米神荘ってどこ?
窓の外には田んぼが広がっていた。
風が吹くと、そんな田んぼが波打つのがキラキラしていた。
田舎……それが俺の感想。
バスの振動がまぶたを重くする。
名古屋から九州へ乗り継ぎでやって来た俺はつい、ウトウトしてしまった。
ハッとして目を見開くと次のバス停「米神荘前」の表示。
すぐにボタンを押して、改めて窓の外に目をやった。
「米神荘前」のバス停も小さく見えている。
でも、「米神荘」って建物らしいものは、さっぱり見当たらなかった。
バス停の周囲は一面田んぼ……
ずっとずっと田んぼ……
どこを見回しても田んぼ……
「米神荘」ってどこなんだろ?
バスが停まって、
「お客さん、着きましたよ」
「あ、はい、どうも……」
俺は小銭を出しながら、
「ここ、『米神荘前』……ですよね?」
「ええ」
運転手さんはニコニコしながら、
「お兄さん、この辺の人じゃないね」
「はい……米神荘に行きたいんですが」
運転手さんは吹き出した。
「ぱっと見田んぼしかないからね」
「ええ……米神荘、どこに?」
途端に運転手さんは真顔になって、
「さぁ?」
「さぁ……って」
「私も運転ばかりで、米神荘がどこにあるかまではね」
「でも、ここって米神荘前ですよね?」
「実は私も前から『どうして』って思ってたんですよ」
「……」
俺は戸惑いながらもバスを降りた。
「またの御乗車お待ちしております」
そんなアナウンスを聞きながら、俺は改めてバスの方を見た。
運転手さんが会釈をして、バスは走り出す。
俺はバス停の小さな建物の前で、改めて周囲を見回してみる。
「田んぼしかない……よな」
ポケットに手を入れてスマホを出す。
「調べれば……うっ」
って、思ったけど圏外だ。
電話もつながらないし、ネットもダメだからタクシーも呼べやしない。
「どうしよ……」
そう、画面をなぞって「米神荘」の番号を出してはいた。
でも、圏外だ。
これならバスに乗る前に電話をかけていればよかった。
「これ、おぬし」
「!」
「これ、おぬしじゃ、おぬし、少年よ」
「えっと……」
バス停の建物。
薄暗い中にはベンチがあって、女の人が一人、座っていた。
「俺ですか?」
「ここにはわらわとおぬししかおらぬ、少年よ」
最初はバス停の中がちょっと暗くて判らなかったけど、ハタチくらいの女の人が出てきた。
ちょっと眠たそうな感じで俺を見ながら、
「待っておったぞ……確か名前は……太市であったのう」
「あ、はい……俺の名前を知っている……米神荘の人ですか?」
「うむ、そうじゃ……太市は……太市は……」
女の人は何かを思い出そうと難しい顔になった。
「俺、米神荘にお世話になる事になった神代太市です」
「おお、そうじゃ、『くましろ』じゃ、『くましろたいち』じゃ!」
「よろしくおねがいします」
「うむ、今どきの若者にしては挨拶できるのう」
「はぁ」
「米神荘はこっちなのじゃ、着いて来るがよい」
彼女は手をヒラヒラさせながら歩き出した。
俺はそんな彼女の背中を見ながら、
「あの……」
「なんじゃ?」
「この辺は、田んぼばっかりですね」
「そうなのじゃ、田んぼばかりなのじゃ、めずらしいかの?」
「電話がつながらないから、びっくりしました」
「おお、この辺は電波が弱いかのう」
さっきから聞いていると、彼女のしゃべり方、ちょっと古めかしい。
見た感じはハタチくらいなんだけど、時代劇かかっている感じだ。
聞いていると、なんだかちょっとおばあちゃんっぽい。
そんな彼女が急に振り向いてコワイ目をして、
「太市、おぬし、高校生であろう」
「はい」
「確か2年であろう」
「はい……詳しいですね」
「おぬしの事はバス停から連れて来るように言われておるでの」
「それで……ですか」
「うむ、おぬしの事は知ってはおるが、一つ聞きたい事があるのじゃ」
「何ですか?」
「高校2年……中途半端な時期に何事かの」
「!!」
聞かれて俺自身も返事に困った。
首を傾げながら、
「俺もいきなりで……」
「問題でも起しておったかの?」
「別に……いきなり親から一人暮らししろって言われたけど……」
「ふむ」
「『米神荘』はシェアハウスって事だから一人暮らしなのかなぁ」
「まぁ、親元を離れてって事であろう」
「そう言われると、そうかもしれませんね」
「それに、いきなり一人暮らしでは、乱れるというものであろう」
「……」
「おぬしも高校生、桃色生活にあこがれるであろう」
この女の人、さっきから言葉使いもなんだけど、中身もなんだか……
……おっさん?
……おばさん?
逆らわない方がよさそうだ。
とりあえず愛想笑いしとこう。
「あはは、そうですね、だからですかね」
「しかしこの米神荘、おぬしの理想かも知れぬ」
「は?」
どれだけ歩いたか、話していて感じなかった。
いきなり現れた米神荘。
見とれていると、その女の人はいつの間にかいなくなっていた。
「あれ……どうしたんだろ?」
でも、話している感じからここの住人らしい。
これからも何度も顔を合わせる事になりそうだけど……
なんとなく、だけど、あんまり関わりあいになりたくないなぁ~思った。