第二証人「七騎士序列三位・ミスター」
私はカルロスさんを部屋に招待し、最近見るサムライの悪夢について愚痴っていた。
酒を一緒に飲みながら、カルロスさんは嫌な顔一つせず聞いてくれた。
助かる。
最近、数日前に殺したサムライが、私の夢の中に出てきて殺しにくるのだ。
全力で対抗している。
しかし、負けてしまう。
私が目覚める時は、殺された瞬間だった。
「む……」
「なんだろうね。頭のモヤモヤがとれたような……」
「カルロスさんも感じましたか」
「うん」
私逹は首を傾げた。
この憑き物が落ちたような感覚……
私だけが体験するならまだしも、カルロスさんまで感じるということは。
考えられるのは、完全催眠の異能を持つジーナさんが催眠を解いた。
憶測に過ぎないが、信憑性は高いと思う。
どちらにせよ、ジーナさんに直接聞いたほうがいいだろう。
返答によっては……まぁ、少し話し合いをしなければならない。
「カルロスさん」
「うん☆ ジーナちゃんのところに行くんでしょ?」
「察しがよくて助かります」
私逹は立ち上がる。
すると、扉が開いた。
訪問者か?
首を傾げていると……私逹は、信じられないものを目にした。
扉の前に立っていたのは、なんと、数日前に殺したサムライだったのだ。
「よぉ、テメェ等、俺を殺した異能者だな」
口角を吊り上げ、サムライは私逹を鑑定するかのような視線を向けてくる。
「ふむ、ふむ、あのお嬢ちゃんとは違って、期待できそうだ」
サムライは頷きながら、適当な椅子に腰掛けた。
「……あなた、どうして生きているんですか?」
「冥界ってのも中々楽しいところでよ。遊んでたら何時の間にか罪を精算し終えてたってわけよ」
「……」
冗談で言っているのか。
真偽を確かめるべく、私は更に質問を重ねようとするが、
「その前に、サムライさん。そちらの連れですか? 先程から私逹の首を虎視眈々と狙っている何者かは」
「……爪牙、隠れてないで出てこい」
「あーい」
サムライの影から少女が出てきた。
その可憐な顔に不釣り合いな凶悪な笑みを浮かべている。
「いやぁ、兄貴。コイツ等中々やるよ。五回殺そうとしたのに、五回とも避けやがった」
「遊ぶのは大概にしろよ。俺とお前、一人ずつだ」
「オーケー」
爪牙と呼ばれた少女は適当に酒瓶を取って呷り始める。
サムライはさて、と足を組んで、私逹に笑いかけてきた。
「もう質問はいいか? じゃあ、殺し合おう。俺達はそのために来たんだ」
「待ってください。先程の質問に真面目に答えてください。あなたは私が確実に殺したはずだ」
「俺は冗談で言ったつもりはなかったんだが……なぁ、爪牙」
「でも兄貴ぃ、冥界行ったことない奴等からしたら、冗談にも聞こえるだろ」
「あ、そっか」
サムライはやれやれと肩を竦める。
「ま、そんなことぁどうでもいいだろう? 俺逹がここにいて、お前等がいる。それだけじゃねぇか」
「……」
「さっさと殺し合いしようぜ」
「……」
「……」
「……」
「……」
刹那、カルロスさんと爪牙が消えた。
「はっはー!! 兄貴、こいつは俺が貰っていくぜ!!」
「ミスターさん。僕はこの子とちょっと遊んでくるよ☆」
そのまま壁をぶち抜いて、隣の部屋へ行ってしまった。
私とサムライは、まだ行動を起こしていない。
「よし、じゃ、俺達もやるか」
「……そうですね」
サムライはゆっくりと刀を抜く。
私も拳をかまえた。
「ボクシングか?」
「まぁ、ね」
「……能力は使わねぇのか? 異能力者だろう」
「最初は小手調べですよ」
「ふむ……」
サムライは顎をさする。
「じゃ、さっさと本気にさせますか」
サムライと私の拳が、瞬時に交差した。
◆◆
ここ数日、夜な夜な見る悪夢の根源が、死から舞い戻ってきた。
嫌な予感はしていた。
夢の中で私を殺しに来るこのサムライは、私がどうあがいても、最後には首を飛ばしてく。
安定剤と睡眠薬を過剰摂取しても、悪夢が消えることはなかった。
このサムライをもう一度殺せば、消えるのか?
