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第3話「神代も聞かず竜田川」~マルコ再会する~

マルコとコルティナはゴロウに連れられて初めての相撲見物に出かける。

しかし、横綱竜田川対大関白露山の結びの一番を前にして、場内に武装したギャングたちが乱入する。

その時、ギャングたちに竜田川の秘技「鳴き竜」が炸裂し…。


 コルティナの耳を押さえながら、マルコは悶絶した。

 土俵上では竜田川が再び腕を大きく開いていた。

 マルコは吐き気をこらえながらやっとのことでコルティナに告げる。

「み、耳、耳押さえて!」

 コルティナが慌てて耳を押さえる。

 パアアアァァン‼

 今度はさっきより更に大きな柏手(かしわで)が鳴った。

 続いて鋭い共鳴音が場内に広がる。

 今度はマルコも自分の耳をしっかりと押さえながら後ろを見ると、凄まじい音圧に三半規管を直撃されたギャングたちは全員床にぶっ倒れ、のたうち回り、中には無様に嘔吐している者もいる。

 観客はというと、みな常連ばかりでしごく当然の表情で耳を押さえ、ギャングたちの様子をニヤニヤしながら眺めている。


 その時、後ろの扉が音をたてて大きく開き、おそろしく太ったギャングが現れてスペイン語で怒鳴った。

「バカヤロー!誰が銃なんか持ってこいって言ったよ!てめえら何もかもぶち壊しにするつもりか!このトンチキ!」

 男の後ろからギャングたちが数名入って、床に転がっている仲間をあたふたと会場から引っ張り出していった。

 観客たちはその様子に拍手を送る。

 そしてマルコは忌まわしい記憶を一旦忘れた。


 土俵上の竜田川は、支配人に身振りでマイクを要求した。支配人が素早く土俵に駆け上がって、マイクを差し出す。

 竜田川はマイクをトントンと叩いて音が出ていることを確認してからしゃべり始めた。

 その声は穏やかでいて張りがあり、艶があった。

「えー、観客の皆さま。先ほどは思いがけない飛び入りがありまして…」

 観客席からドッと笑いが起きる。

「鳴き竜!」

「最高だったぞ!」

「ありがとうございます。本来隠し芸は隠し持っているから隠し芸なわけですが。ここ最近はどうも…。お恥ずかしい限りです」

 竜田川はそう言って頭を下げた。

 観客席は拍手に包まれた。

 ここで竜田川は急に厳しい表情になり、大きな声で言った。

「中断しましたが、勝負はこれからです。皆さん、私も白露山も力の限り土俵を務めさせていただきますので、どうか最後までお楽しみになってください!」

 

