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夕虹の犠牲と始まりの海

海の上で疾走する少女たち。彼女たちはなぜ、そこに居るのか? そして戦闘が始まる。

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「防人少女MDGF」

 第一話「犠牲」

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 ここは山陰沖の日本海。重く立ち込めた暗雲の下を3人の少女たちが水上バイクで隊列を組んで疾走している。時おり弱い雨が降ったり止んだりしていた。


先頭を走る黒髪の少女が空を見上げて額に滲んだ汗を拭いながら呟いた。

「小雨か……うっとうしいね」


彼女たちは、それぞれ一人乗りの水上バイクに乗っていた。丸みを帯びたそのデザインは恐らく水の抵抗を減らすためだ。


先頭の彼女は振り返らずに誰かに話しかけるように言った。

「今日の敵は、ちょっと手強かったね」


「そうですね。敵も、だんだん強くなっているのでしょうか?」

彼女の少し後ろを走行していた長身の少女が半分、問い掛けるように応えた。


 その時、彼女たちの耳にジリジリとノイズが走った。直ぐに長身の少女が少し斜め後ろを遅れ気味に走行している、もう一人の少女を振り返って言った。

夕虹ゆうにじさん、大丈夫?」


声を掛けられた女の子は片腕をさすりながらボヤいた。

「大丈夫じゃ……ないみたいですッ」


彼女のバイクは健気に走り続けているが、あちこち傷んでいた。そして運転している夕虹自身、時おり腕を擦っている。


「無線機にダメージ……頭は大丈夫?」

問い掛けられた夕虹は、どこか痛みを堪えているらしい。


苦笑いのような表情で、それでもおどけた様子で応えた。

「大丈夫……へへっ、むしろ賢くなったかもね」


「冗談が出るなら大丈夫か」

先頭の少女が微笑みながらボソッと応える。


だが後続の長身の少女は不安そうに夕虹を見詰めた。

「夕虹さん……」


強がってはいるがバイクの振動が響くようで、高い波を乗り越えるたびに顔をしかめている。

「北浦さん、ちょっと速度を落としてください」


名前を呼ばれた先頭の少女はチラッとバックミラーを見て「はいよ」と軽く応え、速度を落とした。


 海上は相変わらずの曇天。徐々に暗くなるので夕方に近いことは分かる。全員が大きなライフルを背負っているが特に長身の子が持つライフルは三脚付きのマテリアルライフルだった。彼女はストラップを引き締めて背負い直すと夕虹に言った。

「夕虹さん、貴女のライフル私が持ちましょうか?」


「ううん……」

夕虹は頭を振った。


「まだ残ってる敵がいるでしょ? 丸腰は嫌だからさっ」


それを聞いた先頭の北浦が呼応する。

「ああ、油断は出来ないね」


「そうだよ」

夕虹はバイクの上で頷いた。


「ワタシは大丈夫だからマザー、急ごう。今もスピード落として貰って悪いから」

「……」

マザーと呼ばれた少女は黙って頷くばかりだった。


 基隊は三人で一つのクルーになっている。マザーと呼ばれた長身の子が隊長だ。彼女も改めて自分たちの後方に意識を集中させた。確かに彼女のレーダーでも敵の部隊を確認することが出来た。


「分かったわ、少し急ぎましょう」

まだ敵は射程外だが、このまま夕虹の速度が落ちると危ない。


彼女の心配をよそに夕虹は言う。

「今回は油断したよっ。ヤレヤレだなぁ」


彼女は長い茶髪の少女だったが負傷して髪の毛も一部、跳ねたりしている。その細い身体にも、いくつかのダメージを受けていた。痛みもあるのだろうが、それでもおどけて変顔をしてくれる彼女にマザーはホッとするのだった。


彼女は自分と並走する夕虹を見て思った。

『キラキラした雰囲気を持つ不思議な子……』


いわゆるムードメーカーと言うのだろう。誰からも好かれる子だ。


 彼女たちは『GF』(ガールファイター)と呼ばれる兵士だ。全て少女で海での戦闘に特化しているため「MDGF」(マリンディフェンダー・ガールファイター)と称される。武器を持って通称『イルカ』と呼ぶ水上バイクを駆使して戦うのだ。