だとすれば、殺すしかない。
「シッ」
ジャブを一呼吸に10発放つ。
サムライは手でそれら全てを払いのけてから、荒々しい突きを放ってきた。
ヘッドスリップで避けるが、そのまま刃を寝かせて横に薙いでくる。
私はしゃがんで、そのまま巻き込むようにアッパーを放った。
完全に懐に入った。
当たる。
「!」
サムライもヘッドスリップで避けてきた。
しかし、まだ私の射程圏内だ。
逃がしはしない。
そう思ってガードを上げて突撃すると、サムライが脇差を抜きはなった。
咄嗟に避けるが、頬を掠め鮮血が飛び散る。
「ククク」
そこからはサムライの一方的なゲームだった。
サムライは以降私を懐に入らせることなく、二刀を巧みに扱いながら波濤の如き攻めを展開してくる。
相手の得物は刃物。
掠っただけで致命傷になるので、避けるしかない。
しかし、サムライは逃がしてくれそうにない。
徐々に追い詰められる。
仕方無い。
「おっと」
サムライがバックステップを踏む。
惜しい、刀ごと消滅させようと思ったのに。
「ふむふむ、テメェの周りに漂うオーラ。危険なニオイがぷんぷんするぜ」
「消し飛ばしてあげますよ」
私は突撃する。
サムライは私を斬ろうとするが、躊躇い後退する。
敵ながら、いい判断だ。
今の私に触れれば、あらゆる物質は消滅する。
分子間結合分解能力。
絶対的攻撃力であり、絶対防御力を誇る私の異能は、物理戦ではほぼ無敵。
サムライはおそらく物理攻撃タイプ。
私との相性は最悪と言っていい。
しかし、戦闘で油断は禁物。
私はジャブを連打し、出方をうかがう。
「えげつねぇな、ジャブが一撃必殺クラスになってらぁ。触れたものを粉々どころか完全に消滅させる異能。……相性が悪いな」
サムライはそう言いながらもきちんと避けている。
そして私のことをじっと観察していた。
「試してみるか」
サムライは刀にオーラのようなものを纏い、ガードの体勢に入る。
私はここぞとばかりに渾身の右ストレートを放った。
火花が散り、サムライの刀身が私の拳を受け止める。
「馬鹿な!?」
「やっぱり気は万能だな。異能に対しても効果を発揮するみてぇだ」
そうとわかれば話が早いと、サムライは一気に攻勢に出てきた。
一瞬避けるか避けまいか悩んだが、絶対的防御力を誇っている今の状態でも、サムライのあのオーラを纏った刀を無防備で受けるのは躊躇いがあった。
避けていると、刀の先が服を掠める。
服は当然のように斬り裂かれた。
やはり……
「私の異能が無効化されている」
「残念だったな」
しかしだ、とサムライは朗らかに笑う。
「これで一方的な蹂躙から五分五分になったわけだ。だから、愉しもうぜ。なぁ、なぁ、お前、目が最高にクールなんだよ。普通じゃねぇ。かと言って、俺達みたいな戦闘狂じゃねぇ。もっとクレイジーな目だ。……人を殺すのは好きか?」
「愚問ですね……」
私は笑ってみせる。
「万象総ては朽ちるもの、壊れるものです。私は森羅万象の法則の代弁者に過ぎませんよ。その自負もある」
「つまり、万物壊すの大好き野郎ってことか?」
「そうですね」
「ハハッ、じゃあ俺も壊してみろよ!」
「言われずとも!」
拳を握りしめ、振るう。
互いに一撃必殺の威力を持っているので、防御は全て回避だ。
私は何時の間にか、口元に笑みを浮かべていた。
狂気の笑みを。
「ふふふ、ははははは。ここまで苦戦したのは久しいですね!」
「もっとだ! もっと来い!」
「ですがねぇ! 私は一方的な破壊行為が好きなんですよ! いい加減、死になさい!」
「嫌だね! もっと愉しもうぜ! 踊ろうぜ!」
サムライは本当に楽しそうに剣を振るっている。
彼に出来た一瞬の隙を見逃さず、私は懐に入り込んだ。
そして、ボディーブローを放つ。
「ごふっ」
サムライの身体がくの字に曲がった。
やはり、身体にも気というものを纏っていたか。
なら、物理攻撃で圧倒するしかない。
アッパーを放つ。
サムライの顎が跳ね上がった。
そこから縦横無尽、怒濤の連撃に入る。
ワンツー、フック、アッパー、連打に連打を加える。
コンビネーションの連続にサムライの顔が四方に弾けるが、逃がしはしない。
「終わりです」
私は息の根を止める最高の右ストレートを額に放とうとするが……
サムライは頭突きをしてきた。
カウンターで威力が私の拳に全て集約され、骨が砕ける。
「ぐぁぁ!!?」
「ぬるい。ぬるい拳だぜ。異能に任せている分、ヒットすることを優先させた、力の入ってねぇ拳だ。そんなんじゃ、人を殺すことはできねぇぜ?」
サムライは唇に血を浮かべながら、獰猛に笑ってみせる。
「パンチってのはなぁ」
サムライは刀を地面に突き刺し、瞬時に私の目の前に現れる。
「こう打つんだよ!」
サムライの拳が頬に当たった瞬間、視界が一回転する。
「……は?」
意味がわからなかった。
しかし、首に違和感を感じる。
触れると、首がねじれていた。
……あまりの威力に、首が一回転したのか?
そう気付いた時、私の意識は途絶えた。
◆◆
「あれま、パンチの仕方を教えようとしただけなんだが、脆いな。もうちょっと楽しもうと思っていたのに。やはり、手加減は難しい」
俺は刀をしまうと、爪牙を探しにいく。
物理的に開かれた穴を進んでいくと、いた。
爪牙は、さっきのピエロの上に跨がり、顔に鋼爪を突き刺し続けていた。
「ははっ!! オラオラオラァ!! ひひっ、はははははははは!!!!」
「爪牙」
「おう兄貴!! こっちは終ったぜ♪」
振り返ってにっこりと笑う爪牙。
顔面は返り血で紅く染まっている。
はぁ。
「こっち来い」
「?」
ったく。
「楽しむのはいいが、血は臭いがつくぜ。程々にな」
顔をハンカチで吹いてやると、爪牙は嬉しそうにする。
「あのピエロ、喋り方ウザいから串刺しにしてたんだ!」
「……」
ピエロ……だった奴の顔面は、無惨な肉の塊に成り果てていた。
爪牙は俺と違って成長の途中段階だから、手加減なんてしなかっただろう。
残念だったな。
俺が相手なら、お前はもう少し生きながらえただろうに。
ただ、爪牙に傷らしい傷は一つも見当たらない。
このピエロは、所詮その程度だったってことだ。
だったら興味はない。
強者以外に、興味はない。
「じゃあ、残りの強い奴を探しに行くぞ。今度はもっと余裕を持って、戦闘を楽しめ」
「おう! わかった!」
俺達は部屋を後にした。