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第4話「ペドロの戦争」~黄昏の王国~

アフリカ系組織に弟分のミゲルを殺されたペドロは、クミチョーの目を盗んで密かに復讐の準備を進めていた。

ペドロは元漁師のイグナシオを連れて毎晩のように荒川をボートで下る。

荒川から東京湾に出たペドロたちの向かう先には…。

 月のない暗い海をボートは進んでいく。

 ボートが対岸の浦安に近づくにつれ、巨大で異様ないくつものシルエットがぼんやり現れた。

 その中でも特に目立っているのは、西洋の古城風の建物で、この建物だけいくつか小さな灯がともっていた。

「夢の王国のなれの果てか…」ペドロが呟く。

 

 ボートはエンジンを切って、足場材を組んだ手作りの桟橋に滑り込んだ。

 ペドロは身軽にボートから桟橋に飛び移る。

 イグナシオがペドロにもやい綱を投げて渡し、ペドロが桟橋にボートをくくりつける。

「見張っといてくれ」

 ペドロはイグナシオにそう言い渡して桟橋を歩きだす。

 かつては「夢の王国」として多くの人々で賑わったこの施設も今となってはその面影もなく、ただ朽ち果てつつある。

 巨大地震による地盤の沈下、その後に襲った津波の影響で、園内全域が水没してしまった。

 満潮時には腰まで水に浸かる海面の上には、通行のためあちこちに足場材で通路が張り巡らせてある。

 ペドロが桟橋の上からライトをぐるぐるとまわす。

 しばらくすると、奇妙なシルエットが二つ、こちらにゆらゆらと近づいてきた。

 一つは黄色いクマの着ぐるみ。

 よく見るとクマの着ぐるみはすっかり色が抜けて白っぽくなり、あちこちが擦り切れている。

 もう一つはネズミの着ぐるみ。

 その大きな耳の片一方は半分千切れて頭からだらりとぶら下がり、外れた片目はガムテープで顔に貼り付けてある。

 ネズミは全体が黒ずんで、異臭を放っていた。

 暗がりで見ると二体ともかなり不気味なのだが、さらに両方ともその手にレミントン社製の散弾銃を携えているのが剣呑だ。

 しかしペドロは慣れた様子でポケットからパスを取り出してネズミに見せた。

「夢の王国」の年間入場券(パスポート)だ。

 ネズミはうなずいてペドロの先に立って歩き始めた。

 クマはペドロの後ろを歩く。

 そうして三つの奇妙なシルエットは、浅い海面に作られた回廊を歩いて、城へと向かっていく。


 城はかつて「夢の王国」の象徴的なランドマークだった。

 かつてはペカペカと小ぎれいに塗装され、夜は美しくライトアップされていたその城も、いまでは潮風にさらされて黒ずみ、本物の蔦草に覆われ、皮肉なことに中世の古城の外観としてのリアルさを増していた。


