#4.シュガーパイな廊下を抜けたら…
「ヒマだ…」
普段なら、この時間は稽古をつけているハズだ。
そしてソレが終われば、学問、レッスン、ジジィの小言などなど…待っているのに、今日は何も無い。
いや、あるのだけどしなくていい。
起きて数時間は、何もしなくて良いのだなんて、夢の様だったが、太陽が真上に来る頃にもなると、さすがに飽きてきた。
多忙なのも疲れるが、刺激が全く無いのも疲れるものなんだな。と、実感しつつ、私はベッドに埋もれる。
「私は存外つまらない人間だな…。結局は押し付けられたり、縛られることでしか存在を確かめる事が出来ないとは」
暇になると何をして良いのか解らない。
やるべき事を差し出されないと、どうして良いかも解らない。
惰性に生きて、死んだ様な目をしてる私にはしたい事もやらなきゃならない事もあるハズ無かった。
自分が本当に人形なんだと、改めて感じさせられる。
「彼はいつも、どうやって過ごしてるのだろうか」
十歩かそこらの世界に住む彼は、一体どうやって生きているのか見当も付かない。
最初は充分に感じたスペースも、時が連れると狭くなっていき、いつの間にかベッドと少しの間隔しかなくなってしまった。
「まるで、監獄…」
立っている事も座っている事も体を捩る事も、息をする事でさえ億劫になると、私は知らない間に窒息していた。
目の前のカーテンレースがユラユラと揺れ、視界がみるみるうちに暗転していって、焦げたカラメルソースの匂いが胸を満たす。
「痛っ!」
何かが刺さったような、或いは、抉られるような…そんな痛みが胸に訪れると、世界は再び拡がった。
「どうかなさいましたかっ!?」
侍女の青い顔を横目で認識しつつ、その痛みを抑えつけるように私はうずくまる。
「だ、大丈夫。大丈夫だから…ちょっと驚いてるだけ」
コレは何なんだろうか、私は唐突にやってきた激痛に心なしか喜んでいた。
そういう言い方をしてしまうと少し変態地味ているが、私にとって今の状況は数分前の窒息死寸前よりも断然マシ。という意味では、喜んでいるで間違え無いと思う。
「本当に大丈夫ですか? 誰かお呼びになられた方がよろしいのではっ!?」
冷や汗をかく私を見て、完全にパニック状態の侍女が私よりも多くの汗を流していた。
「大丈夫。それよりも、お茶菓子をソコに置いたら?」
今にも落としそうな不安定なお盆に乗ったお茶菓子に目線を送り、正面にある机へと置く事を勧める。
「は、はい! ごめんなさい、入ったらいきなり苦しそうにしていたので、つい慌ててしまいました…」
「うん、見ればわかる。だから、落ち着こ?」
「お茶菓子、コチラに置きますね。…で、私はどうしたら?」
「静かに反転して、誰も呼ばないでくれると助かるかな?」
私は冷ややかに笑顔を浮かべて、彼女をドアの方へ行くように促す。
「解りまし…えっ? どういう意味なのかわかるように教えて下さい」
当然、彼女は納得が出来ないようだ。
「部屋を出て、何事も無かったかのようにしていて欲しいかな?」
ただ私としても、このハイテンションはお断りしたいトコロなので、引き下がる訳にはいかず、再び笑顔を浮かべてみせる。
「お毒味とか、お茶のおかわりとかはしなくてよろしいのですか?」
「あぁ。良いよ良いよ、そういうの。気分じゃないから」
「は、はい…」
拒絶に近い形で彼女の言葉を否定すると、彼女は悲しそうに俯いてしまった。
彼女もコレが仕事で、ソレが半分くらいは人生なんだって考えると、真っ向から否定するのは自分勝手だったのかもしれない。
王家の侍女になるには、それまでにそれなりの苦労があった筈だし、色んなモノを背負って生きてるだと思う。
ソレを自分の気分で拒絶して、面倒臭いからと仕事放棄させるのは、私を馬鹿にしてる彼らと、どんな違いがあるのだろう。
「ごめん。やっぱり、お茶汲みはお願い出来るかな?」
そう思ったら、私は彼女に謝らずにはいられなかった。
「は、はいっ!」
彼女は振り返ると、楽しそうにお茶の仕度を始めた。
「気が効かなくて悪かったわね…」
私はそっぽを向いて呟くように、彼女に言葉をかけた。
「いえ、滅相もございません。こちらこそお見苦しトコロをお見せしました」
「アナタ、良く王族の侍女になれたわね」
「こう見えて、わたし。優秀なんですよ!」
「自分で言っちゃうのね…」
「本当なんですってば! 」
