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第3話「神代も聞かず竜田川」~決別~

マルコは新宿地下街の居酒屋でかつての戦友ペドロと久しぶりに会う。

変わり果てた姿のペドロはマルコに語る。

 ペドロは両手で頭のトゲと光る刺青をそれぞれ指差して言った。

「そんとき貰ったのがこの素敵なファッションなわけ。だけど俺には択捉に知り合いもいないし、そんで北海道へ渡ってみたのよ。何しろ北海道は景気がいいって話だったからな」

「そうなんだ」

「お前何にも知らないのな。元々ロシアからガスのパイプラインが敷かれてたこともあるけど、独立してからの北海道はロシアからの投資もバンバン増えてすごい好景気なんだぜ。そんで俺は北海道へ行ってみたわけ。ところがおいしい仕事は全部ロシア人と日本人の組織が握ってて、俺みたいなのは雇ってすらもらえないわけ。で、流れ流れて東京に来たのさ」

 熊男はいつの間にかいなくなっていた。

 客もまばらな店は静かで、ペドロの一人語りだけが続く。

「俺もよ、今度は人生やりなおそう、額に汗して真面目に働こう、なんて殊勝な考えで東京まで来たんだぜ。東京の復興は遅れてて、人手が足りねえなんて聞いたからよ。ところがここも同じさ。いや、俺の経験した限りじゃ日本でここが一番ひどい。そもそも復興復興って言ってるけどその復興の仕事自体がねえんだ。人間だけはじゃんじゃん外国から集めといてさ」

 マルコは黙って聞いていた。

 ーペドロの口から「額に汗して」なんて言葉が出てくるとは、こいつは本当にペドロなのか?

「復興資金はどこへ行ったのか。それが政治家の懐に入ってるっていうから驚きじゃねえか。だから東京はいつまでたっても()()()なんだ。今日本政府は箱根にあんだろ?やつら本音じゃ東京なんてどうだっていいのさ。東京はヤクザに任せて箱根で温泉に浸かってのんびり金勘定だけしてるってわけ。結局どこも一緒なんだ、つまんねえ。セント・グレゴリオも日本も一緒。で、俺は仕方なく今の組織に入ったってわけ」

「そうか…」

 そこでペドロはコロナをグビリと一口飲んで言った。

「よー、マルコ。俺と組まねえか」

「組む?」

「だからよ、戦争やろうぜ。東京の日本人どもはヤクザも含めて大したことねえ。みんないつまで経っても昔のことを懐かしがってやがる。腑抜けばっかりだ。俺とお前が組みゃあよ、東京なんてすぐに落とせるぜ」

 マルコは唖然とした表情で言う。

「戦争だなんて…お前、正気か?」

「正気も正気、大正気よ。今東京には復興目的で集められた『ガイジン』が山ほどいる。そん中で不満持ってんのは差別されてる俺たち中南米系、それとアフリカ系のクソども。な?兵隊はいる。武器はロシアや半島経由でじゃんじゃん入ってくる。やろうぜ、戦争。東京で革命を起こすのさ」

