5話
私が無言のままでいたらウィルが苦笑した。
「イルゼ様。すぐに受け入れるのは無理だという事はわかっております。ですが、王太子様の事はお忘れなきよう」
「わかりました。婚約者候補の件は一応、受け入れます」
私が頷くとウィルはほっと胸を撫で下ろした。よほど、断られるのが心配だったらしい。
「では、もう少しで一つ目の街の宿屋に着きますので。そこでゆっくりとお休みください」
私は再び頷く。ウィルは侍女さんに指示を出した。侍女さんはこくりと頷き、私の方を見る。
「イルゼ様。宿屋ではわたくしも同室ですので。ご安心ください」
「ありがとう。私の事は様付けでなくともいいんだけど」
「いいえ。そういう訳にはいきません。わたくしがウィルさんや旦那様に叱られますので」
侍女さんは苦笑しながら言う。それならば仕方ないかとそれ以上は食い下がらなかった。
私はウィルや侍女さんから宿屋に入った後、部屋からなるべく出ないようにと注意されたのだった。
しばらくして、馬車は宿屋の玄関前に停まる。ウィルと御者さんが私や侍女さんが降りるのを助けたり荷物を下ろしたりした。
中に入ると宿屋のご主人や奥さんが出迎えてくれる。
「いらっしゃいませ。今日は我が宿にようこそおいでくださいました。確か、アマーリエ侯爵様のご令嬢でしたね。娘にお部屋を案内させますので少しお待ちください」
「ありがとうございます。お嬢様、荷物をウィルさん達が運び入れている途中ですので。ロビーのソファーで掛けて待ちましょう」
侍女さんが気を使って言ってくれたので言葉に甘えることにした。すると、ご主人があちらですよと笑顔で教えてくれる。
案内されるがままにソファーに腰掛けた。ふかふかで座り心地は今までで一番良かった。ソファーは布製でグレーに白の縦縞と細やかな花の模様があしらわれた上品なものだ。
侍女さんは私の横に立って控える。慣れないが文句は言わないでおく。
「あの。そういえば、侍女さんのお名前を聞いてなかったね。教えてくれるかな?」
「…あ。名乗っていませんでしたね。わたくしはアマーリエ侯爵様のメイドで名をルアンと申します。元々、わたくしは東国の出身で。名前がこの国では珍しいでしょうけど」
「へえ。ルアンさんて言うんだね。東国の出身だとは思わなかったよ」
私が言えば、ルアンさんはそうですかと笑いながら相槌を打つ。
「イルゼ様は元々、平民の育ちだと聞きました。でしたら、わたくしと同じですね」
「そうなんだ。私はその。幼い頃はカフェの先代の店主のアルベルトさんの手許で育ったんだ。ルイーゼ、母さんの旦那さんだったから」
「そうでしたか。わたくしは父と母と兄がいます。三人とも元気でいます」
ルアンさんはそう言うと私の手を取った。いきなりだったので驚いてしまう。
手をさすりながら、ルアンさんは優しく笑う。
「…お嬢様。確か、アルベルトさんは亡くなっておいででしたね。大変でしたでしょうに」
「どうだろう。よくわからない。ただ、亡くなった時は悲しいのと寂しいのが混じって複雑ではあったかな。義理とはいえ、よくしてもらったから」
「そうなのですね。アルベルトさんにわたくしもお会いしてみたかったです」
そっとルアンさんは私から離れた。ウィルさん達が荷物の運び入れるのが終わったと報告しにきた。
「お嬢様。荷物の運び入れが終わりました。部屋に行きましょうか」
「…わかった。ルアンさん、行きましょう」
「はい。参りましょう」
ルアンさんと頷き合ってから部屋に向かった。私が歩くとウィルさんや御者さん、ルアンさんが付いて来る。
居心地はわるいけど仕方ない。そう思いながら階段を上り始めた。ルアンさんはドレスの裾を持ってくれたのでお礼を言ったのだった。