1話
今日は朝からよく晴れていた。
私はアルバイトしているカフェにて店長と話していた。
このカフェは名を「グロース」といって王都では指折りの人気のお店だ。フィアット王国の王都、プルーフは中心部に位置していて年間を通じて温暖気候である。だから、冬でもめったに雪は降らない。
グロースの店長は名前をユリアさんと言って私の親戚の叔母さんだったりする。母さんがルイーゼという。母さんは三人姉妹で姉にあたるスーザンさん、妹のユリアさんがいる。スーザンさんは明るくてしっかりした人でユリアさんも穏やかで温厚な人なのだ。
ユリアさんは母さんより年下といってもけっこう良い年である。けど、それを感じさせないほど若々しくて美人だ。ユリアさんは頭も良いし仕事もできる。尊敬できる上司で自慢の叔母さんだった。
「…イルゼ。わたしをじっと見つめてどうしたの?」
ユリアさんから呆れたような口調で言われて私は我に返った。
「あ、ごめんなさい。ユリアさん、今日も綺麗だなと思いまして」
「あらあら。イルゼったら。何を言うかと思えば。わたしを褒めても何も出ないわよ」
ユリアさんはそう言いながらも顔は笑っていた。私もつられて笑う。
「…けど、今は仕事中ですものね。すみません、ちゃんとします」
私が言うとユリアさんはまあ、頑張ってちょうだいと笑いながら声をかけてくれた。ちなみに親戚の叔母さんとはいえ、店長で上司でもあるからさん付けで呼ばせてもらっている。
私は気合いを入れ直すと手に持っていた布巾で机を拭いていった。
カフェの閉店時間になり私はユリアさんに先に帰る旨を伝えた。すると、心配そうにしながらも気をつけてねと言われた。
私は頷くとカフェを後にした。
既に制服から私服に着替えており、鞄を持って家に帰ろうと一歩を踏み出した。私はそのまま、低いパンプスで石畳を歩き出す。
コツコツと足音だけが辺りに響く。カフェ・グロースは私とユリアさん、厨房係のおじさんと若いポール君やスチュワート君の合計して五人でやっている。経営者はいうまでもなくユリアさんだ。彼女が若い頃から店員として働いていた店だったらしく先代の店長、オーナーから気に入られていたらしい。そして、先代の店長は高齢になって引退する事になった為にユリアさんが次代の店長に抜擢されたと聞いた。先代の店長は男性でなかなかのダンディで紳士的な人物だったとユリアさんは言っていた。
そんなことを思いながらも私は家路を急いだ。
家に帰ってくると二歳上の姉、イリアがお帰りなさいと出迎えてくれる。母のルイーゼも台所から出てきてお帰りなさいと言ってくれる。イリアこと姉さんは私と違い、金色の髪と青の瞳が印象的な清楚な美人だ。かくいう私は茶色の髪に榛色の瞳で顔立ちも平均的な感じなので目立たない。
「…どうしたの、イルゼ。早くドアを閉めて。今は真夏だから虫が入ってしまうわよ」
「はあい。今、閉めるから」
そう言いながらドアを閉めた。姉さんは夕食だから着替えてきなさいと言って台所に戻っていった。私はパンプスを脱いで家に上がる。二階にある自分の部屋に行き、ベージュ色のシャツや上に着ていた同系色のカーディガン、グレーのズボンを脱いだ。部屋着にしている白のシャツに膝丈の薄い赤色のスカートに着替えた。
薄くしていたメイクを落とすために洗面所に向かう。そこでクレンジングオイルを使い、メイクを念入りに落とした。水で洗い流すとかなりさっぱりとする。
タオルで水気を取ると髪に付けていたピンを外し、シニョンにしていた髪を解いた。ぱさっとほどいた髪が背中にかかる。それをヘアゴムで一つに束ねると洗面所を出た。
台所に向かったのだった。
台所に行くと美味しそうな香りがこちらにまで届く。中に入ると野菜のスープと鶏肉のスパイス焼き、黒パンが今日の夕食らしかった。
「…イルゼ。着替えてきたのね。食器を机の上に並べて」
母さんに言われて私は食器棚から木で作られたスプーンや皿、フォークなどを取り出した。それらを机の上に並べていく。母さんが野菜スープを煮込んでいる横で姉さんは鶏肉をフライパンで焼いていた。
スパイスをかけて調理の途中らしい。私はそれをちらっと見てから食器を並べ終えた事を母さんに言う。
「できたよ。母さん、スープを入れて」
「…わかったわ。スープ用のお皿を持ってきて」
私は言われた通りにスープ用のお皿を持ってきた。三人分を入れるとお盆にのせて机に運んだ。黒パンを切って小皿に盛り付けたり、焼けた鶏肉を皿に盛り付けた。
机にそれらを置くために往復すること、数十分で夕食の仕度はできた。母さんと姉さんが二人とも机に備え付けてある椅子に座ると私も同じようにした。
「いただきます」
私が言うと母さんと姉さんも同じように言い、スプーンを手に取った。食事を私も始めて野菜スープや姉さん特製の鶏肉のスパイス焼きを頬張った。なかなかに美味しい。野菜スープは具材がホロホロと口の中で溶けて味も塩と胡椒、コンソメだけであっさりとしていた。鶏肉のスパイス焼きも皮がパリッとしているのに中はしっとりとしていてスパイスがピリッと効いている。もう、カフェのメニューに出してもいいくらいの逸品だ。
黒パンをちぎってスープに浸しながら食べる。私は舌鼓を打ちながら食事を続けたのだった。