第六証人「金獅子・グランドソウル」
「折角二対一で楽しもうと思ったのに。我が弟子ながら、不甲斐ない」
大和は光の粒子となって消えていった秋水を覗きながら嘆息する。
「まぁいい。グラン、殺し合いを愉しもうぜ」
「殺し合い? 貴殿が我を一度でも殺せたことがあるか?」
「うんにゃ、そうなんだよなぁ。お前、世界中の魔術の不老不死を極めてるから、俺の気でも殺せないんだよなぁ」
だが、と大和は笑う。
「殺せないなら、楽しむだけだ。斬り合いを」
「そうか」
では、付き合うとしよう。
何、長い付き合いだ。
遠慮はしない。
「黄昏が始まる。予言と悪夢は現実となり、巨人の子等が太陽と月を呑み込む。大地は揺れ、天は崩れ、灰色の狼が忌々しき呪縛から解き放たれた」
「おうおう、早速出してくれるのか。金獅子様のオリジナル魔導。究極のマジック、神話魔導を」
大和は気を更に練り上げる。
迎撃の態勢に入った。
いいだろう、我が渾身の魔導、食らうがいい。
「虹の門番が角笛を高らかに吹き鳴らせば、神と巨人が世界を分かつ。主神は狼に呑み込まれ、雷神と蛇は共倒れ、戦士と巨人が屍の山を築く。熾烈を極めし戦いに幕を引くのは、炎の巨人が齎す無慈悲な一撃なり。生き残った者、人間、妖精、九つの世界共々は灰燼へ帰す」
「終焉の業火」
刹那、放たれる無限熱量の焔。
三千世界に張った超高密度多重障壁を幾層も破壊し、焦がす。
全知全能の神魔霊獣であれ問答無用で灰燼に帰す一撃だ。
大和であれ、無事では済まない筈……
と、楽観視しすぎたか。
焔を切り裂き現れた鬼に、我は足技で応戦する。
我は魔導師だが、近接戦闘ができないわけではない。
両手は魔術の要なので、足技に特化しているが。
「足癖が悪いな」
「許せ。両手は魔導師の要でな」
我は距離を取ろうとするが、大和がそれをさせない。
幾ら足技が使えるからと言って、近接戦闘専門である大和に勝てる筈がない。
そして、先ほどの技、風林火山の効果は未だ持続している。
大和の総合火力は桁外れに上昇しており、奴を中心に形成された気のドームは、我の力を吸っていく。
吸われた力は大和の糧となり、奴を更に強化していく。
近付かれている内は、我とて勝機は薄い。
ふむ、面倒な。
秋水がいれば後方でバックアップしていればよかったのだが。
思いのほか使い物にならなかった。
我は今、強化系の魔術魔導でステータスを全体的に底上げしている。
が、それでも先ほどから斬り裂かれている。
不老不死を極めたおかげで死んではいないものの、普通であればもう数百回は殺されていた。
「一応結界は張っているのだがな」
「残念。結界がなければ、もう少し押せるんだけどなぁ」
我の身体には三千世界に施しているものと同様の結界が張られている。
超高密度多重障壁。
様々な分野の魔法障壁を緻密な配列で並べており、物理、魔術、精神、毒、石化、炎、凍結、電気、腐敗、核放射、ブラックホール、分解、即死、空間湾曲、空間切断、時間操作、因果律操作、その他あらゆる干渉を遮断する。
普通の物理攻撃であれば完封できるのだが、大和の剣には異様な気が纏わりついている。
あれで、結界を絹豆腐のように裂かれている。
「疾きこと風の如く・二式、降魔剣」
二式か。
風林火山陰雷の派生。
特殊な気を武器に纏うことで、森羅万象、概念を問わずあらゆるものを切断できる。
最早剣士ではなく仙人だな。
気を極めたせいで、強さに磨きがかかったのではないか?
ただでさえ手を付けられなかったというのに。
全く。
どうして超越者という生き物は、こうも無限に成長していくのだろうか。
面白い。
「ククク、テメェになら試してもいいだろう」
大和はそう呟き、気のリミッターを開放する
これは……
「極意・風林火山陰雷」
大和が消える。
瞬間、我は素粒子単位で切断された。
◆◆
「フフフ、黒鬼の真の強さとは、かくなるものか……」
知ってはいたが、いざ体験してみると、全く違うものだ。
我は今、下半身を失った状態で三千世界に浮遊していた。
我を見下ろしている大和は、肩で息をしながら刀を突き付けている。
「風林火山陰雷、全部を同時発動させるのは五分が限界か……」
「何を言う。あの状態の貴殿はまさしく鬼神。超越者でも勝てるものはおるまいよ」
「褒めるのが下手だな。相性の問題だ。お前は初見……いいや、初体験で、しかも俺はお前の障壁を抜ける術を持っている」
「フフフ」
風林火山で爆発的に上昇したステータス。
それに更に気配が完全に森羅万象と一体化し、スピードが規格外になった。
手が付けられないよ。
世事を抜きに、あの状態の大和は超越者最強だ。
「これぁ、超越者以外には使えねぇな。疲れるし、何より戦いを楽しめねぇ」
大和は二刀をしまい、その場に座り込む。
「あともうすぐで、テメェを殺せそうだったんだがな」
「惜しいな。あと一分あれば、我は久々に死を体験させてもらっていた」
「本当に惜しいぜ。あとテメェ、もうちょっと本気でやれ」
「何を言っている。本気でやっていたさ」
「そうか? 俺には遊んでいるようにしか見えなかったが?」
「気持ちの持ち方の違いだろう。我にとって戦いは遊びなのだ。我は魔導師であり、戦士ではない。貴殿のような戦闘狂ではないからな」
「そういうもんか」
「ああ、そういうものだ」
我は大和の瞳を覗き込みながら、唇を歪める。
「で、どうだった? 愛弟子を斬った気分は?」
「別に。弱い奴には興味ねぇよ」
「本心か?」
「ああ」
「……フフ、貴殿は本当に変わってしまったな」
「お前も秋水のように、俺に昔のように戻ってほしいと思ってんのか?」
「いいや、別に。むしろ世界を救った英雄の末路としては、最高なのではないか?」
「皮肉かよ。クソったれ」
大和はジト目で我を睨むと、頭を掻き始める。
「なぁ、お前に少し頼み事があるんだが」
「貴殿は勝者で、我は敗者だ。かまわんよ。何だ?」
大和は苦笑しながら、事情を話した。