 革命…。マルコは何か白々とした気分でペドロの話を聞いていた。

「ペドロ、僕たちの戦争はもう終わったんだよ」

「いいや、終わっちゃいねえ。東京へ来て初めてわかったんだ。俺の戦争はまだ終わっちゃいねえ」

 ペドロは熱に浮かされたように言った。その目は血走り、唇は乾いて白くなっている。

 マルコは(さと)すようにペドロに言う。

「ヤクザや警察はともかく、東京にも自衛隊がいるだろ?東京の自衛隊は精鋭だって聞いたよ?」

「精鋭?人も殺したことがない奴らがか?奴らは俺たちと違って本当の戦争ってのを知らねえ。()れば俺たちが勝つ。それに…」

 マルコは熱を帯びたペドロの言葉を遮って言った。

「ペドロ。僕はもう戦争はごめんだ!」

 マルコの思いがけず強い調子にペドロの言葉は宙をさまよう。

「え?なんだって?」

「戦争はもう嫌だ」

 ペドロは深くため息をついてうつむいた。

「…マルコ、お前まですっかり腑抜けになっちまったのか」

 熱弁を遮られたペドロもまた、白けた表情で一口ビールを飲んだ。

「言っとくけど自分の両親を殺したのはお前だけじゃねえぞ。俺だってそうだ」

「知ってるよ、お前が昔僕に言ったんじゃないか」

「マルコ」

 もう一口、ビールを飲んだペドロは急に唇を歪めて笑いながらゆっくりとこう言った。

「ホントの事を言うと俺とお前じゃ、ちょっと事情が違う」

「事情?どういうことだよ」

「お前は両親を()()()()()()、もう故郷に帰れないようにな。そうだろ?だけど俺は進んで自分から()()()んだ」

「何だって?」

「俺の親父はよ、姉貴を犯して自分の女にしやがった。あのクソ野郎は自分の娘と毎晩ヤってたんだ。姉貴はいつも泣いてたぜ」

 マルコはペドロの突然の告白に息を呑んだ。

「しかもそれをおふくろは黙って見てるどころかよ。オヤジが怖えもんだから、オヤジのベッドに入るように進んで姉貴に命令するんだぜ。だからよ、家に赤軍のゲリラがやって来て、俺にクソ親どもを殺せって命じた時にはよ、ハレルヤ!神様ってやっぱりいるんだな、って気分だったぜ」

 ペドロの口調は再び熱っぽくなり、早口となり、狂気を帯びてきた。

「ペドロ…」

「マルコ、そういやお前トッケイなんだってな」

 陰険な表情で急に話の方向を変えたペドロにマルコは虚を突かれた。

「そうだよ。それがどうかしたのか?」

「警備員。要するに警察代行だろ?権力の飼い犬じゃねえか」

 ペドロはまたしてもらしくない言葉を使い、マルコは面食らう。

「な、なんだよ。じゃあお前は野良犬だな?」

「そうとも。誰にだって嚙みついてやるぜ」

 ペドロはますます怪しい目つきで、マルコを睨み据えて言う。

「そういやお前、こないだ会った時、いい女を連れてたな」

 マルコはようやくペドロの変調に気付き始めた。

「ありゃいい女だった」

「女って…、コルティナのこと?」

「コルティナっていうのか?お前の女は」

「僕の?違うよ!コルティナは…、コルティナはそんなんじゃないよ!」

 マルコは思わず大きな声出す。

「じゃあどんなんだよ。なあ、恥ずかしがらずに言えよ。もうヤッたんだろ?」

「ヤッ…、ペドロ!!」

 マルコは赤くなって立ち上がった。

「マルコ、あの頃はよ、なんだって分け合ったじゃねえか。なあ。俺にもやらせろよ」

 カッとなったマルコがポケットのナイフを探ったその時、カウンターにズンと巨大な牛刀が刺さった。

 カウンターの中にはいつの間にか熊男が憤怒の表情で立っていた。

「いい加減にしろ、このクソガキども!ガキのくせに昼間から酔っぱらって胸クソ悪い話ばっかりしやがって」

 熊男が怒鳴るが、ペドロは一向に意に介さない様子で、目を真っ赤にしてしゃべり続ける。

「ハッ!わかってるよ、マルコ。お前はな、要するに臆病な猫だ」

「なんだと!」

「魚は食いたい。だけど水に濡れるのが怖いんだろ?」

「やめろってんだ!」

 再び熊男が怒鳴る。

 ペドロは突然ガタンと椅子からすべり落ちた。店の床に座り込んだペドロは白目を剥いて口から泡を吹いていた。

 それを見た熊男は素早くカウンターを飛び越えてペドロを抱き起こし、肩に担いで店から連れ出した。



 マルコは熊男の後に付いて店を出た。熊男は地下街の階段を上り、地上に出た。マルコが地下街に入った時とはうって変わり、地上はどんよりと曇って今にも雨が降り出しそうだった。

 熊男はペドロを路地裏に連れていき、ビールのケースの上にペドロを座らせるとそのジージャンを脱がせ、下に着ているTシャツの裾をたくし上げて背中を出させた。

 折檻や拷問、実戦や訓練で傷だらけの背中はマルコと似たり寄ったりだが、ただひとつ、その背骨から突き出した小さな人工物がメタリックな輝きを放っているのが異様だった。

 その人工物は機械の部品、形は強いて言えばバイクの給油口に似ていた。

 遠くで雷が鳴っている。

 熊男はペドロのジージャンのポケットを探って真っ白いカプセル状の薬を取り出し、ペドロの「給油口」の口を開き、そこに薬を押し込む。それからTシャツの裾を戻し、ジージャンを肩に羽織らせた。

