プロローグ
「ここが……」
私は魔獣界と呼ばれる伝説の世界へと来ていた。
気配でわかる。
この世界の住民は、皆百戦錬磨の強者達だ。
しかし、その気配の中でも、一際強大で、邪悪なものが一つ。
……魂まで、変質してしまいましたか。
昔の悠久の青空のような、あの温かい気配は、微塵も感じない。
「……師よ。今日こそ、あなたと決着を着けます」
◆◆
「おい、万葉。結界を張れ、爪牙と金太郎は万葉の傍にいろ」
「どうしたんだよ、兄貴」
「わからぬのか、犬」
「ああ? だから何だよ」
「この世界の空気が変わった。来訪者じゃ、それもとびきりのな」
「……!」
俺は気配を察して、顔を顰めた。
「この気配は……ッ」
「超越者だ」
兄貴がそう吐き捨て、屋敷の入り口を見る。
「それも、少し面倒な奴だ。下手したらアキよりもな」
兄貴が顔を顰める。
門前には、純白のサムライ衣装に身を包んだ女が立っていた。
肩には真紅のマントを羽織っていた。
兄貴と一緒かよ。
それだけでも気に食わないのに、更に目鼻顔立ちが整っているんだから、舌打ちが出る。
純白の髪は肩辺りで綺麗に揃えられている。
瞳の色は、赤色だった。
肌もやけに白いし、アルビノか?
女は兄貴に向かって儚げに微笑んでみせる。
「お久しぶりです。大和様……我が師よ」
「そうだな。秋水……俺の最初の弟子よ」
「!?」
最初の弟子!? コイツが!?
俺が驚いていると、金太郎が俺の胸にせっせと隠れた。
「お姉ちゃん、僕、怖いよ……」
「ああ……」
二人のオーラが具現化する。
黒き鬼と、白い羅刹。
両者共に威嚇しあっている。
な、なんつー殺気のぶつかり合いだ。
鳥肌が立つ。
「ここでは周囲に被害が出ます。三千世界へ赴きましょう」
「いいのか? 三千世界だとしても、俺達が戦えば被害は増すばかり」
「他の超越者に結界を張ってもらっています」
「結界……ふん、アイツか。何時から手を組んだ?」
「あなたには関係ありません」
「カッ」
兄貴が心底といった様子で溜息を吐く。
「……なぁ、秋水」
「何でしょう」
「このまま帰れ。今なら見逃してやる」
「……見逃してやる、とは随分な言い方ですね」
「できればお前を斬りたくない」
「私はあなたを斬りたいのです。いいや、斬らなければならない」
「……どうしても、か?」
「はい」
「……」
兄貴は瞑目し、顎を擦る。
「しゃあねぇ、なら殺してやるよ。秋水」
「いいえ、斬られるのはあなたです」
二人は消える。
三千世界へ転移したのだろう。
「ふぅ……よかった。あの二人が本気で戦えば、魔獣界が消し飛ぶからな」
「……なぁ」
「なんじゃ」
「俺ってさ、超越者同士の本気の戦いをまだ見たことないんだよな。……兄貴の本気って、どれだけ強いんだ?」
「見ていればわかる。馬鹿でも一目でな」
「……」
俺は黙って、ババァが作り出したスクリーン映像を見る。
そこには、広大な宇宙空間に佇む二人のサムライがいた。
「黒鬼と白羅刹、どちらも超越者随一の剣の使い手じゃ」
黒と白の剣士。
果たしてどちらが勝つのか。
……いいや、信じてるぜ兄貴。
兄貴が勝つって。