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第3話「神代も聞かず竜田川」~ミドリ指導する~

二人の相撲取りの東京脱出行に挑むトッケイのメンバーたち。

上野駅から蒸気機関車に乗り込み、ヤクザの追跡を振り切ったかに見えたトッケイだが、ペドロが率いるバイク軍団の執拗な追撃を受ける。

 機関車は次第にスピードに乗ってきた。

 それについていけず、追撃から脱落するバイクが多くなってきた。

 まだ食い下がっている者たちもフルスロットルで、もはやギリギリの状態だ。

 石炭の上で腹ばいになって軽機関銃を撃っているマルコと白露山は次第に暇になってきた。

 ヤクザたちのベンツは、線路沿いの道を追いすがりながら時折発砲してくるが、もう命中する距離ではない。

「君、名前は?」白露山がマルコに訊く。

「マルコ」

「俺はイワン。ところでマルコ、君は軍隊にいたことがあるだろ?」

「はい。イワン、あなたもでしょ?」

「やっぱりわかっちゃうもんだね。だけどぼくは工兵だったんで射撃は苦手なんだ」

 白露山は起き上がって、石炭の上にあぐらをかいた。

「あー、タバコ吸いたいな。君、持ってない?」

 マルコも起き上がり、同じくあぐらをかく。

「ごめんなさい、僕吸わないんで」

 改めて白露山を見ると、裸の上半身は石炭で真っ黒で、下半身はゴロウの皮ジャンをまるでふんどしのように巻き付けた珍妙な姿だった。

 マルコが吹き出しそうになった時、運転席から切迫した機関士の声が聞こえた。

「おーい、上の人!」

 マルコと白露山がで急いで運転席を上から覗くと、阿川機関士がペドロの兵隊にナイフで襲われ、スパナで応戦していた。

 白露山はテンダーの上から長い腕を伸ばし、まだほんの子供な兵隊の襟首を掴み、まるで子猫のようにひょいとテンダーの上に引き上げた。

 呆然としている少年からサバイバルナイフを取り上げた白露山は、人差し指と親指でナイフをグニャリと曲げ、後ろに放り投げた。

 白露山は穏やかに微笑みながら少年に語りかける。

「君、タバコ持ってない?」

 少年はズボンのポケットからクシャクシャになったタバコのパッケージを出して白露山に渡す。

「一本貰っていい?」

 少年はうなづく。

 白露山はよれたタバコを一本、パッケージから抜いて咥えた。

「火、ある?」

 少年は無言で上着のポケットからライターを取り出し、白露山が咥えたタバコに火をつけた。

 白露山がタバコを思いきり吸い込むと、タバコはその一息で全部灰になってしまう。

「君、いくつ?」白露山はまるで蒸気機関車のように白い煙を吐き出しながら少年に尋ねる。

「10歳」少年は白露山のあまりにも気さくな態度につい答えてしまう。

「10か…。俺もその頃悪かったけどさ、ガキのくせにあんなもん振り回してた自分を今頃恥ずかしいと思うんだよね。」

 少年は当惑しながら黙って聞いている。

「今は考えられないと思うけど、人生って結構長いんだよな。だからさ、あんまり恥ずかしいことばっかしてるとこの先後悔ばっかりしながら生きてくことになっちまうんだなあ…」

