解き明かされし暗殺者の過去
「えー、先日<タンベレ>にて、<マルコ=ローニール氏>が殺害されました。死因は他殺、詳しい内容は現在調査中との事です。マルコ氏は先月──」
「死亡が確認されたな。ありがとう。約束の3万ユーロだ。」
クリスは依頼者から報酬金を戴く。
「さて、今日はアリスにご馳走してあげないとね!」
暗殺業を始めてまもないクリス=タースだが、彼女の名前は業界内ではもう知れ渡っていた。天才少女。学生であるのにも関わらず大人を簡単に殺すほどの暗殺者だった。
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「アリス!今日はマントゥだよ!なかなか食べれない料理だから大事に食べてね!」
「うん。」
アリスはマントゥを頬張る。
「ところでお姉ちゃん、この食べ物を買えるだけのお金、どこにあったの?」
クリスは黙り込む。アリスには暗殺の事は黙っておいた方がいいだろう。そのためにはなにかしらの理由をつけないといけない。
「お父さんいるでしょ?今日お出かけしてたら偶然会っちゃってね。」
「お姉ちゃん嘘ついてるでしょ。」
アリスは声のトーンを低くしてクリスに問う。
「お父さんはもういないんだよ?なのにどうして会う事ができたの?」
「だから、偶然帰って来てたんだって。」
「嘘だよね。お姉ちゃん、いつから私に嘘をつくようになったの?前までは仲良く遊んで隠し事なんてなかったのに。」
アリスはもう中学生だ。子供騙しで通用するはずがない。
「本当の事を言うよ。あのね、私はバイトを始めたの。まだ始めてまもないからお金はあんまり稼げないけど、アリスのために一生懸め───」
「嘘だ!」
アリスは突然大きな声を出す。
「ど、どうしたの?」
「お姉ちゃんさぁ、今日の正午に男の人と話してたよね。雰囲気からしてとてもバイトとは思えなかったよ。あの人となにをしてたの?」
見られていた。でもお金の受け渡しは室内で行ったから見られてないはず。なら
「アリス、実は結構簡単な事なんだよ。あの男の人はね、サンタクロースなの。今日ってクリスマスイブでしょ?」
「お姉ちゃんさぁ、私はもう中学生だよ。サンタさんなんて信じると思う?もういいや、これ以上突き止めるのはあれだよね。美味しかったよ。ご馳走様。」
アリスはその場から足早に去って行く。
「なんとかなったのかな・・・そんなわけないか・・・」
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ブピュッ!
「キャアアァァ!」
若い女性が悲鳴を挙げる。
「どうしました?」
駆けつけて来た人達は現場の女性に状況を尋ねる。すると女性は足下の人を指差す。
「大統領が・・・何者かに殺されたの。」
しかし駆けつけた人々の返事は意外だった。
「まぁ、政治の荒い人だったからな。どちらかといえば殺されて当然。逆に、よく今まで殺されずにいられたものだ。しかし、大統領が死んだって事は、内戦もこれで終わりだぁ!」
「さて、報告に行くとするか。」
暗殺業を始めて4年。クリスは完全に暗殺者と化していた。それも、かつてのクリスとは大きく変わっていた。
「報告しに参りました。」
「ありがとう。すでに報道はされておる。報酬金だ。受け取れ」
クリスは大量のお金を受け取り、その場を去る。
「少し待ってくれないかね?クリス=タース」
「? なんでしょうか。」
「なぜ君は暗殺業を始めたのだ?君ほどの才能があればどんな職業でもこなせたはずじゃないかね?」
するとクリスは「愚問です。」とだけ言ってその場を後にする。
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「ただいま。アリス、今月はどの位稼げた?」
「おかえり。」
高校生になったアリスはバイトを始めていた。
「今月は3万程度かな。お姉ちゃんに比べたら遥かに少ないんだけどね。家計の足しになるならいくらでも付き合うよ。」
かなり裕福な生活を送れるようになっていた。それも暗殺業を初めてからなのだけれど。
