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第3話「神代も聞かず竜田川」~コルティナふたたび四股を踏む~

社長の用意した蒸気機関車で横綱の東京脱出を支援するトッケイのメンバーたち。

しかし、そこにペドロのバイク部隊が襲いかかる。

追いすがるペドロたちは列車に乗り移り車内は乱戦となるが、ミドリも参戦もあって敵は拘束された。

マルコは客車の屋根の上に潜むペドロと出会うが…。


 列車は給水のため高崎駅で一旦停車した。

 クガやゴロウたちも一旦列車を降りる。

 ゴロウは大あくびをしてから伸びをした。

「ここまでくりゃ信越連合の縄張りだ。東京のヤクザは手ェ出せねえ」

 するとマルコが四人の捕虜を連れて降りてきた。捕虜たちはなぜか全員拘束を解かれ、オドオドしている。

「マルコ、おい!」クガが驚いて声を掛ける。

 その時、客車の屋根からペドロがプラットホームに飛び降りた。

「兄貴ィ!」

 捕まっていたペドロの弟分たちが情けない声で呼びかける。

 クガが軽機関銃でペドロに狙いをつけるが、マルコは片手でそれを制した。

 それを見たペドロが笑いながら言う。

「な、言ったろ?お前はそういうやつなんだよ、マルコ」

「どういうことだよ!」ゴロウがマルコを問い詰める。

「手を出さないで!」

 マルコはクガとゴロウにそう言ってペドロに近づいていく。

「取れよ。どっちでもいいぜ。いつもの鉛筆削りじゃおめえが不利だからな」

 笑いながらペドロが差し出した二本のジャックナイフのうち一本をマルコが取り、刃を起こして念入りに調べ、刃をパチリと戻した。

「納得したか?」

 マルコは無言でうなづく。

 ペドロはナイフを口にくわえ、左腕に巻いた赤いバンダナをほどく。

 二人は互いの左手をしっかりと握りあい、その手が離れないよう、ペドロがその上からバンダナをギリギリと巻きつける。

「スペイン式じゃの」

 クガの横にやってきた阿川が腕組みをして呟く。

 その後ろでは白露山も興味深そうに見守っている。

「兄貴!」

 ペドロの弟分たちが心配そうに声を掛ける。

「おめえら、俺が殺られても手エだすんじゃねえぞ!」

 