 いつの間にかマルコも思わず正座して聞いている。

「君、名前は?」

「…ホセフィノ」

「ホセフィノ、君死ぬのは怖くないの?」

「怖い…かも」

「だよね。俺も怖い。怖いよなー。死にたくないよなー」

 白露山は戦場の事を思い出しているのかもしれない、そうマルコは思った。

「水タバコが吸いたいな」白露山はぼんやりと呟いた。

 列車は鶯谷駅を通過していく。



 客車後部デッキでは、必死に乗り移ろうとする兵隊たちとそれを阻止するミドリの攻防が激化していた。

 疾走するバイクから兵隊が飛び移ってくる。

「指導!」ミドリがそう叫んでバットスイングする。

 兵隊は空中でミドリのバットスイングのえじきになり、華麗に宙を舞い、緩い放物線を描いて線路の上にグシャリと落ちた。

「指導!指導!指導!指導!」

 客車の後部デッキに仁王立ちになったミドリのバットスイングは、乗り移ろうと次々に飛び掛かってくる兵隊たちをポンポンと飛ばした。

 最後の兵隊が果敢なダイブを試み、デッキの手すりを掴む。

「指導!」

 そう言いつつミドリの金属バットはデッキに掴まった兵隊の指に振り下ろされた。兵隊はたまらず手を放して線路の上に転がり落ちる。

「ちっ、どん詰まりか…」ミドリはそう呟きながらヘルメットを脱いだ。

「あー、いい汗かいた」

 ミドリが自分のシャツの袖で顔を拭きながらデッキから客車に戻ってくると、ゴロウは雀卓に向かい、麻雀牌の箱を取り出していた。

 クガはミドリと入れ替わりに客車のデッキに出て、周囲の安全を確認する。

「喉渇いてんだけど」とミドリ。

「あー、そこに冷蔵庫があるぜ。何ンかあんじゃん?」

 ミドリはしゃがみ込んで小さな冷蔵庫を開ける。中にはビールとシャンパンが冷やしてあった。

「うひょー、モエじゃん。あんたんとこの社長って結構太っ腹なのね」

「かもな。でも社長の考えてることは良くわかんねえ」

「あたしビール貰っちゃお」

 ミドリはキリンの缶ビールを取り、ゴロウの隣に座った。

 ゴロウは箱から牌を一つ取り出して子細に眺めている。牌は薄い緑色をしていた。

「きれいね」ミドリはビールを飲みながら、自分も牌を一つ摘み上げた。

「これ、翡翠(ひすい)かな」

「何だっけ、この客車のこと社長が。満州国皇帝の…なんとかって」

溥儀(ふぎ)?!」

「あーそれそれ!お前良く知ってるね」

「こう見えても日本史の教師だから。でもそれってホントかなぁ」

そこへクガがデッキから戻ってきた。

「大丈夫だ。今のところ追手はもういない」

 ミドリは箱から牌を卓に出してかき回し始めた。

「おい、これ高いんじゃないか?」ゴロウが慌てて止める。

「高いったって麻雀牌じゃないの。どう?半荘(ハンチャン)