 歓声、拍手が沸き上がる中、賭け屋が客席を廻り始める。

 賭け屋と客は独自のジェスチャーと隠語を使ってやり取りしており、マルコには意味が分からない。

 土俵に目を移すと、竜田川、白露山共に四股を踏み、気合を入れている。特に白露山は真っ白い肌を朱に染め、体からは湯気が立ち昇っていた。

 ゴロウのそばにも賭け屋がやってきた。

 どうやらゴロウも一口乗ったようだ。

 ゴロウは賭け屋に1万円札を三枚ほど渡して、黄色いプラスチックの札一枚と引き換えた。

 マルコがゴロウに耳打ちする。

「ヨコズナに賭けたんでしょ?」

 するとゴロウは少し気まずそうに言った。

「あー、それはだな…。竜田川は80連勝中で絶好調なんだな」

「えー?ゴロウさんはまさかあのロシア人が勝てばいいと思ってるの?」

「だってよ、竜田川が勝っても全然儲かんないだろ?ここにいる奴らだって殆どが白露山に賭けてんだぜ。」

「そうかもしれないけどさ。ゴロウさんはヨコズナの友達なんでしょ?」

「それとこれとは別なの」

 確かに…、とマルコは考える。

 賭けはともかく、万が一にも白露山が勝つことはなさそうだ。

 マルコの、幼くしてして数多くの修羅場をくぐってきた戦士としての勘がそう告げていた。


 コルティナは完全に自分の世界に入っていた。彼女の瞳は好奇心と期待感にキラキラと輝いて、土俵上で塩を撒く竜田川と白露山を交互に見つめていた。


 やがて賭け屋が一通り客席を廻り終えるのを待って、行司に扮した支配人が体を斜めに構え、軍配を掲げる。

 竜田川は仕切り線にピタリと両手を置き、それきり動かなくなった。

 完全に相手の立ち合いのタイミングで勝負を受けるつもりだ。

 白露山も慌てず自分の間合いをはかり、竜田川にくるりと背中を見せて再び土俵の隅へ悠然と歩いて塩を掴み、撒く。

 その間、竜田川は仕切り線に両手をついたまま、じっと動かない。

 まるで白露山がすでに目の前にいるかのように虚空を鋭くにらみつけている。


「時間一杯です!」

 行司がそう告げて白露山をうながす。

 白露山は仕切り線からやや後ろに拳をついたと思うと、すぐさまもう一方の拳をつけ、立った。

 両者は互いに激しく頭からぶつかった。

「ゴッ!」

 重く、鈍い音が会場に響く。

 コルティナは思わず目を覆ってしまう。

 立会いを制したのは意外にも白露山だった。

 マルコは白露山の巨体に似合わぬスピードに驚いた。

 竜田川が頭を少しのけぞらせ、顎が上がったところに白露山がまるでアッパーカットのように下から上へ突き上げる。

 ー掌打(しょうだ)だ!

 マルコはその突きを見て、カジローに教わった古武術を思い出した。

 カジローは武士の戦いは武器だけではない、と言った。

 刀も槍も尽きた時、武士はどう戦うか。

 徒手(としゅ)

 今まさにマルコの眼前で繰り広げられている戦い。

 ーカジローの言葉は本当だったんだ!

