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第3話「神代も聞かず竜田川」~ミドリ爆走する~

横綱竜田川と大関白露山の明治神宮奉納相撲。

タニマチのヤクザに八百長を強要された竜田川は、恋人の神代と共に東京を脱出することに決め、その護衛をトッケイに依頼する。

八百長を蹴って取組に勝利した竜田川はその場から神代を連れて逃走、武装したマルコとクガの護衛に、白露山も助太刀してヤクザたちとの乱戦が始まる。

そこへ救出に車で駆けつけたのは何とミドリだった。


「ミドリさん、どすて?!」

 神代は竜田川に抱えられたまま驚いて大きな声を出した。

「話はあと!早く乗って!」

 竜田川は後席から乗り込み、神代を真ん中に座らせ、白露山を手招きした。白露山は手で股間を隠しながら乗り込む。

「あんたたちは後ろ!」

 マルコとクガはスペアタイヤがセットされたバックドアを開き、ラゲッジスペースに転がり込む。

「みんな乗った?行くよ!」

 ミドリがハンドルを力強く回すとハマーはタイヤを軋ませ、参道の小砂利を巻き上げながらUターンし、6リッターV8エンジンの咆哮を響かせて参道を元に戻り始めた。

 南門から追ってきたヤクザたちは、ハマーが今度は自分たちに向かって突進してくるのに驚き慌て、逃げ惑った。

 とっさに横っ飛びに避けるものもあるが、何人かはたちまちポンポンとハマーの巨体に跳ね上げられた。

「ハハハハ!ヤクザがゴミのよーだわ!」ミドリはご機嫌だ。

 黒服のヤクザたちはまるで黒い海が二つに分かれるようにハマーに道を空けた。

「モーゼみたいだ…」

 呆然と呟いたマルコは、ゴロウが右側の助手席で小さくなっているのに気付く。

「ゴロウさん、何やってんの?何でミドリさんが?」マルコが訊ねる。

「だってこのバカ、横綱乗せて逃げるのにジムニーで出かけようとするのよ?」

「ちゃんと走るってばよ!」

 ふてくされて言い訳をするゴロウにミドリがぴしゃりと言った。

「大関も乗っけて?たった70馬力で?ポニーが象を乗っけて走れんの?だからあたしの愛車をスクランブル発進させたってわけ!」

「で、どこへ?」クガが怒鳴る。

「上野!」

 そう怒鳴り返してミドリはギアを5速に入れ、アクセルを踏みこむ。

 ハマーは暴風のように大鳥居を走り抜け、表参道に躍り出た。

 途端に弾丸が飛んでくる。

 横綱逃走の報告がもう公道を警護する陳の配下に届いているらしい

 黒塗りのベンツも現れてハマーを追走し始める。しかもベンツの数は次第に増えてきた。

「イヤなのが出てきたなー」ミドリが呟く。

 それが合図のように、ゴロウがサンルーフから身を乗り出してイングラムM10短機関銃を連射して応戦し始めた。

「頭を低く!」クガが後席に座っている竜田川たちに叫んだ。



 拝殿前では別の騒ぎが起こっていた。

 絶対に負けるはずの竜田川が勝った上に、その場から逃走した。

 親分衆の中には、陳に詰め寄る者もあり、警備のヤクザたちも各組に分かれて小競り合いが始まっていた。

 ティゲリバは、その様子を楽しそうに眺めながらひとり言を呟いた。

「大同団結が笑わせるぜ。これが日本人の実情って奴だ」

 門の外では、「クミチョー」が太った体を揺すりながらスペイン語で電話に熱弁をふるっている。

「すぐに兵隊動かせるのはウチだけだ。陳大人に取り入るチャンスだぞ!」

