第3話「神代も聞かず竜田川」~ゴロウ匕首(ドス)を抜く~
トッケイによる横綱竜田川の東京脱出作戦。トッケイの面々は高藤社長の指示通り上野駅へ向かう。しかしそこに待っていたのは古い蒸気機関車だった。
果たして作戦は成功するのか…。
全員がフェンスをくぐり抜けた時、角を曲がってベンツが数台現れた。
「急いで!」
しんがりのマルコの声にせかされるように、一同は蒸気機関車へ急ぐ
きのう工場から出て来たばかりのようにピカピカの機関車には「C61020」という銘板が付けられ、古いが真鍮が贅沢に使われたな優雅で美しい客車が一両だけ連結されている。
クガが機関車の運転席に走ると、そこには腰の曲がった小さな老人が腰かけていた。
「これはトッケイに用意された車両か?」
「ああ?」
老人は耳が遠いらしい。
クガは焦りながら、もう一度大声で尋ねた。
「これは、俺たち、トッケイが、乗る、列車ですか?!」
老人はようやく聞き取れたらしく、うなずきながらゆっくり答えた。
「そうだよ。このC61は高藤社長のコレクションで、埼玉の鉄道博物館に預かってもらってたもんだ。わしはこいつを北海道まで運ぶのが仕事でな。お前らはまあそれに便乗するわけだ」
「わかった!早く出してくれ!追われてるんだ」
「もう行くかい?」
「ああ、今すぐ出せるか?」
「もうちょっと罐を暖めないとな。なんせボイラー一式新造したばかりで、まだ十分慣らしも終わっとらん」
道路ではヤクザたちがベンツから降りてきて、フェンスの切れ目に殺到している。
マルコが腰だめに構えたH&Kで威嚇射撃しつつ、ジリジリと後退してくる。
マルコが振り返って叫んだ。
「早く!」
「じいさん、急いでるんだけどな!」クガが大声で運転手に叫ぶ。
「じいさんはやめてくれんか。わしにゃ、阿川鉄郎という親に貰った立派な名前があるんじゃが」
「じゃ、阿川さん」
「阿川機関士。」
クガはうんざりしながら訊く。
「阿川機関士、社長からなんか武器預かってませんかね?」
「ああ、機関銃がテンダー(※蒸気機関車の後部の石炭と水を積載した部分)の上に乗っけてあるよ。」阿川は顎で機関車後部を指した。
クガは皆まで言わせず、急いでテンダーによじ登る。
石炭の上には銃先に二脚を取り付けたソ連製RPD軽機関銃が2挺、置かれていた。
これも社長の趣味か…、クガは一瞬げんなりしたがすぐに気を取り直して石炭の上に伏せ、銃を乱射しながら線路を渡ってくるヤクザたち目がけて射撃を始めた。
マルコが後退しながら二度、ヤクザたちに威嚇射撃したところでH&Kは弾が切れた。
「クガさん!弾が!」
「マルコ!こっち来て手伝え!」
マルコは全力疾走してテンダーに飛び乗った。
「動くまでしばらくかかるそうだ。こいつで奴らを足止めする。扱えるか?」
「Tinaだ。これなら慣れてます。」
ドラムマガジンが特徴のRPDは反政府ゲリラだったマルコには手になじんだものだった。
マルコは早速伏射を始めた。
ヤクザたちは一斉に伏せて、身動きが取れなくなる。
一方で客車後部から乗り込んだゴロウたちは車内の豪奢さに驚いていた。
一両は二部屋に分けられ、後方が応接室、前方がベッドルームになっていた。
皮張りのソファーが四角く並べられたその真ん中にはなぜか麻雀卓が置かれている。
その時、窓際に置かれた電話が鳴った。
全員が顔を見合わせる。
ゴロウが電話に出ると、相手は高藤だった。
「元気?」
「元気じゃないですよ!何すか、これは」
「蒸気機関車と満州国皇帝溥儀専用客車。客車は横綱へのプレゼントよ」
「こんなんで逃げろと?」