 マルコはそれを呆然と見ながら、熊男に訊く。

「おじさん、それは…」

 熊男は自分もビールのケースを引っ張り出してその上に座り、答えた。

Dee(ディー)。合成麻薬だ」

「どうして…」

 熊男はビール瓶のケースをもう一つ出してマルコにすすめる。マルコは素直に従った。

「もう他のどんな痛み止めも効かねえ。こいつ、もうそんなに長くないんだ」

 マルコは衝撃を受けた。

「そんな!」

「こいつ、択捉で手術されたって言ってたろ?」

 マルコはうなづいた。

「そん時、こいつはいろんな人工臓器の実験体にされた。その中のいくつかはうまくいったみたいだが、ほとんどは失敗した。こいつの肉体(からだ)は人工臓器の拒絶反応でいつも激しい痛みに晒されてるんだ」

 マルコは言葉もなくペドロの萎れたヤマアラシのトゲを見ていた。


「おじさんはなんでペドロと?」

「おじさんって言うなよ。こう見えてもまだ25なんだぜ」

 熊男は白い歯を見せて笑った。

「俺の名はメヒアってんだ。こいつひどい雨の日に俺んちの前でぶっ倒れてた事があってさ。そんとき以来な」

 と、ペドロががっくり垂れていた頭を少し起こした。

「おっちゃん、あんましくだらねえことをこいつに喋らないでくれ」

「お、さっそく薬が効いたな。」

 ペドロはメヒアに構わず、唐突にマルコに言う。

「マルコ、俺たちの手は汚れてる。そうだろ?」

「な、なんだよ、急に…」

「そうさ、俺たちの手は汚れてる。俺たちは他人(ひと)の未来をいっぱい奪った。『革命』とかいう大義のために。そんでもって今もこうしてのうのうと生きてんだよ。ハハハ、罪深いだろ?神様を信じてるような間抜け野郎が俺たちのやったことを知ったらぶっ倒れてショック死するっつーの!」

「ペドロ…」

 痛ましい表情で何か言いかけたメヒアを遮り、ペドロは肩で息をしながらなおもマルコに言いつのる。

「マルコ、お前はそんな汚れた手でそのコルティナって娘を抱けんのか?」

「ペドロ、僕は…」

 マルコはペドロに反論できない。

 ペドロは鋭いまなざしでそんなマルコをしばらく見上げ、やがて苦しそうに息を吐きながらこう言った。

「マルコ、お前とはもう会わねえ。お前はあっち側の人間だ。要するに敵なんだ。次に会った時は…容赦しねえ」

 ポツポツと雨が降ってきた。

「お別れだ、もう帰れ。二度と俺の前に面ァ見せるな」

 ペドロは鋭いまなざしでマルコを見上げ、苦しそうにそう言った。

 マルコも険しい目でペドロを見つめて言った。

「わかったよ、ペドロ。じゃあな」

 マルコはペドロにくるりと背を向けて薄暗い路地裏から地下街へ消えた。

 メヒアも黙って立ち上がり、首を横に振りながら店に戻っていった。

 もう一度遠雷が轟く。

 ペドロの残された左目からひとすじ、涙が流れた。


             次回第3話「神代も聞かず竜田川」~雨~に続く

今週も読んでいただき、ありがとうございました。

今回は一幕一場の舞台の感じで書いてみました。

なお、私のミスでまたしても未完成の原稿が予定よりも早く掲載されてしまいました。

4月14日(土)午後10時に掲載されているものが正式版となります。

運良く(?)未完成版を読んでしまった方、物語の大筋は変わっていませんが、細かい言い回しやルビ、傍点の追加、または削除がかなりあります。

どうしてそう変えたのか、推理すると私という人間がわかるかもしれません。なんつって(笑)。

ですからできれば正式版の方も読んでやって下さい。


ところで、私事ですが今回を書いている最中にで父が亡くなりました。

享年81。

まだ滅菌室に入院していて話ができた頃、こういうことをしている、と話したらかなり興味をもってくれたようで、その後で父と話したカミさん(滅菌室ではひとりづつしか面会できない)には、どういう物語なのか聞いたそうです。

父は自動車のエンジニアでいわゆる「ロータリーエンジン四十七士」の一人でした。

そのせいか基本的にフィクションに興味がなく、あまり小説も読まない堅物だったので、意外でした。

しかし、体調がよくなったら読んでもらってもいいかな、なんて考えているうちに亡くなってしまいました。

残念です。

しかし、それでも物語は続きます。

「Show Must Go on」です。

次回「神代も知らず竜田川」⑩は4月21日(土)午後10時に更新予定です。

お楽しみに!



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