7話
私が食事を始めるとルアンさんもお給仕をしてくれる。
宿屋のご主人や奥さんたちもお礼を言っていた。ルアンさんはこれもわたくしの仕事ですからとクールに答えた。
まず、スープが出されてそれを音を立てないように飲む。これでも、礼儀作法の基本は母さんや義父のアルベルトさんから叩き込まれた。母さんは侯爵家のメイドだったと聞かされて改めて作法に厳しかったのも頷ける。アルベルトさんも若い頃に貴族の屋敷で侍従として働いていたと本人から教えてもらったのを思い出す。
道理でなと思いながらもスープを全部飲んでしまう。貴族様御用達の宿屋だからか味があっさりとしていて上品だ。飲みやすくて驚いてしまう。
カフェから連れ出されてまだ半日と経っていない。けど、お嬢様の真似は意外と疲れる。早く部屋に戻りたいな。そして、母さんや姉さんに会いたかった。三人で冗談を言ったりして賑やかな雰囲気で食事をとりたい。そんな思いが溢れ出そうになる。
それを何とか押し込めながら次の料理を待った。
そうして、前菜が終わりメインディッシュなども出た。どれもデザインが凝っていて味もかなり美味しかった。けど、母さんが作った庶民的なスープやポトフが恋しい。デザートもフルーツの切った盛り合わせで上品だが。私には合わないと思ってしまう。我慢してそれも残さずに食べる。さすがに残してしまうと宿屋のご主人たちに悪いと思うからだ。
食事が終わり私は紅茶を飲みながらふうと息をつく。無言のままでいたからか疲れてしまった。
宿屋のご主人たちは既にいない。ナフキンで口元を拭い、椅子をルアンさんに引いてもらう。立ち上がり食堂を出た。
廊下にまで来るとルアンさんは気遣わしげに声をかけてくる。
「イルゼ様。大丈夫ですか?」
「大丈夫だよ。ただ、母さんや姉さんの事を思い出してしまって」
「…そうでしたか。申し訳ありません、母君や姉君はイルゼ様がこちらにいられる事はご存知ありません。お二人も侯爵家に連れて行かれましたから」
「それは本当なの?」
「ええ。イルゼ様がお断りになった時のためにお二人を連れて行くようにと指示がありまして。ウィルさんと先代の当主様でお決めになられたようです。イルゼ様もウィルさんにはご注意ください」
そうルアンさんは私に忠告すると離れた。先ほどと変わらない態度でお部屋に戻りましょうと言ってきた。
私も頷いて部屋に戻ったのだった。
そうして、ルアンさんは寝間着のワンピースに私を着替えさせて歯磨きなどをするように勧めてきた。言われた通りにして歯磨きもすませ、ハーフアップにした髪もおろしてもらう。緩く髪をまとめてからルアンさんはできましたと告げてきた。
「では、わたくしも着替えますので。イルゼ様は先にお休みください」
「わかった。じゃあ、お休みなさい」
「はい。お休みなさいませ」
ルアンさんが笑顔で言ってくれる。私も頷くと立ち上がった。
ルアンさんは寝間着に着替えに行ったので先にベッドに入る。うとうとと眠気がやってきた。
目を閉じると体から力を抜いた。母さんと姉さんを人質に使うとは。侯爵家の人達は怖いと思った。
ルアンさんが忠告をしてくれたからよかったけど。ウィルは信用できない。
それを思いながらも私は深い眠りについたのだった。
翌朝、早くに目が覚めた。少し離れた所にメイドのルアンさんが寝ている。
私は音を立てないように気をつけながらベッド脇にあった机に置いてある着替えと歯磨き粉や歯ブラシ、髪用のブラシを手に取った。洗面所に向かい、まずは歯磨きをしてから洗顔もする。自分でしてから髪もブラシで梳く。
そこまでしていると後ろに人の気配がした。振り向くとルアンさんが驚いたような表情で立っていた。
「イルゼ様。髪と着替えはお一人でするのは大変です。歯磨きとお顔を洗うのはすまされたようですが」
「あ。ごめん。いつものくせでやっちゃった」
謝るとルアンさんは仕方ありませんねと苦笑する。
「では、後で鏡台にいらしてください。着替えと髪結い、お化粧がありますから」
ルアンさんは笑いながら着替えを持って洗面所を出ていく。私はふうと息をついたのだった。




