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第3話「神代も聞かず竜田川」~雨~

マルコはペドロと新宿の地下食堂で久々に話す。しかし、流浪の末、心も身体もすさみ果てたペドロはマルコをいたずらに敵視し、ふたりは決別する。

一方、ペドロの命令でティゲリバの発電施設を監視していたミゲルがティゲリバの配下に捕らえられる。


 雨は激しさを増し、降り続いていた。

 ペドロはなかば朦朧としながら雨中をバイクで飛ばし、ようやく彼の率いるグループの根城にたどり着いた。

 ペドロたちは隅田川の向こう側の古い三階建てのビルを占拠していた。

 コンビニエンスストアだった一階がぶち抜かれてバイク置き場になっており、ペドロの弟分たちのバイクやその部品、オイル缶などが乱雑に置かれている。

 ペドロはその一角にライムグリーンの愛車カワサキKLX-80を停め、重い足取りで階段を二階へ向かった。

 雨にぐっしょりと濡れたジージャンが体に張り付き、肩にずっしりとのしかかってくるようだ。

 コンクリートの階段を滝のように流れ落ちる雨水に足を取られ、思わずよろけたペドロは手すりにしがみつき、一歩ずつ階段を上って行く。

 もうすぐ二階の踊り場に着く、その時ペドロは違和感を感じて立ち止まった。

 しばらく手すりにつかまったまま、荒く白い息を吐きながら、ペドロは朦朧とした意識を懸命に集中して違和感の正体を探る。

 しかし雨音が激しく、それ以外に何も聞こえない。

 そうだ…、それがおかしい。ペドロは違和感の正体にやっと気付いた。

 二階から全く音が聞えない。

 いつもなら陽気なラテン系のポップスと中で騒ぐ兄弟たちの声がドアの外までうるさく聞こえてくるのに、今日は静まり返っている。

 ペドロはとっさに尻のポケットを探るが、マルコと会うために出かけたので拳銃を持っていない。

 仕方ない、出たとこ勝負だ。

 ペドロはいきなりドアを開けた。

 普段用心してあれほどカギをかけろと言っていたのだが、ドアはあっけなく音をたてて開いた。

 ペドロはその瞬間、死を覚悟した。

 が、中から銃弾は飛んでこなかった。

 その代わり、弟分たちの驚きと怯えた視線がペドロに集まった。

 部屋は静かで、空気は冷え込んでいた。

「お前ら、カギをかけろってあれほど…」

 言いかけたペドロは床に置いてある段ボール箱に気付く。

「何だこりゃ?」

 ペドロは段ボール箱に近づく。

 一歩歩くたびに、雨水をたっぷりと溜め込んだショートブーツがガボガボと音をたてた。

 箱は濡れていて、床に小さな水溜りを作っている。そしてその水溜りには血が混ざっていた。

 ペドロがしゃがみ込んで箱のふたを開くと中には白い布に包まれた何かが入っている。

 そして布のあちこちが赤く染まり、まだらになっていた。

「どこにあった」

 ペドロの問いに弟分の一人が答える。

「そのドアの前に置いてありました」

 ペドロは肩を落としてため息をつく。

 そして箱の中から包みを取り出す。

 意外と重いその包みからは血がボトボトと滴り落ち、床に血だまりを作った。

 ペドロは包みを丁寧に床に置き、静かに布を解いた。

 中身はミゲルの首だった。

 目はくり抜かれ、口が半分開いている。

 口に何か詰め込まれているようだ。

 ペドロは無言で口に手を突っ込むと、中から血だらけの二つの眼球を取り出した。

 ヌルヌルとした眼球を床に置き、さらに口の中を探ると、更に口の中からは何か肉塊がズルリと現れた。

Testículos(キンタマ)」ペドロは吐き出すように呟く。

 更に口の中を探り、ペドロはその血に濡れた手で卵状のプラスティックケースを取り出した。

 じっと見て、カプセルを真ん中から二つに開く。

 中には小さな筒状に丸めた紙が入っていた。

 紙を広げる。

「復讐するは我にあり ンドゥギ」

 漢字混じりの達筆は、血を使って毛筆で書かれたものであることが()()ペドロにはわかる。

「あ~あ」

 ペドロは深くため息をついて立ち上がった。

「間違えてやがる。みんな間違えてやがる。バカが!自分が神にでもなったつもりかよ。」

 さっきまでの朦朧とした意識が吹き飛び、ペドロは自分の思考が今までになく明瞭に、冴えわたってくるのを感じていた。

 これだ。これしかない。しかし今じゃない。

 すると、ペドロのトゲのある後頭部が片側にカタリと開き、チタン製の頭蓋骨の一部であるハニカム構造の放熱口が現れた。内部に備えたファンが小さなモーター音をたてて回転し、ペドロの過熱した右脳/集積回路の塊を冷却し始める。