 マルコは身震いがして、体中の血が一気に沸騰するような興奮を覚えた。

 白露山の下からの突き上げをくらい、竜田川の膝がガクッと落ちた。

 そこへ畳みかけるように白露山の突きと張り手が飛んでくる。

 竜田川が棒立ちになったところに、白露山は素早く体を寄せ、竜田川の胸に頭をつけて廻しに指をねじこむみ、そのまま一気に寄る。


 客席は奇妙な静けさに包まれていた。

 白露山が勝てば大金が懐に転がり込む。

 しかし、誰もが竜田川の勝利を信じてここに来ている。

 その矛盾した思い、葛藤が客席を支配していた。

 俺たちの竜田川が負けるわけがない。しかし、もし負けた時には…。


 白露山に寄られ、竜田川はズルズルと土俵際に追い詰められた。

 竜田川の腰は伸び切って、もはや白露山の勝ちは確実と思われた。

 だが、竜田川の両足の指が土俵にかかった時、白露山の前進は止まった。

 そこから白露山は寄り切ろうと何度も腰を入れるが、竜田川はびくともしない。

 次第に白露山の息が荒くなってくる。

 すると、今度は竜田川がつま先立ったままじわじわと押し返し始めた。

 観客は取り組みが始まってからここで初めて、目が覚めたように歓声を上げた。

 竜田川は今や盤石の体勢で腰を落とし、上手で白露山の廻しをがっちりと掴むと一気に前へ出た。

 白露山にはもうそれに抗う体力は残されていない。

 白露山が気力だけで踏ん張った足は、土俵上に二本の線を残しながらズルズルと力なく後退し、そのまま土俵を割った。


「竜田川!」

 行司が勝ち名乗りを上げると観客は立ち上がって拍手を送った。そして声援は言葉にならない獣のような雄叫びとなって、暗い地下の闘技場に渦を巻く。

 そこには、取り組み前の空気とはうって変わって、人々の生きる歓びと熱気が充満していた。

 マルコの血はグラグラと騒いだ。

 コルティナはポロポロと涙を流している。

 ゴロウは情けない顔で、しばらく手の中の汗にまみれたプラスチック札を見つめていたが、やがて顔を上げて叫んだ。

「よっ!竜田川!日本一‼」

 竜田川は、膝に手をついて肩で息をしている白露山の背中に軽く手をやり、ゴロウの声に笑って手を挙げた。



 地下相撲には最後の弓取り式も何もない。

 取り組みが終われば両力士はそれぞれの花道を歩いて去り、烏帽子を脱いだ行司は支配人に戻って客に挨拶をする。

 それで終わりだ。

 何か取り残されたようにぼんやりと座っているマルコとコルティナにゴロウが声を掛ける。

「おい、何やってんだ。支度部屋行くぞ」

「シタクベヤ?」

「なんだお前ら、竜田川に会いたくねえのか?」


 大方の客は帰ってしまい、ロビーは閑散としていた。

 今度は作業服に着替えた支配人がバケツとモップを持って現れた。

「あんた、掃除もやんの?」

 ゴロウは呆れ、そして半ば感心して言った。

「そうですよ。ここはあたしの城ですからね。ところでさっきの取り組み、良かったですね~」

「うん。あの露助(ろすけ)、なかなかやるね」

「もうここんとこメキメキ強くなってきてまして。ま、いいタニマチも付いたみたいですし」

「ヤクザか?」

「まあね。それより竜田川ンとこ行くんでしょ。今事務所にガラの悪いのが来てるから気をつけてくださいな」

「さっきの奴らか」

「さいざんす。では、わたくし片づけがありますのでこれにて。坊ちゃん、嬢ちゃん、またいらしてね」

 支配人はそう言って足取り軽く去った。


 ロビーの突き当りにドアがあり、その先に細長い廊下が続いていた。そして廊下を突き当って右に折れ、階段を下ったところが力士の控室、支度部屋だ。

 ゴロウを先頭に、三人は切れかけた蛍光灯がチカチカと点滅している廊下を歩く。

 ゴロウは物珍しげに廊下の天井を見上げて言った。

「蛍光灯!今時こんなもンどこで手に入れるのかねえ」

 と、廊下の突き当りのドアが開き、さっきのギャングたちがぞろぞろと出てきた。

 皆一様に、不機嫌に押し黙っている。

 ゴロウは壁に背中をつけ、狭い廊下をギャングたちに道を空けた。

 マルコとコルティナもゴロウに倣った。


 先頭はいかにも向こう見ずな雰囲気の若いギャングだ。

 その風体も異様で、片目だけ埋め込み式のサングラス、唇にはいくつものピアスをしていた。

 何より奇天烈(きてれつ)なのはその髪型で、頭の半分は何か動物の長いトゲのようなものが密生してツンツンと立っており、残りの半分はつるつるに剃り上げてあった。

 肩に羽織った使い古されたジージャンには光学繊維の刺繍が施され、彼の肉体の静電気を拾って複雑なパターンのイルミネーションを浮かび上がらせていた。


 ギャングとマルコの視線が一瞬交錯する。

 人殺しの目だ、僕と同じ…。

 揉め事にならないようマルコは目を逸らすが、ギャングはじっとマルコの顔を見つめたまま二人の距離は接近した。

 そして接近するにつれ、ギャングの鋭い眼光が嬉しさと懐かしさの混じったものに変わっていった。

 ギャングはいきなりマルコに駆け寄り、その両肩を掴んで叫んだ。

「マルコ!おめえマルコじゃねえか⁈」

 ギャングの頭に生えたトゲが、その喜びに震えてこすれ合い、不気味な音をたてる。

 驚いたマルコは思わずギャングの顔を凝視した。

 誰だろう、わからない。

 しかしマルコの心は、ひどく懐かしい感情と思い出すことを拒否する強い感情に揺れていた。

 ギャングは剃り上げた方の頭を見せた。

 そこには皮下に発光生体素子が縫い込まれ、赤い星が文字通り光り輝いている。

 ギャングは笑いながら赤い星を指でトントンと叩いて言った。

Camarada(相棒)、忘れたなんて言わないでくれよ?」

 このバカげた刺青を忘れるわけがなかった。

「ペドロ!」

「マルコ!戦友!」

 マルコはペドロと思わず抱き合った。

「ペドロ、お前なんで日本に?」

「おめえこそ!」

 ギャングたちとゴロウ、コルティナはしばし茫然とふたりの再会を眺めていた。


       次回第3話「神代も聞かず竜田川」~マルコ酔っぱらう~へ続く

今週も読んでいただき、ありがとうございました。

なんか今回は相撲小説みたいになってしまいましたが(笑)、「トッケイ」はあくまでも近未来アクション小説ですのでお忘れなく。

といいつつ次回はマルコとコルティナが生まれて初めてちゃんこ鍋を食べる予定です。

なお、次回は3月10日(土)夜10時に更新予定です。

ご期待ください!



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