18話
私は夜会に向けてダンスや礼儀作法を中心に習っていた。
オリビア先生とサラデイアナ先生のお二人からスパルタレッスンを受け始めてもう一ヶ月だ。やっと最近になって「少しは見られるようになりました」と言葉をもらえるようになった。
母さんも侯爵夫人としての勉強は進んでいるようでサインを書類にする事はやってみるかと父上から言われたらしい。姉さんもオリビア先生から王宮に行っても恥ずかしくないと褒められていたが。
ウィル先生の授業も続行中だ。父上は夜会が後五ヶ月としたかったが。
陛下や王妃様からご令嬢方を早く見たいと言われたそうだ。仕方なく三ヶ月後に短縮すると言っていた。
父上が眉間のしわを揉んでいたのが妙に印象に残っている。
「イルゼ。今日もご飯が美味しいわ」
イリア姉さんがにこにこと笑いながら言う。私はそうねと頷いた。特にメイド長作のミネストローネはなかなかに美味しい。母さんも静かに食事を進めている。
「姉さん。それはそうと。夜会まで後三ヶ月を切ったわね」
「ああ。そういえばそうだったわ。王太子様は大層な美男子だというし。楽しみだわ」
「…イリア、イルゼ。わたしも夜会には付いていくから。そのつもりでいてね」
二人で話していたら母さんがふと言ってきた。ちぎっていた白パンを皿に置いて私と姉さんは顔を見合わせた。
「母さんも一緒に行くの?」
「そうよ。あなた達二人だけだと危ないしね。旦那様もエスコート役で行くとおっしゃっていたわ」
「そう。イルゼ一人だけでも心配だったから。父上と母さんが付いて来てくれるなら安心ね」
姉さんが言うと母さんはため息をつく。
「イリア。あなたも心配なのよ。昔から惚れっぽい所があるから」
姉さんはそう言われて渋い顔をした。図星らしい。
「…母さん。惚れっぽいと言ったって。もう十数年も昔の話じゃない」
「何言ってるの。今年でイリアはいくつになるかわかってるの。イルゼの年だって嫁き遅れなのに。あなたも急がないといけないのよ」
「な。わたしの実年齢は言わなくていいから。母さん、わたしもわかっているの。良いお相手を見つけるから無理に縁談を持ってこないでほしいのに」
「ふう。あなたもわかっていないわね。嫁き遅れってだけでも不利なのに。どうしたら良縁が転がっていると言えるのかしら」
母さんと姉さんは睨み合う。確か、姉さんは私より一つ上で二十一くらいだったはずだ。私が二十歳で。
「母さん、姉さん。喧嘩はよしてよ。食事が冷めてしまうよ」
「あっ。そうだったわね。イルゼの言う通りだわ」
「まあ。今回はこのくらいにしておくわ。けど、イリア。下手な男に引っ掛からないようにね」
母さんがちくりと言ってくる。姉さんは渋々、はいと返事をした。
そんなこんなで三人での夕食は終わったのだった。
あれから、一週間が経った。母さんや姉さん、私のドレスが仕上がったというので応接間にメイド長や店長、お針子さんに私達親子の合計で六人が揃っていた。
「奥様、お嬢様方。以前にご注文いただいたドレスが仕上がりました」
店長が言うとメイド長も母さんも頷いた。
「店長さん。確か、九着くらいは頼んでいましたのに。一ヶ月で仕上げるとはさすがにこちらのお針子さん達は仕事が早いですね」
母さんが言うと店長さんはいえいえと笑う。
「十着で一ヶ月でしたら長い方ですよ。うちのお針子は腕が確かで。わたしも加わってやりますから。もっと時間があれば、凝ったドレスにしましたが」
「あら。じゃあ、早速持って来ていただいた品を見せて」
「わかりました」
店長はそう言うと手に持っていた大きなカバンを床に置くと紙包みを取り出した。
「では。まず、奥様のドレスからです」
店長が母さんのドレスから出し始めたのだった。