 ティゲリバはその横を悠然と歩きながら竜田川の賭け札を懐から出してニンマリと眺めた。

 トッケイの高藤大陸、面白いじゃないか。



 ハマーは表参道を左折して青山通りに入った。

 ベンツがスピードにものを言わせてハマーの前に出ようとするが、ミドリはそれを許さない。

 タイミングを計ってハマーの巨体をベンツにぶつけると、たまらずベンツは舗道に乗り上げ、街路樹の切り株にぶつかった。

「どつき合いなら負けないわよ!」

 と、サンルーフから応戦していたゴロウが体を引っ込めてシートに身を沈める。

「どしたの?」とミドリ。

「弾がなくなっちまった」

 ゴロウはタバコを咥えて火をつけ、頭の後ろで手を組む。

M10(こいつ)は連射速度が速いんだ。お前、引き金を引きすぎなんだよ」とクガ。

「だって全然当たんねえし」

 クガは呆れた表情でマルコにH&Kを渡して言った。

「もういい、お前マルコと代われ!」

 竜田川が神代を抱き上げて膝の上に乗せ、その空いた座席伝いにゴロウがラゲッジスペースへ行くと、入れ違いにマルコが身軽に後席をまたいで助手席に移った。

 ミドリがマルコを見て微笑む。

「ケガしてない?」

「大丈夫です」

 マルコはサンルーフから身を乗り出してH&Kを短く連射する。

 弾丸は吸い込まれるようにまとめてベンツのフロントグリルに命中し、エンジンが火を吹いてベンツは後退した。

「やっぱドイツ車にはドイツの銃ってことじゃん?」それを見たゴロウがケロリとしてクガに言う。

「腕の違いだバカヤロ!おめえは横綱の弾よけにでもなってろ!」

「ひどいねえ」

 そう言いつつゴロウは皮ジャンを脱いで後席の白露山に投げた。

「レディの前でいつまでもモロ出しにしとくのもどうかと思うぜ」

「あ、ありがとう。」白露山は恥じらいながら股間にゴロウの革ジャンをかけた。

「あーあ、俺の一張羅(いっちょうら)が…」



「クミチョー」からの連絡で、ペドロは竜田川たちが青山通りを皇居方面へ向かっていること、そしてそれをトッケイが援護していることを知った。

 ペドロは抜け目なく、竜田川がどうやって東京から逃れるかを考えていた。

「皇居か…」

「テンノーんとこへ逃げるんだよ」と一番三下(さんした)の日本人、まだ幼いリクが言う。

「んなわけねーだろ!」

「だって、テンノーはスモー()きだよ」

「どこで聞いたんだ?」

「日本人ならジョーシキだよ。テンノーはスモーが好きなの。ずーっとそう決まってんの」

 なるほど、今の東京から本気で逃げるならそういう手もありだ。しかし…、ペドロは考える。どのみち皇居に逃げ込まれたらどうしようもない。もしそれ以外の方法で逃げるとしたら…。

 ペドロは携帯の地図をせわしなく操作しながら考える。

 東京を脱出するのに最適な方法…。



 青山通りから内堀通りに左折したハマーは相変わらず数台のベンツに追い回されていた。

「マルコ、あいつらを前に出さないで」

「わかりました」

 一台のベンツがスピードを上げて近づいてくる。

 ヤクザは窓から手を出して拳銃を乱射する。

 しかしマルコはそれを全く恐れず、十分にベンツを引き付け、息をそっと吐きながら引き金をほんの少しだけ絞った。再び全弾吸い込まれるようにフロントグリルに命中。今度は火こそ吹かなかったが、ベンツは明らかに失速してズルズルと後退していった。

