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CASE4 異世界人の話 前編

「折り入って、君に相談したいことがある」

「はあ」



 日曜日の夕方、彼はそう言って突然我が家を尋ねて来た。

 首が痛くなるほど見上げたその先にいるのは、以前も会ったことのある大男だ。竜海の護衛である……確か、名前はヴィンセントさんと言っただろうか。前に竜海と一緒に来た時とは違い、今日は軍服のようなものではなくシャツとジーンズのごく普通の恰好をしている。

 しかし開口一番に相談があると言われたものの、会って二度目の――しかも一度目も碌に話をしていない私にする相談とは何なのだろうか。



「あの、竜海と何かあったんですか?」

「竜海殿とは何も。……しかし、彼には少し相談しにくい話なのでな」

「あいつにも話しにくいのに、私でいいんですか?」

「竜海殿が言ったのだ、何かを相談するなら君が適任だと」



 あの男は何のつもりでそんなこと言ったんだろうか。信頼されているとポジティブに受け取っていいのだろうかと首を傾げながらも思考を巡らせる。

 今は夕方の六時、ちょうど夕飯の準備を始めようとしていた所だ。いつもならばこのタイミングで頼まれたら断っただろうが、今日は少々事情が違う。休日である今日、弟の宗司は紗希とデートをしており夕飯も食べて帰って来ると言っていた。そして自分一人分の夕飯を準備するのが億劫だった私は、カップ麺で済ましてしまおうかと考えていたのである。


 ならばいっそ、相談ついでにどこかで食べて来ようかと考えた私は、相談がどんな話かも深く尋ねることなくそのまま頷いてしまったのであった。








「いらっしゃいま――っ、二見さん……?」

「こんばんは、マスターさん」



 相談場所として選んだのはいつもの喫茶店、吉良だ。この時間ならば常連客もそろそろ帰り始めて来る頃であるし、マスターさんならばいつも通り突拍子のない話が始まっても気にしないでいてくれるだろうと判断した為だ。

 しかし何故か、迎えてくれた彼は驚いたように目を瞬かせて一瞬硬直した。いつにないリアクションに首を傾げていると、ふとマスターさんの視線が私の斜め上を向いていることに気が付いてその驚きを理解する。



「今日はお連れの方がいらっしゃるんですね」

「はい、今日はテーブル席でお願いします」

「……では、こちらへ」



 私もヴィンセントさんを初めて見た時は思わず悲鳴を上げてしまうほど驚いた。服が違うので前の方がインパクトは強かったが、それでも二メートル近くある身長や日本人離れした容貌、鋭い目付きは健在で、初対面では大層威圧感を覚えてしまうだろう。

 ……二度目の私はというと、妙な誤解で慰められた記憶が過ぎって何とも言えない気持ちになるので、既に恐ろしさや威圧感などは感じない。


 マスターさんには竜海の話をした時に彼のことは話してしまったが、流石に異世界やら何やらを他人に話してしまったと知られるのはまずいと思い、ヴィンセントさんの紹介は避けることにした。



「ヴィンセントさんは何か頼まれますか?」

「では、紅茶を」

「マスターさん、ホットサンドと紅茶、あとコーヒー下さい」

「はい。コーヒーは食後にいたしますか?」

「お願いします」



 いつもとは違う席に座りメニューを開く。普段ならばカウンターなのでそのまま注文すればいいが、今日は少し離れたテーブルだ。マスターさんを呼んで注文を済ませると、ヴィンセントさんは早速緊張したように背筋を伸ばして私を鋭い目で見下ろした。……うん、やっぱりちょっと怖いかも。



「それで、相談って言うのは何なんですか? 私で役に立つかは分かりませんけど」

「いや、その……だな。ちょっと尋ねたいことがあって」

「はい」

「……知り合いでもない女性に話し掛けるには、どうしたらいい」

「……はい?」



 相変わらず背筋は伸びているし強い眼光でこちらを見下ろしている。それなのにテーブルに置かれた手は忙しく動き、顔は僅かに紅潮し、そして少々声が震えていた。

 ぽかん、と一瞬……いや数秒固まってしまった私は、必死に脳内で彼の言葉を噛み砕いて理解しようとする。

 知らない女性に、話し掛ける?



「あの、もう少し詳しく聞いてもいいですか」

「……この前、竜海殿に言われてこの世界の服を買いに行ったのだが、その時に……その、とても美しい女性を見かけて……」

「ああはい分かりました、詳しく説明させてすみません」



 こちらが恥ずかしくなるほど顔を真っ赤にするヴィンセントさんに思わず私は頭を下げて謝ってしまっていた。あの強面のイメージが一瞬で何処かへ吹き飛んでいく。

 つまり、彼は通り掛かりの女性に一目惚れしてしまったということである。



「……あの、こう言ってはあれですけど、その相談なら私よりも竜海の方が得意なんじゃないですかね」



 初対面の人間に話し掛けて仲良くなるなど、むしろあの幼馴染に勝る人がいるのだろうかと思うほどだ。それで情報を集めて世界の危機を救った男だというのは、むしろヴィンセントさんの方がよく知っているのではないだろうか。