 その先頭を走る北浦と、負傷した夕虹は共にD級と呼ばれる護衛専門の兵士だ。一方、指揮をする少女はB級と呼ばれD級よりも基本的な戦闘能力が高い。


 夕虹が誰とも無く話しかけるように言った。

「あぁあ、比婆ひばさんみたいなB級って良いな。ワタシもD級じゃなかったらなぁ」


この言葉を聞いたマザーこと比婆は少し寂しそうな表情をした。夕虹は何気なく呟いたのだろう。慌てて口を押さえる仕草をした。

「あっ、ごめんなさいっ! マザー」


比婆は微笑む。

「良いのよ。マザーだけど、まだ新人ですから」


 一瞬、気まずい雰囲気になった。それを打ち消すように夕虹は言った。

「えっとね、やっぱS級でも良いんだけど」


すると北浦が呟くように言う。

「Sってさ、アンタの標的じゃん?」


「……」

 ただ苦笑している夕虹。S級とはサブマリン、つまり潜水が出来る子だ。そして彼女はD級の中でも特にS級との戦闘に重点を置いた戦士ファイターだった。


 やり取りを聞きながら微笑んでいた比婆が呟く。

「このままマスターから撤退命令が出れば良いんですけど」


 そう言いながら彼女も少し落ち込んでいた。比婆はまだ練度が低い新人だった。最近、実戦に投入されたばかりなのだ。


北浦がボソッと呟く。

「うちのマスターは気まぐれだからねぇ」


 彼女たちは兵士で、相手となる「敵」もいる。しかし、これは本当の戦争ではない。薄々感づいているが彼女たちはパソコン等で操作されるネットゲームのキャラクターに過ぎない。そして世の多くのマスター全てが真面目にプレイしているわけではないだろう。

 今日のように夕虹が負傷して、その身体に「ダメージ」マークが付いてもプレイヤーは単なる記号の一つとして気にも留めない。そしてマスターは今この瞬間にも高いところから彼女たちの動きをノンビリ見ているに違いない。


夕虹が言う。

「ねえ、ワタシらのマスターって、やっぱ女だよね?」


ライフルを掛けなおした北浦が前を向いたまま応える。

「うん、そうかも」


 夕虹の体調は回復せず基隊全体の速度は徐々に下がっていた。そして陽も暮れつつあった。まだ敵は全滅していないから、このまま夜戦になれば敵に追いつかれて追撃される可能性が高い。その前にゲーム・マスターが、このまま撤退命令を出してくれたら敵は攻撃が出来なくなり彼女たちは安全に帰還できる。それを誰もが期待していた。


その時、彼女たちに次の作戦の指示が出された。

「えぇっ 夜戦?」

「なんでっ」


少女たちは絶句した。基隊は、そのまま夜戦に突入したのだ。淡い期待は無残にも裏切られた。だがマスターの命令は絶対だ。


「ボーっとしてたか、やっぱテキトーなんだよ」

北浦が投げやり気味に呟く。


比婆はバイクの上でマテリアルライフルを構えながら言う。

「夕虹、もうちょっとだから……踏ん張ってね!」


「うん、頑張るッ」

そう応えたものの、弱々しい彼女。


北浦が努めて冷静に言った。

「大丈夫。敵は残2隻で、こっちは3隻。まだ距離があるし、うまく回避すれば何とかなるって……」


 しかし彼女の台詞が終わるや否や敵が遠距離射撃をしてきた。夕虹は、一筋の光軸が彼女たち目がけて向かってくるのに気付いた。


「危ない!」

敵の狙いは恐らく背の高い比婆だ。それを察した夕虹は直ぐに比婆のバイクに自分のバイクを体当たりさせた。


「あっ!」

比婆は叫んで危うくライフルを落としそうになった。一瞬、何が起こったのか分からない比婆。だがそれによって彼女は着弾点から遠ざけられた。

 次の瞬間、轟音と共に敵の砲弾が着弾した。気配を察した北浦が振り返ったときには夕虹は叫ぶ間もなく、その容姿データは「解体」されバイクごと海上から「消去」された。


「……」

呆然とする比婆。しかし経験のある北浦はライフルを構えたままバイクを反転させて叫ぶ。


「マザー! 回避ぃ!」

その言葉にハッとした比婆は反射的にバイクを回避させた。直後、彼女たちが立ち退いた水面に幾つもの水柱が立ち上る。


「マザー! 指示を!」

D級はチーム行動をしていると、単独で敵への攻撃が出来ない。比婆は言った。


「反撃して下さい!」

「了解ぃ!」

直ぐに北浦がバイクから相次いで魚雷を発射する。同時にレーダーの感度を上げて索敵モードに入る。その姿を見ながら比婆は涙が止まらなかった。だがそれを振り切るように彼女もライフルを構え直した。


