第四証人「吸血鬼の王・ノーラン」
高層ビル群の中でも一番高いビルの上で、私は宿敵と相対していた。
「クロエを誑かしたみたいだな、あの性悪女めにしては、見る目があったと褒めてやろう」
「随分と高評価なんだな、素直に嬉しいぜ」
「テオを討ち取ったのだろう? であれば、高い評価を下さずになんとする」
「……高慢さと謙虚さが同居いているな、好きだぜ。アンタみたいなやつ」
大和は脇差を抜く。
ほぅ。
「二刀流か」
「本気だぜ?」
刹那、私は反射的に避けた。
しかし、首筋が大きく斬られていた。
血が噴き出る。
「なるほど……確かに、前とは一味違うな」
「だろう?」
大和は飛びかかってくる。
速い!
「しかしな! 前にも言っただろう!」
私は大和の二刀を素手でつかみ取る。
「スペックが違うと!」
「どうかねぇ」
両腕を斬り飛ばされる。
この程度、全く問題な……!?
「ククク、真祖の王にも気の流し込みは効くみてぇだな!」
「何をした!」
「体内に気を送り込んだだけさ! 神経系から細胞まで、ぐちゃぐちゃで機能停止してるはずだぜ。人間にやればそのまま溶けるんだが、さすがヴァンパイア。テオってやつの時と一緒で、アンタも再生能力がなくなるだけか」
「むぅぅ! 気だと!? こざかしい!」
私は再生力を無理やり上げる。
激痛が走ったが、両腕は回復できた。
「うぉ、マジか。結構流し込んだのに、無理やり回復しやがった」
「テオのような子供と一緒にされては困るな! 私は4000歳だ」
私の言葉に、大和はおかしそうに笑う。
「ハッ、たかが4000歳で何を粋がってやがらぁ!」
「なに!?」
私は大和の斬撃を避けながら問う。
「なら貴殿は私より年上だというのか!?」
「生憎、剣術極めすぎて人かどうかもわらからなくなっちまった身でねぇ! 老衰できなくなっちまったんだ!」
「ますますバケモノだな!」
そんな相手になら、もはや手加減する必要もあるまい!
「地殻変動クラスの一撃、耐えられるかな?」
「上等ぉ!」
私は蹴りを放つ。
大和はそれを二刀で丁寧にいなし、横へ受け流した。
衝撃は空を駆け、雲を穿つ。
「……なんだ、今のは」
「内緒♪」
「むぅ」
「そんな顔すんなって、教えてやるよ。「合気」ってんだ。相手の力のベクトルを操作する技術だ」
「なるほど……厄介だ」
力を受け流すか。
しかし、
「受け流せる量には限界が存在するんじゃないか?」
「試してみるか?」
「無論!」
私は足踏みする。
高層ビルが砕け散る。
「おおう! なんてことしやがる!」
空中に舞っている大和に一撃。
今度の一撃も地殻変動クラスだ。
だが大和は身体を捻って受け流す。
クッ、地面に足がついている、ついていないは関係ないのか。
なら……
猛ラッシュだ。
「オオオオオオオオッ!!!!」
多少威力は低くなるが、それでも山河は砕く。
全方位から、逃れられないぞ! 大和!
「ククク」
大和は微笑んでいた。
そして、全ての攻撃を受け流してくる。
「バカな!」
「そんな大雑把な攻撃、千来ようが万来ようが変わらねぇよ!」
全部、いなすというのか!