「だいたい、メンツが足りねえじゃんか」

「仕事中だぞ」クガがたしなめる。

「あたしは違うもんねー」

 ミドリはクガに舌を出して、ビールをグビグビと飲む。

 その時、隣の寝室でガラスの割れる音が聞えた。


 寝室に並べられた二つのベッドの間に、竜田川はしっかりと神代を抱いて座っていた。

 突然、左側の窓ガラスが蹴破られ、ペドロの兵隊が飛び込んでくる。

 とっさに竜田川は(たい)を入れ替え、神代を自分の背後に回して両手で守った。。

 兵隊は拳銃を抜いて真っ直ぐ竜田川の額に銃口を向けた。

 その距離30センチ。

「アッ!」

 しかし次の瞬間、兵隊はそう叫び目を押さえうずくまった。

 その隙を逃さず、竜田川は拳銃を握った兵隊の右手首をつかみ、強く握る。メリメリという音。

 兵隊は言葉にならない叫びを上げながら拳銃をベッドの上に取り落とす。

 竜田川の張り手一発で兵隊は気を失い、ベッドの上にのびてしまう。

「神代!」

 振り向いた竜田川に、神代は恥ずかしそうに舌を出した。舌の上には鋭く光る針が乗っている。

 神代は針を手に取って竜田川に渡した。

「含み針です。これがわだすのたった一つの武器なんです」

 竜田川は大きく息を吐いて呟いた。

「助けられたな…」

「ううっ」

 兵隊がうめく。

 神代は素早くベッドに落ちた拳銃を拾い、隣のベッドの上に置いた。

 兵隊はこれもまだ15、6歳といったところか。

 その時、寝室のドアが開いてゴロウとミドリが駆け込んでくる。

「どうした?!」

 竜田川はベッドの上に転がった兵隊を指さして言った。

「ゴロウさん、これどうしよう」


 客車に取り残された四人のペドロの兵隊たちは全員インシュロックで拘束され、寝室に集められた。

 四人ともすっかり戦意を喪失し、二つのベッドの間にぼんやりと座っている。

 ゴロウ、ミドリ、それに竜田川と神代は本当に麻雀を始めてしまった。

 クガは呆れつつもRPD軽機関銃を抱いて後部デッキに座った。

 麻雀のわからないマルコは寝室で捕虜の見張り、やはり麻雀を解さない白露山はなぜか阿川機関士の所に行った。

 列車内に、激しい戦闘の後の疲労感と束の間の安堵感が流れた。

 機関車は阿川機関士の言った通り、快調に走り続ける。


 機関車の運転席には、阿川機関士の隣に白露山が腰かけていた。

 阿川は初めて白露山の大銀杏に目を留めた。

「お前さん、相撲取りかい?」

「はい、白露山と言います。ロシアから来ました」

「そういやワシの友達に相撲好きがいてね。錦糸町にえらく強いロシア人がいるって言ってたな。ありゃあお前さんのことかね?」

「いやあ、横綱に一度も勝てませんでした」

「まだチャンスはあるだろうに。あきらめるのかい?」

「相撲はやめます。ヤクザに飼われるのはもうごめんだ」

「そうか…。他所(よそ)でも相撲はやってるがね。あまりいい噂は聞かないな。」

「そうですか」

「お前さん、これからどうするね」

「はあ…、どうしたらいいんでしょうか」

 その時、白露山の腹が空腹を訴えてぐぅーっと鳴った。

 すると阿川は笑いながら腰にぶら下げた包みから大きな握り飯を一つ取り出して、白露山に手渡した。

「いいんですか?」

「いいんだ。もう一つある。仲間が餞別に持たせてくれたんだがね。こんな年寄りがそんなに食えるかってんだ」

「じゃあ、いただきます。」

 白露山は握り飯にかぶりついた。

 阿川はニコニコしながらそれを眺めている。

「お前さんは実にうまそうに食うね」

「美味しいっす」

 白露山はあっという間に握り飯を食べ終え、指に着いた飯粒をひとつづつ丁寧に取って口に運ぶ。

「ごちそうさまでした。ありがとうございました」

 白露山はそう言って阿川にぺこりとお辞儀をした。

「握り飯は好物なんです」

「そりゃあよかった」阿川は笑顔で大きくうなづく。

「おやじさんの好物は何ですか?」

「わしゃ、豆腐だな。夏も冬も豆腐」

 その時、上空を白いものが舞い始めた。

「雪か…。どうりで冷え込むと思ったわい。こういう日は湯豆腐に限る」

「湯豆腐、俺も好きです」

「だいぶ冷えてきたが、お前さんそんな恰好で寒くないのかい?」

 白露山は全裸で腰にゴロウの革ジャンを巻いたままの姿だ。

「いや、別に。ここはあったかいですから」



 RPD軽機関銃を抱えて、ベッドの上に座ってウトウトしていたマルコは、ブルっと震えて目が覚めた。

 ガラスの割れた窓から雪が舞い込んでくる。

 ベッドの間に座らされている四人の「捕虜」たちは固まってガクガクと震えていた。

 マルコはふと客車の上が気になった。

 四人が逃げようとする気配はないし、客車の後部にはクガもいるはずだ。

 マルコは思い切ってベッドに立ち上がり、床に下りる。

 ビクッとする捕虜たちにマルコが話しかける。

「このスピードで外に飛び出したら即死だからね」

 そう言ってマルコはベッドの足元に畳んであった毛布を四人に掛けてやり、前部デッキへ向かった。


 マルコは機関銃をデッキに置いて客車の屋根によじ登った。

 すると客車の真ん中あたりに人影がある。

「待ちくたびれたぜ」

 ペドロが屋根に片膝を立てて座っていた。

「ペドロ!」

 とっさにポケットのナイフを探るマルコをペドロは座ったまま片手を上げて制した。

「言っとくけどこんな足元の悪い所でやり合う気はねえ」

「どうするつもりだ」

「次の給水場所で仲間を連れて帰る。そこでお前との決着をつけてやる」

「ペドロ、僕にも仲間がいるんだぞ。話さないとでも思っているのか」

「思ってる。おめえはそういうやつだ」

 そう言ってペドロはゴロリと仰向けに寝転んだ。


  次回第3話「神代も聞かず竜田川」~コルティナふたたび四股を踏む~に続く

今週も読んでいただき、ありがとうございました。

ご意見、ご感想など、間違いのご指摘などどんどんお寄せいただけると嬉しいです。

なお、次回は5月26日(土)午後10時に更新予定です。

第3話もいよいよ大詰め。

ご期待ください!

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