「比婆、撃ちます!」

彼女は反転と同時に狙いは定めずに威嚇射撃を行った。薄暗い海上に突然、花火のような火球と黒煙が広がる。彼女のライフルは威力、射程共にD級の持つものとは桁違いだ。だから彼女のバイクもD級よりもやや大型で安定性が高めてある。


「いけぇ!」

敵へ向かう光軸を見詰めながら北浦が叫んだ。


「データ収集します!」

比婆は小型のビーコンを複数飛ばした。これは着弾点を観測して修正をするものだ。


「くっ、こっちにも来たね」

彼女たちの近くに小さい飛翔体が旋回し始める。敵も同じ装置を持っているのだ。北浦は慌ててスモークを焚くと同時に敵のビーコンに狙いを定めて射撃する。火花を散らして敵のビーコンは撃ち落とされた。


北浦が叫ぶ。

「敵の第二波、来るよ!」


「回避!」

比婆の言葉で散開。その間に彼女たちの周辺にいくつも水柱が立ち上がる。砲撃戦が始まった。相手の砲撃が続いたが、その弾着は、ほとんど外れていた。回避行動をしているとはいえ夕虹に当てたものは、まぐれだったらしい。


「くっ」

そのことが彼女たちを悔しさと同時に闘争心に火をつけた。


「このまま反転、迎撃します!」

それまで控え気味だった比婆が叫ぶ。


『了解!』

全員がライフルや魚雷での反撃を開始する。


 やがて遠くの水平線上に、幾つもの火花と水柱らしきものが立ち上る。

「ビーコンの観測データ来ます! チャンネル3で」

「了解!」


 回避行動をしながら耳を澄ませてデータを受信する比婆と北浦。特に比婆がブツブツ呟きながらライフルのデータを修正していく。


「第二次攻撃、開始します」 

その言葉で北浦は攻撃を控え比婆から距離をとる。彼女の第二次攻撃は大口径のロケットランチャーを装てんするため友軍への影響も大きいのだ。


「砲撃と同時に、敵の残存艦隊へ突入します!」

照準を微調整しながら比婆は叫ぶ。


『了解!』

北浦も突入の準備をする。


 彼女は第二次攻撃となるロケットランチャーの発射準備を開始した。これは二連式で比婆だけが持つものだ。通常、北浦のような前衛部隊が持つ短距離のランチャーと異なりロケット式、つまり長射程用である。これは最近、導入されたタイプで北浦も以前チラッと見たことはあった。だが比婆が撃つ姿を見るのは初めてだった。


『大丈夫かな?』

一瞬、着任間もない比婆の心配をした北浦。彼女は、まだ少し不慣れな印象があるのだ。だが新人とはいえ比婆もGFであり基隊のマザーだ。生まれながらにして持つ基本スペックを信じよう。髪の毛を気にしながら北浦は攻撃に備えた。


「比婆、撃ちます!」

ズドンと言う腹の底に響くような轟音と共にランチャーから弾丸が発射された。発射と同時に、そのオレンジ色の軌跡が夜空に弧を描いていく。


 斉射と同時に一斉に敵へ向かって走り出す少女たち。だが彼女たちは敵陣へ到着する前に既に決着が付いたことを悟った。敵残存2隻のうち1隻は比婆の第二次攻撃で撃破されていた。また逃走を開始した手負いの敵に北浦の放った魚雷がとどめの一撃を加えたことがビーコンによって確認された。


「終わった」

なぜか、しばらく呆然として立ち尽くす少女たち。いつもなら単純に喜ぶのだが、その日はなぜか素直に喜べなかった。


 数秒後どこからともなく彼女たちに『勝利おめでとう』という電文が届いた。それがシステム的に自動で送られるものだと知っているのが余計に彼女たちをイラつかせた。


「何かしら……この気持ちは」

比婆は呟く。


 誰もが不思議な気持ちだった。そもそもデータに過ぎない彼女たちに喜怒哀楽という感情は、ほとんど芽生えないはずだ。だが彼女たちは既にマスターがユーザー登録をしてから一年以上立つ間に、いろいろあって成長したのかも知れない。