 ペドロはゆっくりと弟分たちに向き直り、落ち着いた声で言った。

「いいか、お前ら一度しか言わないからよーく聞いとけ。聞き間違えるとミゲルと同じ死に様が待ってるぞ。まず第一の命令、このことは誰にも言うな。ミゲルの居所を訊かれたらどっかに消えたって言っとけ。たとえクミチョーに訊かれてもだ。第二の命令、武器を集めろ。ただしなるべく目立たないやり方でだ。第三の命令、ンドゥギって奴の居所を探せ。ただしこれもこっそりとだ。もしンドゥギを見つけても自分だけで殺ろうとするな。必ず俺に知らせろ。わかったか?」

 いつもとはまるで違うペドロの様子に、ただならぬ気配を感じた弟分たちは、ただ黙ってうなづくしかなかった。

「ミゲルの仇は必ずとる!だが、すべては今度のスモーが終わってからだ。慌てて跳ねッ返るんじゃねえぞ!」

 そう言ってペドロは再び座り込み、ミゲルの首を持ち上げ、その空っぽの眼窩(がんか)に語りかけた。

「ミゲル、怖かったよなぁ…。痛かったよなぁ…。まだほんのガキんちょだってのによ。あんな仕事を任せた俺が悪かった、勘弁してくれ…」

 そう言うと、ミゲルの首をその口の中から取り出した二つの眼球、切り取られた睾丸と共に布に包み直し、再び丁寧に箱に納めた。

 ペドロは箱を抱えて少しふらつきながら出口へ向かった。

「俺は上で少し休む。クミチョー以外取り次ぐんじゃねえ」

 そう言い残してペドロはドアを閉めた。

 激しい雨音が聞える。

 残された弟分たちは空気が更に冷え込んだように感じた。



 東京特殊警備保障の社長室には、久々にトッケイのメンバーが全員顔を揃えていた。

 社長の高藤はいつものように両脇に屈強なボディガードを従えて椅子に座っている。

 ボディガードたちはいつもの格好、皮のタンクトップに皮の短パンだった。

 今日は雨が降ってけっこう冷え込む。

 この人たちは寒くないのかな、とマルコは疑問に思うが、二人のボディガードの表情はサングラスに隠れてわからない。

 高藤はひと通りゴロウの説明を聞き、しばらく考え、おもむろに口を開いた。

「竜田川が八百長をやらないってのは確かなの?」

 ゴロウが咥えタバコのまま器用に答える。

「確かです」

「ふむ…。そして陳は竜田川が絶対に負けることをあえて親分衆に流している、と」

「そうです」

「奉納相撲では胴元は必ず横綱の勝ちに賭けることになってる。すると陳は一人負け、そして胴元だから大損するわね」

「要するに、ここで親分衆に自分の権力と財力を見せつけるための大盤振る舞いでしょう」

「でもヨコズナは八百長しないんでしょ?」マルコが口を挟む。

「そう。そしてこの状況でもし竜田川が勝ったらどうなるかしら?」

「なんだっけ…、ヤクザが大事にしてるやつ。ベンツ?」

「メンツだ」とクガ。

「そうそう、メンツが丸つぶれってことだよね。」

 高藤がそのやりとりを楽しそうに眺めて、マルコに言う。

「そう、派手にご祝儀を配る予定が逆に親分衆から分捕ることになっちゃう。親分衆はどう思うかしら。だけどそれが真剣勝負だとしたら竜田川が必ず勝つとは限らないわよねえ?」

 マルコは先日の取組を思い出していた。

 そうだ、白露山は強い。真剣勝負で竜田川が負ければ、結局賭けは陳の思い通りになってしまうんだ…。

 高藤は机に頬杖をついて言った。

「要するにこの勝負、大横綱竜田川とライバル白露山の最後の取組を本当のギャンブルとして楽しめるのは私たちだけってことなんだわ。面白い!やりましょう!」

「社長、しかし問題は明治神宮から竜田川を逃がした後です」

 クガはまだ慎重だ。

「今、抜群に面白いアイデアが浮かんだのよ。東京のヤクザが思いもつかない方法。それと…うまくいけば竜田川が私たちに支払うギャラより稼げるかも」

「どういうアイデアですか?」

 クガはまだまだ慎重だ。

「んー、細かいところはもう少しこっちで詰めないとね」

「そうは言っても奉納相撲まであと五日しかないんですよ。」

「クガちゃん、まあ任せてちょうだい。絶対面白いから。だいたい戦場じゃいつ何が起きてもおかしくないんでしょ?」

 クガは嫌な予感がした。高藤が「面白い」と言う時、必ずトッケイにとって物事は悪い方に転がる。それでもまあこうして生き延びてきたわけだが。

「そういうことなら今回は私の出番ないね」

 ムダイはそう言って立ち上がり、スタスタと出口に歩きだした。

「老師!」マルコが戸惑いつつ呼び止める。

 ムダイは振り返って言った。

「今回のような荒事(あらごと)に、私は足手まといね。しかしマルコ、お前はおやりなさい。この仕事やり遂げればコルティナは自由の身に近づく。ただし、これは危険な仕事。それを十分に覚悟して臨むこと。いいね」

