プロローグ
今夜は不思議な客人がやってきた。
サムライのような格好をした大男だ。
笠をとると、驚くほど美丈夫だった。
その威風堂々とした立ち姿に、同じ男として少し尊敬の念を抱く。
「マスター、酒だ。そうだな、ラムを数本。あとおすすめの肉料理」
「かしこまりました」
ラムを数種類と特上ステーキを準備すると、男は嬉しそうに食事を始めた。
私は興味が沸いたので、喋りかけてみる。
「変わった格好をしていらっしゃいますね」
「旅をしててな。ここらには最近来たばかりなんだよ。よかったら、色々と教えてくれないか?」
「かまいませんよ」
そうですね……。
「まず、ヴァンパイアはご存じですか?」
「知らん」
「……お客様、相当遠くから旅をしてきたのですね」
ヴァンパイアを知らないものがこの世界にいるとは。
少々驚きだ。
「ヴァンパイアって、血を吸うバケモノのことか?」
「そうです。この店に入る前に、北の方に高層ビル群が見えたでしょう」
「ああ」
「ヴァンパイアの都、夜の帝国です。ここはギリギリ帝国外ですね」
「夜の帝国にゃ、ヴァンパイアがうようよいるのか?」
「ええ、それはもう。住民の80パーセントはヴァンパイアです」
「残りの20は?」
「人間です」
「共存できてんのか?」
「いいえ、人間は奴隷か餌です」
「ふぅん」
男は興味なさげにラムを呷る。
私は男が帯びている得物を見る。
刀だ。
「お客様が帯びているのは」
「相棒だ」
「……無礼を承知で申しあげますが、その武装のみで夜の帝国周辺を生きていくことは不可能です」
「安心しな。俺は剣客だ」
「……ヴァンパイアは人智を超えた怪力、変身や透過といった能力を持ちます。人間相手ならいざ知らず、奴等を相手に肉弾戦をするのは自殺行為です。おすすめのガンショップがございます。紹介状を出しましょうか?」
「アンタ優しいねぇ。でもいいや。遠慮しとく。俺は何処までいっても剣客だ。ククク」
「……そうですか」
この男には何を言っても無駄そうだ。
強い信念を感じる。
私程度では、覆すことはできなさそうだ。
「じゃ、これが最後の質問だ。一番強いヴァンパイアの名前は?」
「ノーランでしょうね。最強の真祖。つまり最強のヴァンパイアです」
「真祖ぉ?」
「吸血鬼は歳をとるごとに力を増していきます。中でも1000年生きた個体は圧倒的な強さを誇ります。それが真祖。夜の帝国でも四名しかいません。真祖の中で最強とされているのが、ノーランです」
「……なるほど、わかった。色々サンキューな」
男はいつの間にかステーキを平らげていた。
ラムもからっぽだ。
「おいしかったぜ。勘定」
払って、外へ出ていく。
私は呆けながら、男が出て行った扉を見つめていた。