「帰還命令……出ないね」

北浦がポツンと言う。


 それは珍しいことではなかった。マスターが居眠りをしたり別のことをやっているのだろう……そんなことも彼女たちは察していた。そんなときは敵も来ないから雑談に花が咲くのだが、その日は誰の口も重かった。もちろん仲間が沈むことは決して珍しいことではない。だが最近マスターもゲームに慣れたのか仲間の沈没もほとんど無かった。だから余計にショックなのだろうか?

 そう考えていたら、ようやく帰還命令が出た。我に帰ったようにハッとして安堵する戦士たち。


だが比婆の心は晴れなかった。

「せめて、もっと早く命令してくれたら」


 旗艦である比婆は自責の念に捉われていた。そんな彼女を慰めるように北浦は並走位置につけると声を掛けた。

「自分を責めなくて良いよマザー、いや比婆さん」

「はい」


帰還命令が出るとGFは行動規制モードが外れて比較的自由に行動や発言が出来るようになる。北浦は、あまりこの「マザー」という隊長への呼び方が好きではなかった。やはりGFは個々に名前が付いているのだから、それで呼びたいのだ。


「夜明けだよ」

北浦が呟くように言う。


 彼女たちの戦場として設定された山陰海岸沖の太陽は中国山地から登る。その日はちょうど大山だいせんの稜線を赤く染めながら朝日が昇ろうとしていた。


「キレイ……」

普段は、あまりこういう自然現象には無関心なGFたちだ。だが比婆も北浦も感動していた。特に冷静な北浦は、それがプログラムで演算された景色に過ぎないことも分かっていた。それなのになぜ?

そもそも、ただ闘うだけなら背景描画なんか、どうでも良いはずだ。


 そんな彼女はフッと、この景色も何かを模倣して描画されているのだろうなと思う。元になった景色はどんな所だろうか? そこでは同じように戦闘が繰り広げられているのだろうか? プログラムに過ぎない彼女にとっては想像も出来ない世界だが、なぜか最近そう思う機会が増えた。


「アタシ……変になったのかな?」

北浦はスロットルを握り直しつつ苦笑した。


 隣を見ると比婆は涙を流してハンカチで目を押さえていた。その奥ゆかしさは相変わらずだったが北浦は敢えて何も問い掛けなかった。知らない振りをして少しバイクの距離を取った。


 比婆の気持ちは何となく分かる……北浦も黙って朝日を眺めていると、何故か自分の目からも涙が溢れてきた。


「やだな……変だよ」

彼女は再び苦笑した。だが自分の目を拭いながら呟いた。


「これは、もしかしたら当たり前のことなのかな?」


 一方の比婆は、頬を伝う涙をハンカチで拭いながら、やり場のない思いで一杯だった。不確定性の演算結果……自分が新人であることを差し引いても、この感情は理解出来ない。もちろん北浦同様、彼女もまた自分たちが単なるデータであり虚構に過ぎないことも分かっている。とはいえオーナーともいえるマスターに特別な恨みがあるわけではない。これは宿命だから仕方がないことだ。それでもある程度、経験を重ねたGF少女は思うのだ。


「もしマスターと出会えたら……自分の心情を吐露したい」

そんな気持ちで一杯だった。それは適わぬことと知りながら。


 やがて母港が見えた。ホッとする瞬間だった。埠頭の外まで出迎えの少女たちが数人待っていてくれた。


「今日も生き残ることが出来た」

比婆は呟いた。


「……バッカだなあ、GFがダメージしたら普通、進んじゃダメなんだよ」

 アケミは、いつの間に後ろに来ていた兄にたしなめられる。彼女は「余計なお世話だ」と思った。もちろん夕虹がダメージを受けているのは気付いていた。でも途中から意識が飛んでいた。半分寝ていたかも知れない。でも、どうせゲームだからと、ついガンガン行ってしまったのだ。