「要するに今回は体力勝負ってことよ。頼りにしてるぜ、若いの!」

 ゴロウがいつもの軽口をたたいた。


 トッケイの面々が帰った後、高藤は二人のボディガードに休憩を命じて一人になった。高藤はしばらく楽しげに何事か夢想し、弦本響子を呼んだ。

「あなたのお姉さんとの例のお話、来週の月曜あたりってことでどうかしら」

「急ですね。あんなに渋ってらしたのに。」

「んー、やっぱりあれは動かした方が面白いじゃない」

 オモチャは持ってるだけでは我慢できない。これだから男は…。内心そう思いながら響子は答える。

「姉は多分大丈夫です。しかし、売り物を傷つける可能性がありますね」

「心配ないわ。先方がほしいのは中身だけなんだから」

「わかりました。姉に連絡します」

「それとティゲリバについて調べて奉納相撲までに会えるように手配してちょうだい。最優先よ」

「わかりました」

 響子が下がると高藤は机の上に大きな足を乗せて椅子にもたれかかり、満足げに笑った。

「こんなに早くチャンスが飛び込んでくるとはね。ツイてるわ…」



 響子の段取りは早かった。

 それから二日後、高藤はティゲリバに会うため、リムジンで銀座へと向かっていた。

 リムジンの後部座席には高藤を真ん中に両脇をいつものボディガードが固め、向かい合った座席に響子が座り、ティゲリバについての調査報告を淡々と読み上げていた。

「ティゲリバことティゲル・イバ。本名伊庭景虎(いばかげとら)、日本人。元自衛官。最終的な階級は一佐。2020年、大震災前に中央アフリカ・ジュアバラカ第二次内戦にPKO派遣部隊として参加。戦闘中行方明」

「自衛隊発足以来、初の戦死者が出たのよね」

「そうです。伊庭一佐は現地司令官でしたから人質になっているのではないかという説もありましたが、すべては震災でうやむやとなってしまいました」

「続けて」

「その彼がアフリカ系難民のリーダーとして東京に現れるのは2023年頃です。彼はまず電気技術者を集め、都心の地下発電施設の再建や津波で壊滅した湾岸地区に中規模程度の太陽光発電所を作り、電気を供給し始めました」

「頭がいいわ。他のヤクザがマーケットだの賭場だのの縄張り争いに夢中になってる時にね」

「ティゲリバの組織の特徴は、あくまでも技術者集団を中核としている点にあります。暴力組織はあくまでも技術者集団と発電所を守るために存在し、そもそも暴力組織のみで成り立つ他のヤクザとは大きな違いです」

「あくまでも自衛のための軍隊ってわけね」

「その通りです。そしてティゲリバの暴力組織はその構成員がすべてアフリカ系難民であることがユニークです。噂によれば、ティゲリバは彼らを子供と呼び、彼らはティゲリバを父と呼んでいるとか」

「なるほど、家父長的権威ね。お父さんの言うことは絶対ってやつ?」

「ティゲリバとしての人物像はこの程度です。社長は自衛官伊庭景虎に興味がおありなんでしょ?」

「さすがねえ、弦本。私が死んでも夢はあなたが継いでくれそう」

「そんな恐ろしいこと言わないでください」

 響子は珍しく慌ててそう言い、咳払いをして話を続けた。

「伊庭景虎は卓越した戦術論、戦略論を持ち、元々自衛隊員や右翼団体、政治家を中心にカリスマ的な人気がありました。それは今でも続いており、特に現在東京に残存している部隊には彼の信奉者が今でも多いとか」

「そう…。フフフ、思った通りの人物ね。賭けるにはもってこいだわ」

「賭ける?」

 響子の問いには答えず、高藤は言った。

「それにしてもあなた、今回は短期間でよくここまでやってくれたわね。ありがとう」

「いえ。今のは公安からいただいた情報をそのまま喋っただけです」

「公安?!このご時勢に?」

「社長、ちゃんとお仕事してる公務員だっているんですよ」

 リムジンは目的地に着いた。

 高藤は響子に尋ねた。

「ねえ、弦本。カリスマってどういう人間だと思う」

「会えばわかりますよ。たぶん」

 響子は素っ気なく答えた。


        次回第3話「神代も聞かず竜田川」~マルコふんどしを担ぐ~に続く



今回は割とすんなり書けました。

次回あたりからようやく激しいアクションが展開される予定です(笑)。

しかし、そうなると色々と調べなくてはいけないことが出てくるわけですね。

さてどうなりますことやら…。

ここまで散々溜めてきたわけですから派手に弾けることができればいいなあと思います。

というわけで、次回は4月28日(土)午後10時に更新予定です。

乞う、ご期待下さい!


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