 ふたりは同時に顔の前でナイフの刃を起こし、半身になって体の後ろにナイフを隠した。

 一瞬、目にも止まらぬ速さで二人の体が交錯し、すぐに離れる。

 二人はすぐに、結び合った左手を中心にじりじりと左回りに円を描き始める。

 次はマルコが先に動くが、刃はペドロの左頬をかすめる。

「ハハッ!そっち側はチタン製だ。刃が欠けるだけだぜ!」

 言いつつ、ペドロの刃が一直線に伸びてくるがそれはフェイントで、刃はまるで途中で軌道を変えるようにマルコを上から下に切りつける。

 ペドロは瞬時にナイフの握りを変えたのだ。

 間一髪でかわしたマルコのTシャツは、上から下まで真っ直ぐに切れた。

「ヒュー、やるやる!だいたいおめえにナイフ教えてやったのは俺だからな」

 今度は右回りに、再びマルコとペドロはジリジリと円を描き始める。

 その間にも二人は互いの呼吸をはかりながら、ナイフの握りをめまぐるしく変え続けた。

 二、三手が交錯するが、二人とも傷一つ負っていない。

 ナイフを握ったマルコの右手が鋭く突き出される。

 ペドロは紙一重でよけるが、マルコはそのままナイフの柄を握り込み、ペドロの頬に裏拳を叩き込んだ。

 ペドロの足が少しもつれる。

 太極拳で覚えたマルコの足さばきがペドロの予測を半足分上回る踏み込みを見せたのだ。

 ペドロは素早く体勢を立て直し、猛然とラッシユに出た。

 マルコは次々と繰り出されるペドロの刃先をかわし、ときおりカウンターを見せるが互いに皮一枚でかわす。

 ふたりの動きは優雅で美しく、時に鋭く時に緩やかに、変幻自在のリズムを見せ、見る者を魅了した。

 死の舞踏。

 クガやゴロウもただ黙って見惚れるしかなかった。

 ふたりの顔、腕、いたるところに大小の切り傷ができ、血が流れているが、すべてはかすり傷だ。

 しかし、ペドロには疲れが見え始めた。全身から汗を噴き出し、肩で息をしている。

 再びペドロがラッシュに出た。しかしその動きに先程の切れは失われ、突き出すナイフの刃先のスピードも鈍ってきた。

 マルコはペドロの突きをかわすことなく次々と捌き、ナイフを握った手で的確に裏拳をカウンターで当てた。

 マルコの裏拳は一見ペドロの頬を軽く撫でているように見えるが、ペドロの鼻からは血が流れ始めている。ペドロの呼吸は更に乱れる。

「てめえ…、舐めやがって。何でナイフを使わねえんだ」

 再びペドロは無謀なラッシュを試みる。

 しかし足はもつれ、ナイフの軌道は乱れ、マルコはもうその刃先を避けることさえしなかった。

 ついにペドロは両膝を突いて、荒い息を吐いた。

 マルコがペドロの喉元にナイフを突きつける。

「終わりだ、ペドロ」

 だが、がっくりとうなだれていたペドロは急に顔を上げ、ニヤリと笑ってナイフを捨てた。

 そして固くマルコと結ばれていたはずの左手をペドロが軽く振ると、バンダナはスルリとほどけ、ペドロは一足飛びに後ろに下がった。

 唖然としているマルコにペドロは言い放つ。

()()()って奴さ。」

 弟分たちはペドロに駆け寄った。

「命賭けましたってとりあえずクミチョーに言わなきゃなんねーからな」

「ペドロ!」

「こいつらは貰ってくぜ!文句ねえだろ?」

「そうね、うちで預かっても仕方ないし、それがいいわ」

 いつの間にか後ろに高藤と金髪の調達屋が立っていた。

「社長?!」ゴロウが驚く。

「でも、あんたたち、どうやって高崎(ここ)から帰るつもり?」

 高藤の問いに、ペドロは不敵に笑いながらズボンの尻ポケットから44マグナムを取り出して言った。

「ヒッチハーイク」

「ペドロ、お前!」

「あばよ、マルコ!俺にはまだ、やんなきゃならねえことが残ってるんだ」

 そう言い残してペドロは弟分たちと走り去った。

「あーあ、ホセフィノも行っちゃったか…」白露山が残念そうに言った。

 マルコはプラットホームに残されたペドロの赤いバンダナを拾い上げ、じっと見つめている。

「マルコ!またな!」

 はるか遠くからペドロの叫びがかすかに聞こえた。

 ミドリがマルコに歩み寄り、肩にそっと手をかけ尋ねる。

「あの子、銃持ってたのに使わなかったのね」

「バカなやつだ」

「友達?」

「戦友」

 そう答えるマルコの瞳に、涙がいっぱい溜まっていた。



 機関車と客車には阿川と白露山、それに竜田川と神代が残り、この先の護衛には調達屋とその部下たちが当たった。

 竜田川と神代はトッケイの面々に客車のデッキからいつまでも手を振っていた。

「これでまあ北海道までは無事に着くだろ」

 そう言ってゴロウはタバコに火をつける。

「さみしくなるな…」ミドリはしゃがんで、バットのグリップエンドに顎を乗せてぼんやりと呟いた。

「さて、お腹空いたわね。ちゃっちゃと東京に帰りましょう」

「社長、そんなこと言ったって、どうやって帰るんだよ」とゴロウ。

「んー?ヘリで」

「ヘリぃ?!」

「社長、ヘリがあるのに何でわざわざ蒸気機関車なんかで」

 クガも不満そうだ。

「だって、それじゃつまんないでしょ。それに、信越軍管区を丸め込むのに時間が足らなかったのよ。今日び日本の空を飛ぶのも大変なんだから。それから、あんたたちにはあのC61をここまで運んでもらうって任務もあったのよ」


 15分後、五人は弦本響子の操縦するホンダ製デュアルジャイロに乗り、東京へ向かっていた。

「社長、こういうことは作戦の前にあらかじめ言ってください」

 と、クガがもっともなことを言う。

「でもおかげで儲かったわ。あんたたちにもかなりボーナス出せるわよ。北海道の成金があれを高値で買ってくれたからね。改造費だいぶつぎ込んだけど、その三倍で売れたのよ!」