 そう思ったのだが、しかし彼は静かに首を横に振って「駄目だ」と呟いた。



「竜海殿は確かに人心掌握に長けているが……彼がその女性を見たらきっと彼も心を奪われてしまうだろう。そんなことになったらお嬢様がどれほど悲しまれることか」

「いや、竜海はそんなほいほい女の子を取っ換え引っ換えするやつじゃないと思いますけど……」

「あの女性を見たらそんなこと言えん!」

「……分かりました」



 もうそれでいいです。もしかしたら本当に絶世の美女かもしれないし。



「でも、話し掛けるにはまずその女性に会わないと行けないですよね? そもそもどの辺の人だとか、よく行くお店だとか知ってるんですか?」

「分からない……が、この前会った場所で待っていればいずれまた通り掛かるかもしれん」

「ちなみにどの辺りで見かけたんですか?」



 私が訪ねると、ヴィンセントさんはいそいそと持っていた鞄から何やら畳まれた紙を取り出してそれをテーブルの上に広げる。覗き込むとそれはこの町の地図で、とある一点に赤いバツ印が付けられているのを見つけた。いくつかの店が並ぶその場所は、私もよく知っている通りだ。



「ここ、私もたまに行きますよ。大学から近いんで」

「そうなのか? ならあの女性を見たことがあるかもしれんな!」

「かもしれないですね。それで、その人はどんな女性なんですか? 何歳ぐらいとか分かります?」



 ヴィンセントさんにそう尋ねながら、しかしふと脳裏に疑問が浮かぶ。彼は竜海の護衛で、彼が向こうの世界に戻る時には勿論それに着いて行くはずである。仮に上手く行っても大丈夫なのか、そしてその女性にどう説明するつもりなのだろう。

 しかし今の彼にそんなことを言うのは野暮だろうと、私は一旦その思考を取り止めた。



「年は……そうだな、君と同じくらいだ」

「じゃあ同じ大学かもしれないですね」

「そうだといいんだが。あとは、そうだな……長い黒髪で可愛らしい、何より纏う空気がとても清浄で美しい人だ。まるで……レイチェル様のように」

「っぐ」



 容姿はどうせ美しいしか言わないんだろうな、と油断してお冷を飲んでいた私は、唐突に聞こえて来たその名前に思わず吹き出しそうになった。ぎりぎりで耐えたものの気管に水が入って思い切り咽てしまう。



「ふ、二見さん!? 大丈夫ですか!」



 ちょうど紅茶とホットサンドを運んできたマスターが慌ててトレーをテーブルに置いて背中を擦ってくれる。本当にいい人だ。ちなみにヴィンセントさんはというと、「大丈夫か」と声を掛けながらも、突然げほげほと咳き込む始めた私に首を傾げて困惑していた。



「すみません、もう大丈夫です」

「それならいいんですが……。紅茶とホットサンド、お待たせいたしました」



 テーブルに紅茶とホットサンドを並べたマスターさんは、まだ少しこちらを気遣わしげに見ながらカウンターへ戻って行った。咳き込むのも収まった私は、気持ちを落ち着かせる為に「頂きますね」と一言断ってホットサンドを口に入れる。

 温かいそれは噛むとさくりと音を立てて、じんわりと卵のフィリングの優しい味が口の中に広がって来る。やっぱりシンプルな味が一番である。


 ホットサンドに癒されて思わず本題を忘れそうになっていた私は、ふと目の前のヴィンセントさんを見て我に返った。切り分けられた一つを飲み込んでから、私は先ほどのどうにも聞き覚えのある名前についてどうしても尋ねなければならなかった。



「あの……レイチェル様、というのは」

「ああ、こっちの世界にはその伝承はないんだったな」

「伝承、ですか?」

「お伽話のようなものだ。とは言っても、これは実際にあった話らしいが」



 ヴィンセントさんはそう言って、ゆっくりとその物語を話し始める。とは言っても複雑な話ではなく、要約するとこうだ。


 昔々、隣り合う二つの国にアルバートという名前の王子様とレイチェルという名前の王女様がいた。王子は聡明で優しく王女は容姿も心も非常に美しいと評判で、年も近かった彼らはお互いを好きになり、やがて婚約することになった。

 しかしそれを喜んだのもつかの間、数年後国同士の関係が悪くなるとその婚約は解消され、そしてとうとう二国間で戦争が始まってしまったのだ。離れ離れになった二人は敵同士ながらお互いの身を案じていたのだが、しかしやがて王子が戦場で命を落としてしまう。

 それを知った王女は嘆き悲しみ、戦争が終わっても彼女はアルバート王子のことを忘れることはなく、王女という立場でありながら生涯独身で王子への愛を貫いたという。


 細かい話は色々とヴィンセントさんが話しているものの、しかし概要だけで私はどんどん自分の顔が引き攣っていくのをまざまざと感じた。その話、なんか少し前にとても聞いたことがあるような気がするのだが……。



「私の国はレイチェル様の故国とされていてな、幼い頃から皆この物語を聞かされて育つんだ。ずっと昔の話なんだが今も彼女の肖像画も残っていて、大層美しく清らかなお方なのだ」

「ちょっと待って下さい!」



 まだ語り足りなそうなヴィンセントさんに、私は待ったを掛けて頭を抱える。

 つまり、どういうことだ? 親友と弟の話と全く重なっているということは、つまりそれが彼らの前世の話だというのは多分間違いない。つまり竜海が召喚された異世界というのは彼らの前世の世界と同じで……ということは、もしかするとヴィンセントさんの好きになった女性というのは――。



「いらっしゃいませ」



 私が結論を出そうとした直前、その思考を邪魔するかのように店の扉が開いて一組の男女が入って来る。マスターさんの声を聞きながら私は無意識のうちに顔を上げ、そしてばっちりと彼らと視線を合わせてしまったのである。



「え……」

「あれ、詩織?」

「姉ちゃんも来てたんだ」



 れ、レイチェル様来ちゃったー!





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