 二体の着ぐるみと城の入り口で別れたペドロは、一人で階段を最上階まで上る。

 着ぐるみたちにはもう階段を上る体力がない。

 中身は全て老人なのだ。

 超巨大震災や津波で家族を失ったり家族に棄てられたりした老人たちがこの場所に住み始めたのは、震災から2~3年経ってからだ。

 老人たちはかつて家族と過ごした美しく楽しい思い出に閉じこもり、ここで夢の国の住人を演じながら暮らしていた。


 ペドロは最上階にたどり着く。

 そこには二つの玉座があり、各々に着飾った老人が二人座っていた。

 ペドロはひざまづいて頭を下げる。

「ご機嫌麗しゅうございます。プリンス・アンド・プリンセス」

 すると「プリンス」がしわがれた声で答えた。

「おお、わが友ペドロよ。よく来てくれた」

「プリンセス」は皺だらけの顔から、ボロボロと白粉を落としながら艶然と微笑んでペドロに声をかける。

「ペドロ、わたしの可愛い坊や。もっと近くに」

「は。」

 ペドロがプリンセスの前に進み出ると、彼女はまるで老いた鶏のように(しな)びた手を伸ばす。

 ペドロはその手にキスをした。

「ペドロ。そなたの連れて来た子たちは本当によく働いてくれるぞ」

「ありがたきお言葉。して、贈り物はお気に召したでしょうか」

「うむ。大いに助かった。城住まいの者たちも困っていたのでな」

 ペドロはとあるビルの地下で発見した災害用の備蓄食料を大量に持ち込んでいた。

 賞味期限はとっくに切れているがそんなことはどうだっていい。老人でも腹は減る。

 どこからの支援もないここの住人たちは常に飢えていた。

「それはよろしゅうございました。では、わたくしは兵を見回ってきますのでこれにて」

 するとプリンセスは悲しげに言った

「おおペドロもう行ってしまうのですか?今日もゆっくり外の話を聞かせてください」

「プリンセス、それはいずれ。今この王国は外の軍勢に狙われております。一刻の猶予もなりません」

「おお!恐ろしい!!本当にそんなことが…」

「しかしご心配には及びません。そのための我らが義勇軍です。この国とあなた方の身の安全はこのペドロめが命にかえてお守りいたします」

「おお、なんと頼もしい。まだ年若いのに」

 プリンセスの感激の涙が厚ぼったく塗ったマスカラを溶かし、顔に黒い筋を描いた。

「ペドロ、しっかり頼むぞ」

「は、プリンス。しかと心得ました。そしてプリンセス、我々の勝利の暁には、この国のすべての方々に永遠の若さと美しさ、そして愉悦をもたらす秘宝を持ち帰りますゆえ」

「なんということでしょう!ああ、待ち遠しい!」

 プリンセスの声は打ち震えた。


 ペドロは階段を足取り軽く駆け下りながら上機嫌だった。

 グロテスクなごっこ遊びに付き合うのも悪くない。

 今の俺の気分にはピッタリだ。

 城の出口ではさっきのネズミとクマが座り込んでいた。ペドロは敬礼するがピクリとも動かない。眠ってしまったのだろうか。

 —いや、この場合魔法が切れたというのが正しい。

 ペドロはそんなことを考える自分がおかしくて、クスクスと笑った。


 ペドロはまず広い園内の、大きな岩山を模した施設へ向かった。

 足元では水面が少し波立ち始めている。

 風が出てきたのかもしれない。

 岩山ではペドロが最も信頼している部下のヘススが、ペドロの集めた浮浪児たちを訓練していた。

 浮浪児たちはロープ一本で岩山を登っている。

 ヘススは下から見上げながら大声で指示する。

「下を見るな!ロープはいつもしっかり握ってろ!まだ早く登らなくていい。ゆっくり、落ちないで上まで行くのが今は大事だぞ」

 ヘススは12才。

 ペドロより年下だが、落ち着きがあって頭が良かった。

 ヘススは近づいてくるペドロに気付いた。

「どうです。サマになってきたでしょう」

「ああ、もうちょいだな」

「しかし、何なんですか、ここは?」

「夢の王国。頭ン中お花畑の棄てられた日本のジジイとババアがたどりついた約束の地『ネバーランド』さ」

「ずいぶんと老けたピーターパンですね」

「まあそう言うなよ。あいつらだってこの世界から見捨てられたんだ。そういう意味じゃ俺たちと同じさ」

 その時、一人の少年が足を滑らせた。

 ヘススは素早く走って少年をキャッチする。

 滑落した少年はまだ10歳ぐらいだろうか。ペドロは殺されたミゲルを思い出していた。

 ヘススは少年に優しく声をかける。

「大丈夫か?ケガしてないか?」

 少年は涙をこらえてうなづいた。

 ヘススは少年の頭を撫でながら言った。

「頑張ったな。もう少しだったぞ。今度はいちばん上までいこうな」

 少年の顔に笑みが戻った。

 ヘススは岩を登っている全員に大声で指示を出す。

「よーし!今日はもうおしまいだ。みんな下りてこい」

 少年たちは一斉にロープをつたって下りてくる。

「最後まで気を抜くなよ!もう大丈夫って思った時がいちばん危ないんだ!」

 ペドロはヘススの肩を軽く叩いて言った。

「大したもんじゃないか。まるで先生だな」

 ヘススは一瞬無表情になって答える。

「ただのギャングです」