……。
「なるほど、確かに以前とは全く違う。刀が一本増えただけで、ここまで違うものか」
ふふふ。
「ならば……星を砕く一撃ならどうだ!!!!」
全身全霊、今の私に放てる最大の一撃だ。
「来いよ」
交差は一瞬だった。
衝撃が周囲の高層ビルを薙ぎ倒していく。
私達は地面に着地する。
吐血したのは……私だった。
「バカな……ごぼっ、何故、私が」
膝をつき、腹を抑える。
腹には風穴があいていた。
「合気は力のベクトルを操作すんだ。受け流すだけじゃない。そのまま返すことだってできる」
「……星を砕く一撃が、そのまま私に帰ってきたというわけか」
「どんな種族にも言えることだが、防御より攻撃のほうが強い奴が多い。当たり前だ。攻撃しなきゃ相手を倒せないからな」
「……ッ」
「俺の合気は攻撃にも防御にも使える攻防一体の技術。隙は存在しねぇ」
「……ふ、ははははは!!」
私は腹に穴をあけたまま立ち上がり、哄笑を上げる。
「貴殿は強い! なるほど! 今の私では勝てないな!」
「何? 今の私だと?」
「時よ、停まれ」
刹那、時が停まる。
ヴァンパイアは2000年生きると、概念や事象に干渉できる。
流石に因果律の改変はまだ無理だが……いずれできるだろう。
「大和、貴殿は強敵だ。私も出し惜しみなく、全力で葬らせてもらう」
私は瞬間転移して、高度1500メートルまで上る。
『クロエ、聞こえるか』
『どうしたの? ふふふっ、時停めまで使うなんて、えげつないわね』
『お前は加勢しないのか? 大和が気に入っているのだろう』
『それで死ぬならその程度の男だったってことよ』
『そうか。……隕石を落とす。結界を張ってくれ』
『面倒ね』
『いいからやれ』
『はいはい』
私は天に手をかざす。
「堕ちろ、彗星」
数十秒後、巨大隕石が現れる。
クロエが結界を張らなければ、夜の帝国は消滅してしまう。
が、これくらいはしなければな。
時間を停めていたとしても、大和なら私の攻撃をいなしかねん。
念には念を入れて、だ。
隕石が落下していく。
超聴覚でヴァンパイア達の悲鳴が聞こえるが、大丈夫だ、クロエが結界を張っている。
隕石が地面と接触した瞬間、大爆発が起こる。
ここまで風圧がやってくる。
髪が舞い上がる。
「ふ、ふはは」
これで終わりだ。
これで……
斬ッ
隕石が両断される。
そして、目の前に大和が現れた。
「なっ……」
「隙あり♪」
四肢と首を飛ばされる。
五体バラバラになった私は空中へ放られたが、首だけ大和が突き刺して保持した。
「何故だ……どうやって、時停めから抜け出した」
「時を斬った」
「……は?」
「俺に斬れないものはない。たとえ概念でも事象でも、斬る。……まぁ、流石に抜け出すには手間取ったがな。おかげで封印を一つ解いちまった」
大和は難なく着地する。
なるほど……
「最後まで、手加減されていたのは私ということか……」
「いいや、そうでもないぜ。俺も俺で結構本気だった。封印は、いわば力の解除だ。技術的には、本気で戦っていたさ」
「屈辱だな。敗者にとって、勝者の賛辞など塵以下だよ」
「クククク。じゃ、これ以上はいらないな?」
「ああ、殺してくれ」
私の頭は四等分される。
大量の気を、直接脳内に送り込まれた。
もう再生はできない。
……さらばだ、帝国よ。
さらばだ、大和よ。
地獄で待っているぞ。
◆◆
ノーランとの戦いが終った後、リナに会いに行って戦果を報告したら、拳骨を貰った。
「隕石が落ちてきたよ! 死ぬかと思ったじゃないか!!」
まぁ、うん、その、すまんな。
しかし、借りは返した。
俺はリナと別れ、高層マンションの残骸の上に立っていた。
「クク、クハッ、ハハハハッ」
満足だ……久々にゾクゾクきた。
ヤバイ、笑みがとまらない。
この終った後の虚無感がなんとも言えず、いいんだ。
やはり、真剣勝負の後はこうでなくちゃな。
「驚いた、本当にノーランを殺してしまったのね」
「クロエか」
「これからどうするの?」
「別の世界へ行く」
「残ってもいいのよ? あなたは夜の帝国の王になる権利を得た」
「いらねぇな、そんなもの」
「そう……ふふふ、あなたらしいわ」
クロエはそう言って、俺にしなだれかかる。
「じゃ、私に頂戴。王になる権利」
「いいぜ」
「やった♪」
この女……
「最初からそれが狙いか」
「えへ♪」
舌をぺろりと出す。
可愛いな。
「ったく、女ってのは」
俺は溜め息を吐きながら、口笛を吹きならす。
すると、何時ものように次元の狭間から愛車が飛び出してきた。
「暇が見つかれば何時でも来て。また遊びましょ♪」
「ああ、またな」
俺は愛車に跨り、次元の狭間へ潜る。
さて、今度は、また新しい世界へ行こうと思ったんだが……
封印を解いちまったからな。
封印をし直さなきゃ、ロクに闘いを愉しめねぇ。
「……行くか、魔獣界へ」
頭が重くなる。
何せ魔獣界にいるあいつ……俺の力を封印できる唯一の存在は。
超絶淫乱のドスケベ狐だからな。
白面絢爛九尾狐、万葉。
また結婚しろって迫ってくんだろうなぁ。
ハァ、面倒くせぇ。
《完》