アケミは、ごまかすように反論する。

「えぇ? たかがゲームでしょ?」


兄は腕を組んで苦笑する。

「萌えキャラの撃沈ってショックじゃねぇか? 特に夕虹はGFの中でも人気キャラだぜ」


「別にぃ」

アケミはチラッと帰還モードになっていることを確認すると、そのままスマホの画面を閉じた。


「アケミは、お兄ちゃんと違ってゲームも強くないし。どうせGFだって、やられても同じのがまた何度も出てくるんでしょ?」


その言葉に兄は苦笑した。

「えぇ? そりゃまあ、そう言われてるけど」

「だったら別に良いじゃん」


 これは「MDGF」という戦闘シュミレーションゲームだ。マリンディフェンダー・ガールファイターの頭文字をとって「MDGF」だが、略して「MD」(エムディ)とか「GF」(ジーエフ)と呼ばれることが多い。特に登場する少女戦士が萌えキャラと呼ばれる可愛い子が多いから、それだけでも人気がある。

 アケミも最初は面白がってプレイしていた。しかし中学に入って部活も始まったからから、この頃では、ご無沙汰だった。


 今、6月で、まだ梅雨は明けていない。学校では、そろそろ新人戦の時期だ。運動部では先輩を中心にレギュラー陣には緊張が漂い始めている。でもアケミは、まだ試合に出る機会は無い。微妙にヒマ……そんな事情もあってか? アケミは晩ごはんの後、兄に言われて久しぶりに「MDGF」をやって見たのだ。

 基本的にアケミは憂さ晴らしが出来るゲームは嫌いではない。でもシューティング系は苦手なので適当にマイペースでプレイ出来るMDGFは好きだった。そういえばプレイし始めたばかりの頃は、しょっちゅうGFを沈めていたような気がする。それでもある程度、回数を重ねるとGFも成長して強くなるし、むやみに撃沈することも少なくなった。

 ただ今日は久しぶりだった。そのうえに最近、実装された比婆は強そうだったので、基隊のマザーに設定して、ついうっかり夜戦に突入したのだ。


「夕虹撃沈か……」

萌えキャラ好きな兄には衝撃だったとしてもアケミにGFはデータに過ぎない。


「やれやれ」

アケミは立ち上がると仏壇に近寄って線香を手向けた。それは一番上の姉のものだ。


手を合わせた後、彼女は振り返って言った

「兄ちゃんも手を合わせなよ。守ってくれるかもよ」


「……」

兄は苦笑したが近寄ると機械的に仏壇に手を合わせた。その後姿を見ながら彼女はリビングのソファに沈み込んだ。

 アケミはリビングに置いてある家族写真を見詰めた。そこに小さく写った笑顔の少女は自分ではない。アケミには姉が居たらしい。でも彼女のことは全然知らない。アケミが生まれる前……兄がまだ小さい頃、事故か病気で死んだらしい。それがショックだったのか兄は小学校の頃から引きこもりになってしまった。両親も姉のことには、あまり触れたがらない。その気持ちはアケミだって分かる。それに自分も兄と同じように時おりフッと引きこもりたくなることがある。

 ゲームの夕虹が沈んでも何とも思わなかったのは、こういった背景があるからなのだろうか? 自分の家を薄っすら覆う陰のような停滞した雰囲気が嫌なアケミは部活に打ち込もうとしている。それは根本的な解決にはならないだろうが……。


「もし私にも姉が居たらなあ」

アケミはクッションを抱えながら呟いた。自分は、もう少し違った性格になっていただろうか? そんな想像を何度もした。


 アケミは食器を片付けている台所の母に声を掛けた。

「母さん、明日も部活だから遅くなるよ」

「ふーん」


ガチャガチャと食器を洗いながら母は言った。

「ゴメンねアケミ……道着は今日、頼んだけど防具は、もうちょっと待って」


「うん、別に良いよ。まだレギュラーでもないし」

アケミの返事に母は苦笑してた。


 先週、剣道の道着をやっと注文したばかりだ。さすがに竹刀は自前のものがあるが、他は借り物だ。剣道部には防具の余裕はないので、今後のことを考えると何とか防具は揃えないといけない。しかし当然、高い。両親も躊躇している。


 アア……何をするにも、世の中は上手く行かないものだ。彼女は立ち上がった。

「おやすみ」


「おやすみなさい」

アケミは両親に声をかけて寝室へ向かった。


 その夜、アケミは『シー何とか』っていうGFの敵に襲われる夢を見た。悪夢だなと思った。



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※これはオリジナル作品です。

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