「今はな。それよりな、いいか二度とはいわねえ。決行は12月8日だ。誰にも言うなよ」


 次にペドロはアメリカのブロードウェイを模した一画に行った。

 ここではレオナルドとリクが少年たちに射撃訓練を行っている。

 食い物と寝る場所に困らないという触れ込みで集まってきた浮浪児たちの中には日本人の子供たちも少なくなかった。

 仲間で唯一の日本人で、銃器の扱いに慣れていないリクは通訳兼訓練生だった。

 少年たちはブロードウェイの街並みを日本の市街地に見立てて、市街戦の訓練をしていた。

 弾はもちろん実弾を使っている。

「おーし、撃ち方止めぇ!」

 ペドロが命令すると、小さな体をフル装備で固めたリクがガチャガチャと音をたてて走ってきた。

「兄貴!」

 ペドロは思わず笑ってしまう。

「リク、なんだその恰好は。俺はてっきり防弾アーマーが走ってきたかと思ったぜ」

「ちぇ!兄貴、チビだからってバカにすんなよな。」

「いやいや、そういうわけじゃねえんだ。ただな、俺たち少年兵の取り柄はすばしっこさだ。そんな重装備じゃまともに走れねえだろ?」

「そっか…」

 リクは下を向いて少し悔しそうな顔をした。

 そこへレオナルドがやってくる。

「兄貴」

「よう、レオ。どうだい、調子は」

「いいっすよ。なんたって実物を触らせるに限る。こいつらでも一撃目だけならジエータイとやらに勝てますよ」

 ガッチリとした身体のレオナルドは18才で、ニカラグア出身の元少年兵だった。

「そいつぁすげえ!ところで派手に実弾演習やって気付かれてないか?」

「大丈夫です。この界隈に近づくやつぁいません。誰も興味すら持たない」

「興味ないふりしてるだけだ。自責の念ってやつだ。誰だって自分の傷には敏感なのさ。それより、ブツの方は順調か?」

「バッチリです。今週のぶんで全部そろいます」

「そうか。」

「しかし兄貴、こんだけの武器を集める金がよくありましたね」

「まあな。ここの住人は案外金持ちなんだ」

「イカレてますよ」

「ああ、その通りだ。だけどよ、イカレた国でイカレてんのはフツーってことじゃねえか?」

 レオナルドは黙った。

 —兄貴はそういうけど、俺は生まれてからイカレてない場所なんて見たことがない。

「まあ、そういうことは全部終わってからゆっくり話そうや」

「はい」

「それと、一回しか言わないからよく聞いとけ。決行は12月8日だ。誰にも言うなよ」

 レオナルドはニヤリと笑って敬礼した。


 桟橋には冷たい風が吹いていた。

 イグナシオは毛布にくるまってぼんやりと女のことを思い出していた。

 今付き合ってる女は白い肌が美しいchino(中国人)で、サイコーの女だ。

 普通chinoの女は俺たちの肌の色を嫌って差別しやがるけど、あの娘は俺のこの肌の色が好きだと言ってくれる。

 優しくて、何でも話を聞いてくれる。おまけにエロくて…。

 思い出しただけでイグナシオはムズムズした気分になった。

 そこへペドロが戻ってきた。

 イグナシオは慌てて股間を触りかけた手を戻す。

「待たせたな」

「兄貴、首尾はどうでした?」

「これ以上なく順調だ」

 ペドロは機嫌よさげにもやい綱をほどいてイグナシオに放り、少し助走をつけてボートに飛び乗った。

 ボートは大きく揺れた。

「兄貴、危ないっすよ」

 ペドロは構わず後席に座って櫂を右肩に担いで言った。

「帰ろう」

 イグナシオがエンジンのスイッチを入れる。

 ボートはゆっくりとUターンして桟橋を離れ、東京湾を目指す。

 日の出までにはまだ十分時間があった。

 ペドロは後席から身を乗り出し、操縦しているイグナシオの耳元で囁いた。

「一回だけしか言わないからよく聞いとけ。決行は12月()日だ!絶対に誰にも言うんじゃねえぞ」


                 第4話「ペドロの戦争」③に続く



今週も読んでいただき、ありがとうございました。

いかがでしたでしょうか。

さて、ご存知の方もおられるとは思いますが、このサイトに連載していたある小説のアニメ化が、作家の昔のヘイト書き込みで中止になりました。

組んでおられたイラストレーターの方、本当にお気の毒でした。

私の今週の小説も別の意味で危ないのですが、この小説はフィクションです。実在するテーマパーク及びキャラクターとは一切関わりありません(笑)。

また、書籍化ひいてはアニメ化の障害となる場合は書き直す気マンマンですのでご心配なさらず、声を掛けて下さい(←ないなー)。

お叱りの言葉、間違いの指摘など常にお待ちしておりますので、お気軽に感想を書き込んでください。

ログインしてメッセージ欄にお書きいただいても結構です。

お気に入りいただければ、ブックマーク、評点などいただけるとすごく元気が出ます。

ぜひ、よろしくお願いいたします!

さて、風雲急を告げる東京。

いよいよキナ臭くなってくる次回をお楽しみに!

なお、次回は6月16日(土)午後10時に更新予定です。


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