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キミとアナタは心星ーアンタレスー  作者: 高原 律月
2 - 秋の実りは過ぎてゆく
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#6. 「捩れた線と円。」

 それから、二年が経ちましたー。



 あの日に踏み外した階段はとても深く、暗いものでした。

 彼も私もこうなる事を予測など出来なかったでしょう。


 ーいや、もしかしたら彼は気付いていたのかもしれません。

 知っていて、弱る私を見ては何処かで笑っていたのかも、純粋に私の願いに応えてくれただけなのかも、今となっては凡愚な私に知る事などは出来ないのです。


 そう、何故なら私は…私達は道を違えてしまったのだからー。



 運命というものがあるのだとしたら、私は一体、何を呪い、何を憎んで、何に縋れば、良いのでしょう。

 神様? 自分自身? それともこうさせた人間? …答えは出ませんでした。

 何度も巡り、辿り着くのは、ただただ果ての無い、不快な嫌悪感の中でどうしようもない欲を吐き散らすという事だけでしたー。

 次第に私の心は弱っていき、花が咲く頃には、私という存在はすっかり別の誰かになってしまっていました。


 正直なところを話しますと、私自身が一番自分が嫌いなのかも知れません。

 清々しいくらいに醜く、汚ないほどに純粋な自分が、嫌いで愛おしいのです。

 私が思うほど世界は私を否定してはいなかったのではないか……そう思えば思うほど、私の感情はチリチリと灼かれ、綻んでいき、いつの間にか私は『王女様』という器の中に沈み、溶けていました。

 ソレは報いでもあり、同時に復讐でもありました。

 私を歪ませた世界に、神様に、今なお火炙りにされているであろう、もう一つの私に、何より狂うほどに愛しい自分に対して、私は謀らずとも復讐を遂げたのです。


 ーそう悟った時、緩い階段からジワジワと転げ落ちて崩れていた私の感情は、羽根を広げたように空へと舞い上がりました。


 人というのは不思議なもので、転げ落ちている時よりも空へ飛び立つ時の方が重さを感じないのです。


 そして、私は計画を始めました。


 運命とは抗えぬ業であります。

 その人間がどんな人生を送るかなど、捨てては選び、間違え、また拾う。

 自らの取捨選択により、時の流れを作っていく…ソレが人生だと誰かがおしゃっていました。


 ですが、私の考えは違います。

 人生とは、この世界が廻る為に、最初から決められた道筋に沿って歩き、世界の理からみたら、ほんの一瞬の間だけ人という道を歩かされ、そしてまた何も為さずに消えていくだけのちっぽけなモノじゃないのかと思います。

 ソコに居た、在った、生きていたという不確かなで曖昧な、輪郭の無い流れにシルシを置く為に、人は人生という言葉を作り、有難っているのだと思います。

 また人間というのは、この世で特に弱く脆い存在だと私は感じています。

 他の生き物のように、明確に自分のするべき役割りを理解などしておらず、また一見して意思の元に動いているかのように振る舞いますが、その実、自分の意見など何一つ持ってなどはいないのです。


 例えば、仮にココで暴動が起きたとしましょう。

 王政に苦しんだ国民が決起し、一丸となって戦い、自由をもぎ取れたとしましょう。

 はたして、ソレは本当に自由を手に入れたと言えるのでしょうか。

 今まで理性に抑えつけられていた本能という闘争心に酔い、他の事を顧みず踏みにじり、一時の快楽に溺れているだけに過ぎません。

 行き過ぎた発言なのかもしれませんが、私から見れば弾圧されていた側から弾圧する側に立場が移動しただけにしか見えないのです。

 同じ世界を見てる人間などいもしないのに、人にソレを囁き押し付け、あたかも総意だと言わせて信じ込ませる。

 そして、同じ世界を見えてる振りが出来ない者は徹底的に追い込み、蔑み、排除してしまう。

 ようは一部の人間が決めた事を、少数意見の人間にも押し付けて、かつて自分達がしたように声を張れば、捩じ伏せて無かった事にする。

 ソレに一体、今までとどの様な違いがあるのでしょうか。

 気に入らない奴を押し退け、その椅子に座り、自分が座る事を正当化して、他の者に有無を言わせず、間違っている、自分も座りたいと声にすれば、その椅子を盗られるのではと怯えて、ボロ雑巾のようにして、居なかった事にする。そして、自分以外の人間も同じ意見だから仕方なくやったなどと、見えない鎖で縛り上げながら飄々と総意で在ったかの如くしてしまう。

