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大和さんの異世界漫遊譚【完結】  作者: 桒田レオ
《第三章・魔獣界編》
12/48

プロローグ

 はじめまして。

 私の名前は七影しちえい、魔獣界の東地区の区長の屋敷を守る、七尾の狐である。

 今日も今日とて、屋敷に侵入しようとする者がいないか、目を光らせていた。


「……ふぅ」


 先ほど、休憩時間に入ったので、茶屋まで赴き、団子を頬張っている。

 魔獣界とは、次元の狭間にある魔獣達の世界。

 東西南北の地区に分かれ、それぞれの区で最強を誇る魔獣が、区長を務めている。

 東区は他の区に比べ、平穏だという。

 だという、というのは、私はあまり他の区へ足を踏み入れたことがないからだ。

 区長同士の仲は最悪らしく、区民達はなるべく他の区へ出入りしないようにしている。

 私も主様の護衛として赴いたことがあるだけで、自分から行ったことはなかった。

 魔獣界は弱肉強食だ。

 そもそも魔獣という種族が力至上主義な種族である。

 強ければ全てを手に入れ、弱ければ全てを失う。

 私はこの思想に、対して疑問を抱いたことはない。

 弱ければ強くなればいい。

 私はそうだった。

 死ぬほど修行して、それで弱かったのであれば、諦めればいい。

 むしろ死んだほうがいいのかもしれない。

 永久を生きる寿命を持つ魔獣。

 つまり、永久に迫害を受けるということである。

 私がもし、弱いままだったら、自殺していただろう。

 そういう世界なのだ、ここは。


「……はぁ」


 溜息が出る。

 何故か。

 彼氏がいないからである。

 彼氏が欲しい。

 欲しいよ~!!

 でも、私より強い男でなければ嫌なのだ。

 魔獣は弱肉強食思想。

 弱い雄など論外だ。

 ああっ、強い雄に侍りたい。

 身も心も忠誠を誓い、存分に愛されたい。

 ああでも、私には万葉様という絶対の君主がいて……

 でもでも……っ

 悶々としていると、茶屋の娘達が黄色い声を上げていた。


「ねぇねぇ! 知ってる? 東区にいるらしいよ。剣鬼様が!」

「ええ!? 剣鬼様が!?」

「いやーん! ほんと!? 今から会いに行こうかなぁ!」


 剣鬼。

 噂だけでは聞いている。

 外界で無双を誇る剣豪の二つ名だ。

 異世界を転々と旅しているらしい。

 曰く、一千万の神仏を一瞬で両断した。

 曰く、三千世界で一番強い剣士。

 曰く、魔獣界の区長、伝説級の魔獣達を一人で薙ぎ倒した。

 などなど……

 眉唾ものの噂ばかり、だが……

 これがまた、本当らしい。

 らしいというのは、区長の方々が、皆剣鬼にメロメロなのだ。

 言い忘れたが、魔獣界の魔獣達は全員雌である。

 つまり、好きになったり結婚をするのは外界の雄ということになる。

 故に結婚するものは多くなく、レズビアンに走るものも少なくない。

 魔獣界の魔獣は、外界の強者よりも強い場合が多いからだ。

 しかし、その剣鬼は違う。



 理想の雄。



「ゴクッ」


 生唾を飲み込む。

 私が子供の頃から噂になっていた。

 その頃から、ひそかに憧れていた。

 今、いるのか?