「バカねえ、あんたは。電気機関車は使えない。東京に一台しかないディーゼル機関車は今頃新潟で折り返してる。これ以外に鉄道を走る方法はないでしょ」
「しかし…」
「性能はご心配なく。ボイラーはチタンを使って新造、足回りも全部取り換えてある。燃料の石炭も最高品質のものしか使ってないから時速150キロはいけるかも。じゃ、私たちもそろそろそっちに行くから。がんばってね」
それだけ一方的に喋って、高藤の電話は一方的に切れた。
ゴロウは受話器を握ったまま呆然としている。
「のんびり麻雀でもやってろてか…?」
ヤクザたちは機関車上から2挺の機関銃の攻撃を受け、動けないでいた。
「阿川機関士!まだでありますか?」クガが焦れて叫ぶ。
「まったく、兵隊みたいな言葉を使いよってからに…」言いつつ阿川は背伸びして圧力計を見る。
「そろそろええか。」
老人は立ち上がって汽笛を鳴らす。汽笛はガランとした上野駅構内に響き渡った。
蒸気機関車C61は、動輪を一回空転させてゆっくりと動き始めた。
その時、上野駅に爆音が響いた。
上野駅の橋上駅舎から雪崩を打ったように続々とバイクが階段を下ってくる。
バイクはプラットフォームを疾走して次々と線路に飛び降りた。
バイクの群れの乗り手たちは手練れで、中腰の姿勢で巧みに荷重を抜き、枕木やバラストでデコボコの線路の上を飛び跳ねながらかなりのスピードで迫ってくる。
先陣を切って走る鮮やかなライムグリーンのカワサキにまたがるのは、ヤマアラシのツンツン頭、ペドロだ。
ペドロは横綱が脱出するのは鉄道と読み、的中させた。
しかしこのままでは分が悪い。
相手は蒸気機関車だから大したスピードは出せないはずだがこっちは線路をバイクで走るというハンデがある。
線路上だと転倒しないように走るのが精いっぱいで、とても銃なんか撃てやしない。
「乗り移るぞ!全員俺に続け!」ペドロは叫んだ。
「新手か!」
後方の異変に気付いたゴロウは客車の後部入口に張り付いた。
「クソッ!追い付かれるぞ!やつら乗り移る気だ」
ゴロウは懐の匕首を握る。
「横綱と神代ちゃんは前の部屋へ。大関はクガのおっさんに知らせてくれ」
三人は素早く行動に移った。
一台のバイクが客車の側面にグングン近づいてくると、乗っていた男は迷わずハンドルから手を放し、客車の窓に摑まった。
とっさに窓に走り寄るゴロウは男と目が合った。
窓から見える必死で掴まっている顔はまだほんの少年だ。
ゴロウはそのことに慄然とするが、次の瞬間、少年が袈裟懸けにしたAK47自動小銃のストラップが彼のバイクのミラーに引っかかり、少年はあえなく転落する。
少年の体はクルクルと回転しながら地面を何度もバウンドして後方へ消える。
その時、ゴロウは背後に気配を感じた。
客車後部のデッキから侵入したペドロの兵隊が拳銃を構えて立っていた。
これもまた少年で、銃を構えたまま躊躇している。
ゴロウは懐の匕首を抜いて少年に飛び掛かるが、鈍い音と共に少年は床に崩れ落ちた。
少年の背後には金属バットを肩に担ぎ、なぜかGYマークの野球のヘルメットを被ったミドリが立っていた。
「お前!」
驚いたゴロウにミドリは不敵な笑みを浮かべながら答えた。
「悪い生徒はいねが~」
寝室に竜田川と神代を残して客車前部デッキから梯子を上り、機関車に乗り移った白露山は追撃するバイクの巻き上げる砂ぼこりが幾筋もの線となって機関車に迫ってくるのを見た。
白露山は一瞬、昔ロシアで観た古いアメリカの西部劇映画を思い出しながら頭を低くして石炭の上を走り、クガの側に寄る。
「やあ、まるで『駅馬車』ですねえ」
「お前呑気だな。ゴロウは?」
「後ろから新手が来てます」
「お前、こいつを撃てるか?」