 そんな狂ったような居場所など無い方がマシだと私は思うし、それなら誰か一人の人間がその他大勢を締め上げている方が良いんじゃないかとも考えます。

 そうすれば、人はより同じ方向を向いて歩けるし、例えソレが歪でも滑稽でも、脆い人間らしいと思えるのです。

 それぞれが信念を掲げて歩いてるように見えて、人は本能という枠組みの中でしか行動は出来ないのです。

 そしてまた、快楽を得る事が出来る道標を目指して歩いていき、道標がボヤけてしまえば、今度はソレを敵にしてまた争いを始める。

 文化だの思想だの何だのとこじ付けたところで、ヒトはヒトという枠から出ることは叶わないのです。

 所詮は犬や猫と変わらないケモノです。

 人は、本能…下賤な言い方をすれば欲に従ってしか生きる事が出来ないのに、なまじ思考があるばかりに、自分達は崇高だ。などと粋がり、まるで他の生き物とは違うと言うように振る舞っています。


 結局のところ、人は不透明で掴む事が出来ないモノには気付く事すら出来ない生き物です。

 あくまで自分が知っている、見えている世界の中で自分達の思考を反映させる事でしか自分を見い出せないのです。

 生まれであったり、境遇であったりと多種多様の様々な世界で人は生きています。

 最初から思考を停止し、境遇を受け容れている者もいれば、境遇を恨み、抗っていると思い込み信じ込む者もいます。

 しかし、ソレに何の意味があるのでしょう。


 だから私は、抗う事も合わせる事も止めました。


 本能に従って流れに身を任せる事で、今まで鉛のように重かった心は軽やかに浮かび上がり、今までの泥のような世界はとても澄んで綺麗なモノになったのです。

 喩えるなら、今までは私は溺れてないよう必死に川の流れに逆らって、幻覚のような標べに向かって泳いでいたのだけれど、その行為自体が川を濁らせ、標べは更に見え辛くなっていた事に気付き、標べを見る事だけに集中することで次第に川は穏やかになって澄んでいき、実は標べなんてない、ただの岩だったと解ったのです。

 ですが、私は欲の深い人間ですので、ソレを知ったその日から、更にその先にある、岩のような標べのような、はたまた流れのような何かが何なのかを知りたくなってしまったのです。



 運命という川の流れ着く先にある真理を私は知りたい。

 コレはとても矛盾したモノで、ソレを知るということは、知りたいという枠組みの中では知る事が出来ないのです。

 しかし、知るという枠を超えてしまえば、もうソレは認識出来ないので知る事はないのです。




 ー王女の手記。第二章、転換と置換より。






ハジメマシテなコンニチハっ♪


高原 律月です!



今回は、二章 前置きになります。

また間隔が空いてしまいましたね()


とにかく話が長いwww

ビックリするくらいに真っ黒でした。

一文一文も長くなって読みづらいし、セリフと無しなので、結構うざったいかもしれないですね(笑)


一つ言えるのは、今回は読んでも読まなくても進行には影響は無いといえば無いです!

(後書きで言うことでは無いですがw)


ただ、読んでおくと次回から掘り下げていく(予定)の話が入り易くなるんじゃないかなぁー…? と、思います。

鬱々な展開が続いておりますが、まだまだこんなもんじゃないくらいで行きますのでよろしくお願いします♪



もう少し文章考えるのが早くなれば良いな、と思つつ、文章をせっせと考える高原でした!



それでは、また次回〜ノシ

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