 この東区に。

 できれば、会いたい。

 一度、お目にかかりたい。


「おう、団子屋の姉ちゃん」

「大和ちゃ~ん! いらっしゃーい! 噂は本当だったんだね!」

「何時もの頼まぁ、御手洗50本な」

「了解!」


 入ってきて、編み笠をとったサムライ。

 私は見惚れてしまった。

 私だけではない。

 茶屋で働いていた娘、休憩していた者たちは、皆一様に見惚れていた。

 身長二メートル、体重は推定100キロほどか。

 和装の上からでもわかる鍛え抜かれた肉体。

 褐色の肌、灰色の三白眼、大きな口のギザギザの歯。

 後ろで結われた黒髪、ハンサムな顔立ち。

 まさしく肉食系。

 理想だ……

 魔獣達にとっての理想が、目の前に立っていた。


「ふぅ」


 剣鬼は座って、横に刀を置く。

 そして、煙管を吹かしはじめた。


「ねぇねぇ、あれって……」

「剣鬼様よね?」

「きゃーっ、サイン貰っちゃおうかなぁ♪」


 団子屋が静かにざわめきはじめる。

 私は団子を食うのすら忘れて、剣鬼に見入っていた。


「お」


 サムライと目があった。

 私は咄嗟に視線を逸らすが、サムライはおかまいなしに私の元まで歩み寄り、隣へ座る。

 な、な、な……っ


「よぉ、お前、狐か?」

「あ、ああ……」

「かなり高位と見た」

「まぁ……」

「なら、万葉の部下か?」

「!!」


 万葉。

 東区の区長。

 最強無敵の九尾。

 白面絢爛九尾狐だ。


「……そうだが」

「よかった、団子食い終わったら連れてってくれよ。万葉の屋敷に」

「なっ!?」


 私は立ち上がる。


「いくら剣鬼といえど、万葉様の屋敷へ入るなど、ご、言語道断!」


 顔を真っ赤にしながら言うことではないが、言わなければならない。

 剣鬼は首を傾げる。


「少し用があるだけだぜ?」

「駄目だ! まずは万葉様に許可をとってから……」

「……いいぜ。そのかわり、その間他の女と遊んでいると、万葉に伝えておいてくれ」

「……わかった」


 私は勘定をすまし、茶屋を出ていく。

 振り返ると、剣鬼がムカつく笑顔で手を振っていた。



◆◆



 屋敷にて。


「万葉様」

「何じゃ、騒々しい」


 凛とした声であった。

 顔を上げることができない。

 万葉様は魔獣界でも随一の美女と謳われるお方。

 七尾になった今でも、まともに顔を見ることができなかった。


「ハッ、緊急の案件でございます」

「何じゃ、妾はまどろんでおったのじゃ。手短に申せ」

「……剣鬼が、万葉様に会いたいと」

「!!? !!!?」


 ごてんと音がした。

 何事かと思ったが、顔を上げられない。


「お主、今、なんと……?」

「はい、剣鬼が、あなた様に会いたいと」

「剣鬼は、大和様は、今どこにおられるのじゃ! まさか、もうそこに!?」

「い、いえ、今は茶屋で団子を食っております。他の女と遊んでいると」

「何じゃと!!!」


 溢れ出た怒気に、思わず冷や汗が垂れた。


「お主、まさか大和様に余計なことを言わなかったな……?」

「い、いえ、とんでもない!」


 ……言ったといえば、八つ裂きにされそうな勢いだった。

 すいません、万葉様。

 嘘をついて。


「ならよい。もし言っておったら、八つ裂きの刑に処しておったわ」

「……ッ」

「よい。今すぐ大和様を連れて参れ。……いいや、時間が欲しい。三時間。三時間は時

間を潰せ。その間、決して無礼な真似はするな。よいな?」

「ハッ」



◆◆



 私は茶屋に戻った。

 すると……


「剣鬼様~っ、今夜暇ですか~?」

「よかったら、私達と一緒に遊びません?」

「ククク」


 早速、一大事だ。


「剣鬼……いいや、大和様」

「おう、さっきの。どうだった? 万葉の返事は?」

「三時間ほど時間が欲しいと」

「そうか。別にいいぜ」


 大和様は、既に多数の女を囲んでいた。

 いいや、囲まれている、といったほうが正しいか。

 皆、大和様の色香に吸い寄せられているのだ。


「……大和様」

「ん?」


 私は大和様の耳元で、小声で伝える。


(ご足労をおかけしますが、私について来てはいただけないでしょうか?)

(どうしてだ?)

(あなた様が他の娘と仲良くしていると、その、万葉様が)

(……そうだな。それは面倒だ。俺もさっきのは冗談だった)


 大和様も苦い顔をする。


「わかった。付いていくぜ」

「え~! 剣鬼様、行っちゃうんですか~?」

「待って~!」

「ええいお前たち! 彼は万葉様の客人だぞ! 控えろ!」


 その言葉に、女達はささーっと撤退する。

 当たり前だ。

 万葉様はその美貌と共に、気性の荒さで有名なのだ。

 私も怖い。


「屋敷の客間でお待ちいただくことになります。よろしいでしょうか?」

「いいぜ」


 そうして、私は大和様を屋敷へ案内した。



◆◆



 屋敷へ案内する最中、他の狐達も大和様を見てはしゃいでいた。

 私は客間へと案内して、一度礼をする。


「茶を持って参ります。寛いでお待ちください」

「おう。……なぁ」

「?」


 大和様は私に顔を近づける。


「あんま、緊張しなくてもいいぜ?」


 ニカっと笑う。

 ……ッ


「し、失礼します!」


 私は逃げるように距離をとり、障子を閉じる。

 そして、バレないように息を殺して、熱い息を吐いた。


「~っ」


 色香が強すぎる……っ

 まともに顔を見れない。

 途中から顔を見ないようにしていたのに、あんな間近で……

 駄目だ。

 私の雌が反応している。

 あの男に抱かれたいと。

 あの男に屈服したいと叫んでいる。

 駄目だ。

 駄目だ駄目だ。

 あの方は万葉様が愛する男。

 私程度が手を出していい存在じゃないんだ!