 今度は2台のベンツが二手に分かれて、近づいてきた。

 その1台のフロントガラスにマルコが連射を浴びせるが、少しヒビが入った程度だった。

「クソッ、防弾ガラスか」

 マルコはスペイン語でそう呟いて今度は少し長めに引き金を絞る。

 H&Kの銃口から吐き出された弾丸は殆どがフロントガラスのヒビに命中し、ガラスは粉々に砕けた。

 その隙に、もう1台がハマーの横に入り込む。

 ミドリはハンドルを思いっ切り左に切った。

 ガリガリという音を立てながらベンツを舗道に乗り上げ、商店のシャッターに突っ込んで止まった。

 クガはマルコの射撃の精度に舌を巻いていた。

 短機関銃はそもそも射撃精度があまりよくない。そして銃にはそれぞれ「クセ」がある。加えてこの悪路を車上から。

 それをいとも簡単に。こいつは化け物か…。

 マルコの射撃の正確さに恐れをなしたか、ベンツは次第に距離を取るようになった。


「とりあえず上野まで一息つけそうだな」

 そう言いながらゴロウが呑気に口からタバコの煙を吐いた。

 ミドリは後ろを振り向いて言った。

「ごめんね、神代ちゃん。怖かった?」

「んだことねっす。こんだけ強ぇ人だちに守られて、大船(おおぶね)に乗った気分です」

 神代は気丈にそう言ってニコリと笑った。

「そういや白露、お前左腕は大丈夫か?」竜田川が思い出したように訊く。

「あ、忘れてました」

「痛くないのか?」

「痛いっす」白露山は平然と答える。

「悪かったな。だけどお前、極められたら素直に転んどくもんだぜ。あそこで粘るからこういうことになるんだ」

「いやー、負けたくなかったんで」

 白露山は少し照れ笑いしながら、右手で左手首を掴み、反対側に曲がった肘を少し捻りながら一息で元に戻す。

 ゴグッ!くぐもった音が車内に響いた。

「Больно(いてッ)!」

「ひっ!」思わず神代が悲鳴を上げる。

「ほら、もう大丈夫ですよ」白露山はニコニコしながら左腕を曲げ伸ばしして見せた。

 竜田川は呆れて言った。

「お前、すごいな…」


 マルコはサンルーフから体を引っ込め、空になったH&Kの弾倉を引き抜いてクガに渡した。クガが新しい弾倉を手渡す。

 ハマーは白山通りに入った。

 左手にしぼんだ東京ドームと廃墟の遊園地を見ながらハマーは快調に進み、右折して春日通りに入る。

 マルコはバックミラーを見て、ときおりサンルーフから身を乗り出して威嚇射撃する。

 そのせいで追撃のベンツはなかなかハマーとの距離を詰めることができなくなっていた。

「で?上野に何があるんだ?」クガがミドリに訊く。

「何があるの?」ミドリがゴロウに訊く。

「知らね」ゴロウが答える。

「知らないってお前…」

「社長が、行きゃあわかるって」


 ハマーは不忍通りを抜けて上野のガード下を抜け、上野駅前に出た。

 突然現れたハマーの巨体に、駅前をたむろする中国人の白タク屋たちが驚きの目を向ける。ハマーはそのまま高架沿いの狭い道に入った。

「このままでいいの?」とミドリがゴロウに訊く。

「ああ、社長の指示じゃここをもうちょい先だ」

 高架沿いの道は崩れたビルの瓦礫で埋もれていた。

「ラッキー!」

 ミドリは少しスピードを落とし、ハマーを瓦礫の山に乗り入れる。

「喋んないでね。舌噛むから!」

 ハマーはその登坂能力と悪路走破性をいかんなく発揮し、瓦礫の山をかなりのスピードで進む。

 車内はガクンガクンと激しく揺れる。

 神代は竜田川に必死でしがみついていた。

 ヤクザたちのベンツは瓦礫に道を阻まれ、遠回りを余儀なくされる。


 悪路を抜け、線路沿いに少し走ると、目印に赤いコーンが置いてある。

「あれだ!」

 ゴロウの声で、ミドリがハマーをコーンのところで停める。

「横綱たちはまだ中に。マルコも残れ!」

 クガがそう言い残し、ゴロウと共に車外に飛び出した。

 ゴロウが焦りながら周囲を見回す。

「行きゃあわかるって…、いったい何が…」

「おい…、もしかしてあれか?」

 フェンスの向こう側、ちょうど常磐線の線路上に、黒く巨大な生き物のような機械が、白い煙をたなびかせながら静かに停まっていた。

「蒸気機関車?!」

 ゴロウが素っ頓狂な声を上げる。

 クガがフェンスの一部が人が通れるように四角く切り取られているのを発見する。

「あそこだ!」

 クガの手招きでマルコを先頭に竜田川たちが車外に飛び出した。


       次回第3話「神代も聞かず竜田川」~ゴロウ匕首ドスを抜く~に続く

今週も読んで下さり、ありがとうございました。

少し分量少なめになってしまいました。申し訳ありません。

さて、いよいよ第3話も佳境に入ってきました。

ここからどんどん面白くなっていくよう、頑張りますので、よろしくお願いいたします。

なお、次回は5月12日(土)午後10時に更新予定です。

どうか、お楽しみに!

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