「РПД、これなら何とか」
「じゃあここを頼む。俺は後ろに行く」
クガが客車の方に行きかけた時、石炭が銃撃で跳ねた。客車の屋根によじ登ったペドロの兵隊たち数人がこちらを狙って伏射している。
クガは右手の小指を外し、単分子繊維の糸を1メートルほど繰り出して、自分の前で回転させた。
小指に仕込まれた分銅が回転することにより、分銅に繋がれた糸はまるで虹色の傘のようにクガの前で美しい円を描く。そしてその円はクガの思い通り変幻自在にその大きさを変えた。
クガを狙った銃弾はことごとく糸に切断され飛び散っていく。
そのまま客車の屋根に飛び移ったクガは、単分子繊維を円形に保ちながらゆっくりとペドロの兵隊たちに近づいていく。
兵隊たちは撃ち続けるが、彼らの銃弾は虹色の盾を貫くことができない。
「やめとけ!そんな骨董品じゃ、こいつをぶち抜くのは無理だ。」
クガは言いつつ分銅を前方に鋭く前方に放った。一人の持つAK47自動小銃が真っ二つに切れ、その切り口は鏡のように滑らかに光っていた。
ペドロの兵隊たちは恐れをなして屋根から後部デッキへと逃げた。
クガはそれを見届けてから、前部デッキから客車に入った。
クガが客車の寝室に入ると抱き合った竜田川と神代がギョッとして振り向く。
「俺だ。ケガははないか?」
「俺たちは大丈夫だ。でもゴロウさんが」
「ゴロウの奴、大事な客をほっぽらかしにしやがって…」
「うしろからいっぱい来でるんです。ゴロウさん、無事でしょうか?」神代は涙ぐんでいる。
「大丈夫。俺たちはトッケイだ。報酬をもらうまでは死なないことになってる」クガは優しく微笑みながらそう言った。
客車後部は乱戦になっていた。
ミドリの金属バットが唸りを上げて、ペドロの兵隊の鉄兜にめり込んだ。
兵隊は力なく仰向けに倒れる。
「ふふふ、今宵の虎徹は血に飢えておる…。」ミドリは金属バットを舐めて妖しい目で呟く。
ゴロウはミドリと背中合わせになった。
「いいのかよ、教師が子供に暴力なんかふるってよ!」
「元教師よ。これはしつけ。教育なんだから」
「さすが生徒とタイマン張ってクビになっただけのことはあるな!」
兵隊の一人がサバイバルナイフをゴロウに突き出した。
その兵隊は自分の体の一部でナイフの軌道を隠すように使う。
ゴロウはその一撃を辛うじて匕首で受ける。
こいつはやっかいだ…、ゴロウは気を引き締めた。
兵隊はすぐさまナイフを引っ込め、その両手を自分の背中に回し、ゴロウと正対してニヤリと笑う。
「こンのガキゃ!」
ゴロウが匕首を素早く振り下ろすが、兵隊はバックステップでそれをかわすと今度は左手でナイフを逆手に握り、ボクシングのフックのような軌道でゴロウの脇腹を狙った。
「やばい!」
ゴロウがそう思った瞬間、しかし兵隊は前のめりにゆっくりと倒れて床を這っていた。
ゴロウの右脇から、長く伸びた金属バットがゆっくり引っ込む。
「カウンターのボディブロー。効くわよね」
ゴロウは思わず長い息を吐いた。
「助かったぜ。命拾いした」
「いいってことよ♡」そう言ってミドリはゴロウに軽くキスした。
次回第3話「神代も聞かず竜田川」~ミドリ指導する~に続く
今週も読んでいただき、ありがとうございました。
まあいつものことなんですけど、今日もギリギリでした。
最近若干分量が減り気味ですが、内容は充実している、と根拠なく自惚れております。
なお、毎度のことながらメカ、スペイン語、ロシア語、本当にいい加減に書いてます。
間違いがありましたら、ビシビシご指摘ください。
次回は5月19日(土)午後10時に更新予定です。
第3話もいよいよ佳境。ご期待ください!




