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米神荘の七姉妹

 米神荘の玄関、呼び鈴を押すと中から足音が近付いて来た。

「はいはーい」

 開かれた玄関から現れたのは長い黒髪にエプロンの娘だ。

 俺を見て一瞬固まったと思ったら、すぐに笑顔になって、

「お待ちしてました、神代さんですよね」

「あ、はい、はじめまして……」

「わたし、越野です、越野ひかり、ささ、上がってください」

 ニコニコ顔で言うひかりさんに見とれながら、俺は彼女の後に続いた。

 リビング……に通されてソファーに腰を下ろしたところで、

「名古屋から遠かったでしょう……でも、早くないです?」

 そう、まだ午前中。

「あっちを昨日出て……七米町まで来る電車がいなかったから市内に泊ったんです」

「ふふ……電車いなかったです?」

 俺がスマホを出して画面をなぞる。

 彼女も覗きこんできた。

「電車……いるけど……えっと……」

 七米町まで来る電車はいたけれど、別ルートの電車だった。

 彼女は微笑みながら、

「ここ、田舎だから」

「えっと……確かに……って言っちゃっていいのかな……」

「田んぼしかないでしょ……でも、駅の近くはちゃんと町でしょ」

「駅の近くは……ですね」

「自動車があると便利なの……この辺は自動車で……」

 彼女が言っていると、外から車のエンジン音が聞こえてきた。

 すぐにその音も止んで、ドアの開閉する音が続く。

「あの……越野さん」

「はい?」

「このシェアハウスには何人住んでいるの?」

「えっと、神代さんを入れて八人になります」

「越野さんと俺と、他に六人ですね」

「その、神代さん……」

「?」

「わたしの事は『ひかり』って呼んでもらえますか?」

「え!」

 いきなり会ったばかりで名前呼び。

 正直びっくり、そしてドキドキだ。

 ひかり……さん……はかなりポイント高い。

 俺が固まっていると、ひかりさんは、

「いきなり名前で呼ぶのって……変とは思うんです」

「ちょっと……かなりびっくり」

「ここの住人は、みんなわたしの姉妹なんです」

「!!」

「だから、上の名前で『越野』で呼ばれても誰だかわからないの」

「それで名前なんですね」

「ええ、だから『ひかり』って呼んでください」

 玄関のドアの音がして、足音が近づいてくる。

 リビングに現れたのはメガネをかけた女の人だった。

「ひかりー、帰ったわよ……って何男の子連れ込んでるのっ!」

 メガネの女はキッとした目で俺をにらんでくる。

 一瞬どうしていいか、固まってしまった。

 でも、ここに住む事になっているから……

 俺は立ちあがって頭を下げながら、

「今日からここにお世話になる神代太市です」

「!」

 メガネの女性は俺をじっと見つめてから、

「ああ、神代くん、はいはい、連絡受けてるわ、早かったわね」

「はい、今朝一番の電車で来ました」

「そ、そうなんだ……」

 メガネの女はちょっとあわてた風で、そんな背中をひかりさんが、

「早苗姉さん、挨拶あいさつ!」

「あ、ああ! はいはい、私は越野早苗、よろしくね」

 早苗さん……か……最初会った時はビシッとしてたけど、なんだか途中からグダグダだ。

 またひかりさんが早苗さんの背中をつついている。

「早苗姉さん、ちゃんとして」

「ちゃんと挨拶してるじゃない!」

「名前だけでしょ」

「あ、そうだった!」

 早苗さんは「コホン」と咳払いして、

「えっと……越野早苗、よろしくね……さっき言ったか……七米中で先生やってるの」

「先生なんですか!」

「そうよ、びっくりした」

 微笑しながら顔を寄せてくる早苗さん。

「七米高校の先生には知り合い多いから、成績筒抜けだからね」

 途端に早苗の背後で話しを聞いていたひかりさんがチョップ。

「早苗姉さんっ! 成績筒抜けなんて言ったらダメでしょっ!」

「え、なんで? 筒抜けなんだよ、本当だよ」

「そういうのは個人情報で、筒抜けだったらダメでしょっ!」

「!!」

 早苗さんの顔から笑顔が消えて青くなった。

 それから乾いた笑みで顔を寄せて来て、

「今のは聞かなかった事にして」

「はぁ……」

 早苗さん、確かに見た目いは年上でしっかりしていそうに見えるけど……

 実はすごいおっちょこちょいみたい。

「えっと、神代くん、君の転校手続きはやっておいたから……」

 そこまで言ってから、早苗さんはまた顔を近付けてきて、

「あのさ、七米高校、田舎だけど成績いいから、頑張んなさいよ」

「え……俺の成績ってすでに筒抜けなんです?」

「うっ!」

 まぁ、別に隠すほどでもない成績。

 どっちかというと、悪いのを先に知ってもらっている方がよかった。

 またひかりさんが早苗さんにチョップしながら、

「あの、神代さん、せっかくだから、今日、学校に行ってみませんか?」

「えっ!」

「わたしと神代くん、クラス一緒なの、ちょっとくらい学校案内できるし」

 名古屋から来てすぐ学校……でも、何故か興味がわいて、いつのまにか頷いてしまった。

 ひかりさんが微笑みながら、

「じゃあ、準備するね、制服もあるから」

 ひかりさんが髪を揺らしながら行くのを、ついつい見とれてしまった。

 と、そんな俺に早苗さんが険しい目で顔を寄せて来て、

「ねぇ、神代くん」

「は、はいっ!」

「言いにくい事なんだけどね」

「?」

「この米神荘には女しかいないの」

「え……」

「私は神代くんをここに住まわせるの、正直言うと反対だったのよ」

 俺はコクコク頷くだけだ。

 言われなくたってわかる。

 女性ばかりのところに男を住まわせるのか……って事だろう。

「でも、多数決で引き受ける事にしたのよ」

「そうなんだ……そうなんですか」

「問題を起こしたら……殺すわよ!」

「は、はぁ……」

 殺すって……この人本当に先生かっ!

