第三証人「白羅刹・秋水」
私は生まれながらに忌み子として迫害されていた。
赤い瞳、死人のような白い肌と髪。
世間一般でいうアルビノだが、私の村では周知されていなかった。
何時も、独りぼっちだった。
「どうした? そんな死人みてぇな面しやがって」
紅葉の森で隠れていた私を見下ろしていたのは、褐色肌のサムライだった。
彼は私を見て、苦笑していた。
「腹は空いてるか?」
「……」
私はコクリと頷いた。
サムライは懐からおむすびを取り出した。
「食え」
「っ」
涎が出る。
数日ぶり、いいや、数週間ぶりのまともな食料が、目の前にあった。
しかし私は、手を出さなかった。
毒が入っているかもしれない。
警戒していた。
今まで、食料を渡されたことなんてなかった。
自給自足か、盗むか、どちらかだった。
「警戒してるのか? おら、俺も食べてる。毒は入ってねぇぞ」
一口頬張って、差し出すサムライ。
私はそれを取って、隠れて食べた。
サムライはまた苦笑した。
「お前、名は?」
「……ない」
「そりゃ不便だ。なら、そうだな……」
サムライは周囲を見渡す。
「秋水」
「?」
「お前の名だ」
「しゅう、すい?」
サムライは踵を返す。
「ついてきな。生きる術くらいは教えてやる」
「……」
私は暫く悩んだが、サムライの背中がどんどん遠ざかっていくのを見て、追いかけた。
彼なら、今の状況を変えてくれるかもしれない。
そう思ったから。
◆◆
「大和様!」
「どうした、秋水」
「水を持ってまいりました!」
「ありがとう」
頭を撫でられる。
気持ち良くて、私は瞳を細めた。
あれから私はサムライ、大和様の従者として、傍に仕えていた。
大和様はサムライマスターと呼ばれる伝説の剣豪で、世界を救う旅をしている最中だった。
私はその途中で拾われたのだ。
大和様の日課の鍛錬を邪魔しないよう、私は何時も離れて彼を観察していた。
大和様は優しい。
最初は警戒していた私を、嫌な顔一つせずに可愛がってくれた。
今では依存しきっている私を、大和様は変わらず愛でてくれる。
私は何時しか、大和様と同じく剣士になりたいと思い始めていた。
大和様のように、困っている人々を救いたい。
守ってあげたい。
かつて自分が大和様に助けてもらったように。
今度は自分が、無辜な民達を守りたいと。
大和様に話すと、複雑な表情をなさった。
「お前のその純粋な心を俺は尊重したい。剣術、教えよう」
私は嬉しさのあまり大和様に抱きついた。
◆◆
私にはどうやら天賦の才能があったらしく、ほんの数年しない内に、大和様から免許皆伝をいただいた。
「俺が教えることは何もない。……いいか? 秋水。弱き者達のために剣を振るえ。悪を倒すために剣を振るえ」
「承知しております」
「ならいい」
それから数十年、大和様の御供をしながら剣の腕を磨いていると、世界がざわめきはじめた。
世界を滅ぼす存在、邪神が、活発に活動しはじめたのだ。
私と大和様は世界を転々としながら、邪神討伐に専念していた。
その頃からだろうか。
大和様が夜中、酒を飲みながら、一人で悩んでいる様子を見るようになった。
私が声をかけても、心配するなの一言で終わる。
私はその一言を聞いて安心してしまい、深くは聞かなかった。
大和様を慕う者達が集い始めた。
大和様は皆可愛がっていた。
邪神討伐の旅は続いていた。
邪神は三千世界に生きとし生ける全ての生物の負の感情。
三千世界から生物がいなくならない限り、邪神が消えることはない。
幾ら討伐してもキリがない。
私達は大本である邪神王を封印することを決意した。
しかし、私達は剣士。
封印する術を持たない。
大和様は、超越者と呼ばれる埒外の強さを持った人間。
その一角であるグランドソウルの元へ赴いた。
グランドソウル。
古今東西あらゆる魔導を極めた魔人。
大和様はグランドソウルと二人きりで話し、戻ってきた。
交渉は成功し、封印を手伝ってくれるのだそうだ。
喜んでいるのもつかの間。
今度は他の超越者が大和様に襲い掛かってきた。
リナ。
ジョニー。
この二名を、大和様は同時に相手した。
周囲の被害など全く気にしない二人に、終始押されていた。
最終的に大和様は負けてしまい、殺されかけたところを私と仲間たちが決死の覚悟で突撃。
なんとか大和様を救出し、逃げることに成功した。
いいや、見逃してもらったのだろう。
しかし、そんなことはどうでもいい。
私の心にモヤモヤを残したのは、飛龍とジョニーと戦っている最中、大和様は笑っていたのだ。
まるで子供のような、無邪気な笑みだった。
寒気を覚えた。
殺されかけていたというのに、何故笑っていたのだろうか?
私は問おうとしたが、怖くて聞けなかった。
◆◆
グランドソウルの手助けのおかげで邪神王を封印した後。
つかの間の平和が訪れると思っていた。
だが、私の目の前は鮮血で染め上げられていた。
仲間達が無残な姿に変わり果てていた。
大和様は、二刀を手に持って、笑っていた。
「駄目だ。もう限界だ」
大和様は呆然とする私の首を飛ばそうと刃を奔らせたが、寸前のところで止まった。
「秋水。俺のことは忘れろ。……もう二度と、俺の前に姿を現すな」
それだけ言い残して、大和様は去っていった。
私はその後、数カ月間、空っぽの状態になった。
何がなんだか全くわからなかった。
何故大和様が他の仲間達を殺したのか。
何故、私の元から去って行ってしまったのか。
全くわからなかった。
その後、サムライマスター・ヤマトは行方不明になり、かわりに超越者が一人増えた。
大和。
誰だか、すぐにわかった。
私は必死に考えた。
何故、大和様が豹変してしまったのか。
考えても考えてもわからず、苦悩していた時、グランドソウルが突如私の前に現れた。
「大和は邪神を封印する最中に、強者と戦う狂気に囚われてしまったのだよ。誰かを救う結果よりも、その過程で強者を殺すことが楽しくなってしまったのだ」
アア。
アアア……
私のせいだ。
大和様は苦悩していた。
サインは出ていた。
見逃していた。
大和様なら大丈夫だと安心していた、私の責任だ。
それから私は、旅に出た。
大和様を止めるために。
だが被害は増すばかり。
被害にあった世界を回っていくうちに、私は大和様が既に手遅れなところまで来ていることを悟った。
だから、せめて、私の手で斬ってあげようと。
それが弟子である私の責務だ。