「今日は私が夕飯を作っておいたよ。いつもお姉ちゃんに頼ってるからね、たまにはこの位やっておいてあげないと。」
アリスの作ってくれた料理は初心者とは思えないほどの出来栄えだった。
「どこかで教わったの?」
「失礼だな。独学ですよー。本屋とか結構回ったんだよ。」
しかし、味は残念だった。見た目だけは美味しそうなのだが、味はとても食べられる物ではなかった。
「どう?おいしい?」
アリスは少し期待を向けてくる。
「う、うん。とってもおいしいよ!」
「なんかあんまり美味しくなさそうだな。」
「そ、そんな事ないよ!」
アリスは「ふーん」とだけ言って、自分の口に料理を運ぶ。
「お、お姉ちゃん、無理して美味しいとか言わなくていいよ。これ、すっごくまずいよね。自分でも思う・・・」
アリスは自分の作った料理をティッシュに吐き出す。
「お姉ちゃん、やっぱり食事はお願い。私には向いてないや。」
「うーん、じゃあ今度教えてあげよっか?」
するとアリスは目を輝かせて「ほんと!?」と言ってくる。こういうところは昔と変わってないんだな。
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「んじゃ、学校に行ってくるね!」
「うん、いってらっしゃい。」
アリスは走って学校に向かって行く。
「はぁ、アリスは私よりも人生を満喫してるんだろうなー。」
クリスは溜息をつきながら暗殺の準備を行う。
「さて、今日の依頼はなんだろ。」
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「クリス=タース君で間違いないね?」
「はい。今日はどのような依頼でしょうか」
依頼者はクリスに契約書を差し出す。
「今回のターゲットは厄介でね、超遠距離射撃か、高度な潜入能力が必要となる。そこで最初に思い浮かんだのが君なのだ。」
用紙にはターゲットの顔写真と住所、就職先と報酬金が書かれていた。
「ベルストロ・ドミルゲスですね。分かりました。明後日までにこなせばよろしいのですね。」
「あぁ。くれぐれも失敗は侵さぬよう、頼むよ。」
「私が射撃でミスをすると思いますか?」
「そうだな。darkness sniper君。」
クリスは笑みを浮かべてその場を去る。
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<ヴァンター>
「あれがターゲットの就職先か、大きいな」
クリスは目の前の工場並の大きさを誇る建物に驚愕していた。
クリスはスナイパーライフルのスコープを目に当てる。
「あいつか・・・私の力の底上げをするのにはこの距離はうってつけだろう。推定540m、イージーすぎる!」
クリスは銃をターゲットよりも遥か上、2時の方向へ向ける。
「風向きは右か。少しだけ左に向かって撃てばヒットするだろう。」
彼女の使用するスナイパーライフルは360m級。今現在のターゲットとの距離は540m。もう少し近づかなければ彼女の銃ではまともに敵を狙えない距離だった。しかし彼女はそんなアンフェアな状況でも狙おうとした。それは彼女が自分の腕に絶対的自信を持っていたからだ。彼女は自分の銃の最大距離の2倍までを射程範囲とする。それは風向き、角度を瞬時に計算して、ターゲットに正確に当てられるからだ。
「死ね。」
パァン!
放った弾は上空に一直線上に飛んで行く。
370m程を超えた辺りで弾は急降下を開始する。そして、風の抵抗によって弾にブレが生じ始める。
ズビュッ!
血が飛び散る。
「クリア!」
長遠距離状態から弾を放ち、ブレや風向などを計算したのち、それを見事にヒットさせる。彼女の狙撃の才能は人間の限界を大きく超えていた。
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「クリス=タースか・・・大統領が死んだのにも関わらずまだ内戦は絶えない。これじゃああいつにスナイパーの座を取られる一方だ。」
クリスの名は人を殺すごとに知れ渡っていった。そうなるにつれてクリスとアリスの2人きりの時間はみるみる減っていた。