第二証人「剣客・工藤正志」
私の名前は工藤正志。
剣の道を極めんとしているものだ。
現在、私は深夜の道場で一人黙想をしている。
傍らには、真剣を置いていた。
数週間前から知り合いの剣客達が惨殺されている。
相手は、同じ剣客だとのことだ。
昨日、忍から連絡が入った。
次の標的となるのは、おそらく私ということだ。
警護につこうかと問われたが、私は断った。
知り合いの剣客達の無念は、私がこの手ではたしておきたかった。
「!」
来た。
とてつもない邪気を感じる。
肌がピリピリと焦げるようだ。
……ッ、これが本当に、人間の纏える邪気なのか?
バケモノなのではないか?
「よぅ、わざわざ準備して待っててくれたのか?」
現れたのは、見事な美丈夫だった。
後ろで結われた黒髪、褐色の肌、灰色の三白眼。
ギザギザの歯が獰猛な肉食獣を連想させるが、鼻や顎などのパーツが綺麗に整っている。
服装は白の浴衣、黒の着物、その上から深紅のマントを羽織っていた。
片手に網笠を携え、私に笑いかける。
「嬉しいぜ。じゃ、早速斬り合うか」
嬉しそうな声音と共に溢れ出した邪気。
全身に鳥肌が立った。
まるで、死神に抱きしめられたかのような。
そんな、途轍もない悪寒を感じたのだ。
この男は、駄目だ。
この男は危険すぎる。
今までの私の経験が、警告を鳴らしている。
逃げろと。
今すぐ逃げろ、と。
「ッ」
しかし、引けぬ。
引けぬのだ。
私は刀を携え、立ち上がる。
「貴殿が噂の剣客殺しか」
「おう」
「私の名は工藤正志。貴殿の名は?」
「大和だ」
……意外、だった。
名乗りを上げたら、名乗り返された。
相手は、剣客としての最低限のマナーを弁えているのだ。
相手が今までしてきた所業、そして溢れ出る邪気。
とてもではないが、会話が通じる相手ではないと思っていた。
名乗っている最中に斬りかかられるのではないかと、思っていた。
「どうした? 意外そうな顔をしてるな」
三白眼を細められる。
私は一呼吸し、相手へ問うた。
「大和よ。貴殿に聞きたいことがある」
「何だ?」
「何故人を殺す? 何か目的があるのか?」
そこだけは、はっきりとさせておきたい。
もし下らぬ理由であれば、一片の慈悲無く斬り捨てる。
もし何か理由があれば、内容によっては考えよう。
……私の友等を斬ったことは、決して許しはしないが。
「強者と闘いたいだけだ」
「……は?」
「俺は強者と闘いてぇ。それだけだ」
「…………そうか」
わかった。
「貴殿は、鬼なのだな」
なんということだ……
「……大和、お前は私が斬る。斬らなければならない」
「やる気になったかい?」
「……ああ」
私は刀を抜く。
大和も刀を抜いた。
私の構えは正眼。
大和の構えは……
「……どうした、構えないのか」
「なぁに、最初は小手調べさ」
大和は嗤いながら刀を担ぐ。
そして、悠々とこちらへ歩み寄ってきた。
あまりに予想外の動きに、私が呆然とした瞬間。
大和が消えた。
「!」
私は咄嗟に頭上からの攻撃に備える。
刹那、叩きつけるような斬撃がふってきた。
続いて第二撃。
大和は恐ろしいほど低空にしゃがみ、脛を斬りつけてきた。
なんて剣術だ。
このような攻撃、現代に伝わる剣術では絶対習わないだろう。
ルール無用、本当の殺し合いに特化した、殺人剣。
初めて体験する攻撃に、私も対処法がわからない。
仕方なく、剣を地面に刺して止める。
それが悪手だった。
大和は咄嗟に刀から手を放し、私の衣服を掴む。
そして、背負い投げした。
「ぐぅ!」
衝撃で肺にあった空気が全て抜ける。
目がチカチカする。
回復した頃には、大和が私を見下ろしていた。
首元に刀を突き付けて。
「やっぱり駄目だ。この世界の剣客は。殺し合いに慣れてない。生温くていけねぇや。まだ忍のほうがマシだぜ。なぁ、工藤正志、最後に言い残したいことはあるか?」
「……大和、お前は一体、どれだけ人を斬ってきたんだ」
「忘れた。それくらい、斬ってきた」
「……そうか」
私は苦笑する。
私の頸動脈に、冷たい刃が通り抜けた。
熱い血潮が噴き出る。
私は痛みを感じないまま、意識を失った。