、陳の部下たちが玄関のドアを盾に拳銃で散発的な抵抗を開始するが、暗視ゴーグルとAK47自動小銃で武装したペドロの兵隊たちの前になす術もない。

 玄関ホールに下りてきたスガワラは一目で状況を察知して怒鳴る。

「バカヤロー!機関銃持ってこい!!それから屋敷の照明を全部点けろ!」

 タナカが冷静に戦況を分析する。

「敵は玄関に射撃を集中させてますね」

「正面突破する気か」

「いや、必ず脇を突いてくるのがいるはずです。」

 スガワラとタナカは、二~三人の部下を連れて邸宅の横の隠し扉から庭園に向かった。


 ペドロが率いる部隊は邸宅の裏庭に集まった。

 裏庭には鳥小屋があるが、ニワトリは眠ったままだ。

 レオナルドは、こいつをリクの土産にしてやろうと密かに考えた。

 裏口に仕掛けたダイナマイトが爆発する。

 ニワトリはけたたましく鳴き騒いだ。

 ペドロたちは白煙が巻き上がる裏口に一斉射し、邸内に突入した。


 ファビオたちは正面玄関を左に迂回して庭園の脇に回った。

 右手に池を眺めつつ低い姿勢で、足早に植え込みの陰に隠れて進む。

 正面部隊はやっと始まった邸内からの重機関銃による攻撃で、前進を阻まれている。

 建物内の照明が一斉に点灯し庭園を照らすが、何しろこの庭園は広い。

 しかし、暗視ゴーグル優位性は大きく失われた。

 その隙に重武装したヤクザたちが玄関に現れ、次々と手榴弾を投げる。

 手榴弾は届かず、池の真ん中で爆発した。水柱が高く上がる。

 岩陰に隠れているファビオの目の前に、突然水柱に巻きあげられた巨大な金色の錦鯉が落下し、ビチビチと勢いよく跳ね回った。驚いたファビオが思わず立ち上がったその瞬間、スガワラと鉢合わせた。

 驚いたファビオとスガワラは喚きながら至近距離から同時に引き金を引く。

 スガワラの銃弾がファビオの眉間に一発、ファビオの連射はスガワラの身体を斜めに刻んだ。

「てめー、よくも!」

 拳銃を乱射するタナカがAK47の連射をまともにくらって後ろにすっとんだ。

 残ったヤクザたちは逃げようとするが、すべて背後から撃たれた。

 兵隊たちは地面に転がったファビオとスガワラたちの死体を跨いで前進する。


 邸宅の裏口から突入したペドロたちは誰の抵抗も受けることなく、正面玄関の背後にたどり着いた。

「クソ―!死ね死ね死ね死ね死ねぇぇ!!」

 玄関から少し入ったところでヤクザが一人、叫びながら重機関銃を伏射し、その脇で四人のヤクザたちが自動小銃を膝撃ちしていた。

 誰も背後をとられていることに気付いていない。

 ペドロは冷笑しつつ肩をすくめて横のレオナルドを見た。

 レオナルドは苦笑しながら兵隊に軽く合図を送る。

 ヤクザたちは背後から連射を浴び、正面玄関は一瞬にして制圧された。

 ペドロはゆっくりと歩いて玄関先に立ち、腕に巻いた赤いバンダナを外して大きく振った。

 その途端、ペドロの足元に銃弾がめりこんだ。

 銃撃は真上からだ。

 ペドロは素早く玄関の中に引っ込む。

 正面部隊は、邸宅の二階に攻撃を集中させながら前進し始めた。


「行こう。陳はこの上だ」

 ペドロはそう言って、ホールの広い階段を上がり始める。

 階段に敷かれた分厚い真っ赤な絨毯を踏みしめながら。


                 次回「ペドロの戦争」⑦に続く



今週も読んでいただき、ありがとうございました。

ここ数日、各地で豪雨が続いています。

皆さまのご無事を祈ると共に、犠牲になられた方々に謹んでお悔やみを申し上げます。

なお、次回「ペドロの戦争」⑦は7月14日(土)夜10時に更新予定です。


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