 ……ッ

 とりあえず、下着をはき替えよう。

 もう、グショグショだ……



◆◆



 着替えて、ついでにシャワーを浴びて、軽く身だしなみを整えて。

 それから茶を準備して、客間へと入る。


「長らくお待たせしました。茶を準備いたしました」

「……ZZZ」


 大和様は眠っていた。

 柱に寄りかかって、うたた寝をしている。


「……」


 私は忍び足で茶を置き、その場で座る。

 万葉様からお呼びがかかったら、起こしてさしあげよう。


「……」


 大和様の寝顔から、目が離せない。

 か、かわいい……

 あんなに凶悪な人相をしていたのに、眠っている時は、子供のようだっ。

 そのギャップに、母性本能が強く刺激される。

 もっと近くで見たい。

 もっと……


「!」


 私はいつの間にか、大和様の傍まで来ていた。

 だ、駄目だ駄目だ! そんな……


「ZZZ」

「ゴクッ」


 でも、ちょっとだけ、ちょっとだけなら……

 私は大和様に顔を近づける。

 アア……素敵だ。

 今すぐ襲いたい。

 肉欲の赴くまま、交わりたい。

 魔獣界の魔獣は性欲が強い。

 私も類にもれない。

 うううっ。


「……」


 私はそっと、大和様に寄りかかる。

 そして、浴衣に顔を埋めた。

「くんくん……」

 アア……いい匂い。

 百合の香りがする。

 それと、ほんの少しの男の体臭。

 たまらない。

 癖になる。


「くんくんくん」


 私は尻尾をぴちぴち振りながら、無我夢中に匂いを嗅いでいた。


「ハッ!?」


 正気を取り戻し、距離をとる。

 起きていないだろうか。


「ZZZ」


 眠っていた。

 なんと、今ので起きないとは……

 ……。

 ……。

 なら。


「……ぺろ」


 頬を舐めてみる。

 はぅぅ……美味しいよぉ。

 これが男の味。

 強い男の味……ッ

 たまらない。


「ぺろぺろぺろ」


 夢中で舐める。

 美味しい、美味しい……っ


「クッ、ははは、くすぐってぇぞ」

「!!!?」


 私は飛びのこうとするが、大和様に抱き寄せられる。


「どうした? 発情しちまったか?」

「あぅ……あっ」


 私の顔は今、リンゴより真っ赤になっているだろう。

 間違いない。

 顔を逸らすと、大和様は私の頬を舐めてきた。


「!!」

「おかえしだ」


 悪戯っぽく笑う。

 そして、私の首筋にキスをした。

 私は懸命に抗う。


「駄目ですっ。これ以上は、万葉様が……」

「誘ってきたのは、どっちだ?」

「ッ」


 それは……

 何も言い返せない。


「お前が、いけねぇんだぜ」

「ぁ……」


 大和様が顔を近づけてくる。

 キスを、される。

 私は震えながら、瞳を閉じて……


「……全く」


 こつんと、額を小突かれた。


「駄目だぜ、人が寝てるのを邪魔したら」

「……」


 私は額をおさえながら、瞳を俯けた。

 ……申し訳ない。

 でも。


「でも……」

「でも、何だ?」

「!」


 言葉に出ていた。

 私は咄嗟に口を塞ぐ。

 大和様は、穏やかにほほ笑んだ。


「……これから万葉に会う。だから、キスだけな」

「……っ」


 私は静かに、されど強く頷いた。

 私と大和様の顔が近付く。

 そして、唇が重なり合った。



◆◆



 数時間後。


「はひぃ……」

「もうそろそろやめとこう」


 既に、大和様と私の唾液の味の区別がつかなくなっていた。

 足腰が砕けてしまっている。

 下着もグショグショだ。

 交尾したい、なんて思えなかった。

 既に事後のような、深い陶酔感の中に浸っていた。


「シャワー浴びてこい。下着、凄いことになってるぜ」

「あっ……でも、立てません」

「……しゃあねぇ、シャワーはどこだ?」


 大和様に抱きかかえられる。

 なんて力強い腕だろう。


「万葉と会う時、ばれねぇようにな」

「はぁ、い……」


 ……はたして、万葉様と会うとき。

 私は元に戻っていれているだろうか?


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