 って、ひかりさんがダッシュでやって来てチョップだ。

「お姉ちゃんっ! いいかげんにしてっ!」

「ちょっとひかり、痛いじゃない、今の本気だったわね、本気チョップ!」

「当たり前でしょ! 殺すって先生が言う?」

「ひかり、あんただって反対だったでしょ!」

「!」

 早苗さんの言葉にひかりさんは硬直。

 ゆっくり俺の方に振り向くと、作り笑顔ってわかる表情で、

「学校行こうか……制服持って来るね」

 言うと行ってしまった。

 俺と早苗さんはソファーに腰をおろして、

「えっと、俺、気をつけますから」

「本当に頼むわよ……唯一の救いはひかりが反対してくれた事よ」

「ひかりさん、反対だったんだ、笑顔だったから賛成かと思った」

「ひかりはひかりでやっぱり女の子ばっかのところに男が来るの、心配したのよ」

「まぁ、なんとなくわかります」

 でも、聞かずにおれなかった。

「あの、早苗さん、何で俺、ここに来る事になったんでしょう?」

「え?」

「俺もいきなり親に言われて転校で」

「神代くん、前の学校で問題とか起してないの?」

「俺ってそんなに不良っぽく見えます?」

「ううん、普通、かな?」

「俺、名古屋で問題とか起してないつもりだし、どっちかというと目立たなかったと」

 じっと見つめている早苗さんに、俺はただ見つめ返すしかできなかった。

 そして早苗さんは、

「神代くんの家で問題とかなかったの?」

「別に」

「そう……」

 早苗さんは視線を逸らし、どこかリビングの天井を見つめながら、

「うん、わかった、ちょっと調べてみるわ」

 でも、急に視線を戻してくると、

「でも、エロい事なんかしたら、ブッ殺すからね」

 途端に急速接近する足音がして、ひかりさんが飛び込んで来ると同時にチョップを振りおろす。

「お姉ちゃん、何度言ったらわかるのっ!」

 今度のチョップ、「ゴン」なんてすごい重い音。

 早苗さん、頭上にひよこをダンスさせながら崩れ落ちてしまった。


 新しい制服をひかりさんから貰って袖を通してみた。

 今までは詰襟だったけど、今度はブレザーだ。

 詰襟は今ではめずらしいから、それなりに人気もあったけど……

 だからこそ、俺はブレザーに憧れていた。

 でも……

 俺が米神荘の脱衣所で着替えていると、その手が止まる。

 脱衣所のドアがノック。

『あの、着替え終わった?』

「あ、あの」

『どうかした? 足りなかった?』

「ちょっといいですか?」

 俺がドアを開けると、ひかりさんと早苗さんが待っていた。

「どうかしました?」

 首を傾げるひかりさん。

 俺は頭を掻きながら、最後の制服のパーツを見せた。

「?」

 まだ解らないといったひかりさん、早苗さんもポカンとしている。

「俺、前の学校で詰襟だったから、ネクタイの結び方知らなくて」

「「ああっ!」」

 二人の顔がパアッっと明るくなる。

「まったく、しょうがないわね」

 真っ先に手を伸ばしてきたのは早苗さんだった。

 ネクタイを俺の首に回したところで、手が止まる。

「あの、早苗さん?」

「早苗姉さん……どうしたの?」

 なんだか急に汗だくになる早苗さん。

 俺を見て、それからひかりさんを見ると、

「ごめん、私、今まで他人のネクタイしてあげたなんてない」

 言うとひかりさんの後ろに隠れてしまった。

 とほほといった顔でひかりさんは俺の前に立つと、

「ちょっと動かないでね」

 言いながら、何事もなかったかのようにネクタイをしてしまった。

「コラーッ!」

 途端に早苗さんの目が三角に。

 さっきの仕返しチョップがひかりさんの頭に直撃だ。

 ☆を散らしながら前のめりになるひかりさんに、早苗さんは容赦なく続ける。

「ちょっとひかり、あんた何やってんのよっ!」

「お、お姉ちゃんの方こそ何を……痛い……」

「他人の……男のネクタイをどうしてしめられるのよっ!」

 って、早苗さんが怒鳴っているとひかりさんが肩を震わせながら顔を上げた。

 もう、手はチョップの準備完了。

「お姉ちゃん、何が言いたいの?」

 低めのトーンで言うひかりさんに、早苗さんは青ざめてしまう。

「い、いや、だって、その……」

「何っ! お姉ちゃんっ!」

「他人のネクタイなんていつしめれるようになったのかな~なんてね、練習でもしてたのかな~ってね」

 って、引きつりながら言う早苗さん。

 もう、どっちが年上だかわからないや。

 肩を震わせていたひかりさんの頭から怒りマークがポンポン弾け始めた。

 準備されてたチョップが振り下ろされ、

「わたしは風紀委員もやってるから、服装チェックくらいするのよっ!」

「痛いっ!」

「わたしが校門立ってる時、お姉ちゃんも中学の校門立ってるよねっ!」

「痛いっ!」

「お姉ちゃんもそこのところ、知ってるよねっ!」

「痛いっ!」

 半泣きになってる早苗さんに容赦なく振り下ろされるチョップ。

 って、ひかりさん、俺の視線に気付いて急に赤くなると、

「うふふ、神代さん、ごめんなさい、さ、学校、行きましょ!」

 さっき、ネクタイをしてもらった時はちょっとドキドキしたけど……

 今はひかりさん、ちょっとコワイ。


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