「へえー、物好きな金持ちがいるもんですねえ」

 そう言いつつゴロウが咥えたタバコに火をつけようとするとすかさず弦本響子がピシャリと言った。

「禁煙です!」

 響子のいつもよりきつい物言いにゴロウは少し驚いた。

「あっそ」

 だがゴロウはタバコを咥えたままだ。

「今北海道じゃ金持ちの間でスチームラリーが盛んなのよ」高藤が続ける。

「スチームラリー?」

「蒸気機関車のレースね。ある路線を最短時間で走った機関車が勝ちっていう。世界中からマニアが集まってるらしいわ」

「金持ちは金持ちを呼ぶ、か」

「じゃあ、あのじいさん。阿川機関士も北海道に?」とクガ。

「そう。彼の故郷ですからね。それに先方にも整備士込みで、っていう条件で売ったんだから」

「でも大事なコレクションじゃないんですか?」とミドリ

「これから色々と物入りなのよね。だからおもちゃは全部売ることにしたのよ。まあそういうわけで今日は久しぶりにあたしのおごりで美味しいものを食べましょう!」

「マジっすか?」クガは驚く。

「社長のおごりなんてヘリが落っこちるんじゃねえの?」ゴロウがミドリの耳元で囁く。

 すると響子が突然叫んだ。

「みんな黙って!気が散るから!」

「どしたのつるもっちゃん。いつもと違わね?」ゴロウがいつものように軽口をたたくと、響子は金切り声を上げた。

「私、これ操縦するの二度目なの!!」

 この後、東京に着くまでだれ一人として口を開く者はなかった。

 マルコは一人、最初から押し黙って窓の外の沈む夕陽を眺めていた。



 数週間後、ムダイ邸の昼下がり、マルコはボンヤリと縁側に座っていた。

 庭ではコルティナが子供たちと相撲をとっている。

 みんな作務衣の上から手作りの廻しを締めて、はっけよい!はっけよい!と元気がいい。

 コルティナの影響でムダイ邸の子供たちの間にはちょっとした相撲ブームが起きていた。

 そこへ雪駄履きのゴロウが庭先から入って、マルコに近づいてきた。

「よう」

「ゴロウさん、どうしたの?」

 ゴロウは封筒を手にしている。

「竜田川からよ、手紙が来たぜ」

「へえー!」

 マルコは手渡された封筒から中身を出して見たが、竜田川の字は達筆すぎてマルコには読むことができない。

「…なんて書いてあるの?」

「んー、つまりだな。竜田川と神代ちゃんは北海道の札幌にちゃんこ鍋の店を出してすげえ繁盛してるらしい」

「へえ!良かった!!って、ゴロウさんこれ読めるんだ」

 ゴロウは思わず頭を掻きながら答えた。

「あー、いや。ミドリが読んでくれた」

「なんだ。」

「あ、そんでな。白露山っていたろ?」

「うん」

「奴は機関士さんの紹介で札幌の有名な『からくれなひ』という豆腐屋に弟子入りしたらしい。」

「トーフヤ?」

「豆腐を作る職人だな」

「じゃあイワンはトーフマスターを目指してるんだね!」

「マスター?まあ…そういうことだな、うん」

「みんな未来があるんだね…」

 マルコはふいにペドロのことを思い出していた。


「ヨイショ―!」

「ヨイショ―!」

 コルティナの四股に合わせて、十人ほどの子供たちが大きな掛け声と共に四股を踏む。

「ヨイショ―!」

「ヨイショー!」

 穏やかに晴れた秋の空に、コルティナと子供たちの明るい笑い声が響き渡っていった。


    第3話「神代も聞かず竜田川」~コルティナふたたび四股を踏む~了

    次回第4話「ペドロの戦争」~軽蔑~に続く


今週も読んでいただき、ありがとうございました。

第3話はこれにて終了です。

元々第3話は思いつきと冗談半分で、落語の「ちはやふる」をモチーフに短くコミカルなものを書こうと考えて軽く始めたものですが、意外と長く、重くなってしまいました。

余談ながら白露山は栃ノ心と把瑠都を合わせて作りました(笑)。

ご意見、ご感想、ご指摘などございましたら遠慮なく書き込んでください。

ログインしての評点、メッセージなどもお待ちしております。

なお、この連載はまだ続きます。

次回からは第4話「ペドロの戦争」が始まります。

ご期待ください。

次回は6月2日(土)午後10時に更新予定です。


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