「ハイハイ。そーいうなら、そーなんでしょーね」
何をもって彼女は自分が優秀だと言えるんだろうか、その自信の根拠を知りたい。
呆れた私は適当な相槌をして、彼女の自慢気な瞳から目線を逸らす。
「その反応…信じてないですね?」
「とーぜん」
「まあ、良いですけどぉ」
彼女は不服そうに言葉を漏らすと、カップに勢い良く紅茶を注ぐ。
「というかアナタ。案外、気安いのね」
「えへへ。私、人を見るのは得意ですから!王女様がそうして欲しいと思ってるから、私はそうしてるだけです」
意外にも頭が切れるみたいで、割と的確に見抜かれたようだ。
確かに普段から私は蚊帳の外に置かれ、居ない存在として扱われているので、誰かと親しく話したのは初めてなのかもしれない。
あながち、優秀というのは間違えでは無いとさえ思える。
「ふーん。ソレが本当なら大したモノね」
「ええ、まあ。私もビックリしました。王女様っていつも窓ばかり見いて、私が来ても反応も無いから、もっとつまらない人かと思いました…あ、失礼ですよね。申し訳ございません」
「そうね…その言葉が私自身に向けてのモノだったらその通りなんだけど、王女様に向けての言葉だとしたら訂正してもらわなくちゃいけないわね」
私は少しムッとしつつ、その事実、私は確かにつまらない人間なので、そう言う他は無かった。
ただソレが、言われた当の本人には全く伝わらないような事ではあるが…。
「お気を悪くなされたなら、どうぞ許して下さい。私は、貴女様に本音を言わずにはいられなかったのです。貴女様は偽りや世辞を申しても、なお御怒りになられるだけでしょうし、貴女様には心根を隠してはならないと私は思ったのです」
彼女の真正直な目は、私の目よりもずっと奥にある心を見つめていた。
心眼とでも云うべきその目は、私の警戒心を完全に拭い去ってしまったのだ。
安心した私は、彼女に全てを話しても良いではないのかと、打算的な答えを口にした。
「見る目があるじゃない。アナタとは友達になれそうね」
「滅相もございません。されど、私という人間を評価して下さったのならば、貴女の為に友にでも下僕にでもなりましょう。そして、貴女に永遠の忠誠を誓わせて頂きたいと思います」
「そーいう固いのはいいから。てゆーか、キャラ作り過ぎてかなり微妙だから止めたら?」
私だってそれなりに色々な人間を見てきたつもりだ。この女がワザと不興を買おうとしてる事ぐらいお見通しだ。
「あれ? バレちゃいました? それじゃあ、止めますね!」
「アナタはどうしたいの? 迷惑だと言うのなら、私は言わなかった事にするし、アナタは聞かなかった事にする事も出来るけど?」
彼女は私の気分を憚るように躊躇うと、一呼吸だけ間を置いて口を開いた。
「本音で話せば、とっても迷惑です。だって貴女と仲良くしたら、私は目を付けられていびられるに決まってますから! ただ、打算的な話で行くなら大歓迎ですね。王女様のお友達になるメリットは、いびられるコトよりも数倍ほど上ですから。私にも一応、生活というものがあって、家族が居て、これまでの苦悩に報いる事の出来る何かが欲しいですからっ!」
「大変、素直でよろしいっ!」
「言ったハズです。貴女には偽らないと…」
「良く言うよ。その言葉自体が既に打算的なクセに…まあ、良いわ。私も掛け値無しにアナタに近寄った訳では無いし。お互い様でご愁傷様だから」
「どういう意味なんでしょうか?」
「私と親しくするという事は、墓穴に片足突っ込んでお酒を飲む様なモノってことよ。間違って棺桶の中に入らないように気を付けてね」
「ああ、何となく理解しました。その言葉、そっくりお返ししますね!ミイラ取りに行ってミイラになるのは、ざらにある話ですからねぇー」
「ミイラってアンタ…どんだけ、ひもじい生活してんのよ」
「皮肉ですよ、皮肉。用心しなさいって意味ですよ」
「あそ。で、本題に入るけど良いかしら?」
「どーぞ。それと、お茶の席が整いましたよ」
私は椅子に座ると、紅茶を一口、喉を潤してからこう言った。
「私、そもそもが王女じゃないんだよねぇ」
「ええ、察してました」
かなり得意気に言い放ったのに、割と簡単に見抜かれていた事に思わず驚く。
「嘘っ!?いつから、気付いてたの!?」
「んーと、私に話掛けた辺りから? あ、入れ替わってるなぁーって。確信したのは、友になれ。と言われた時ですね。まず、本物の王女なら私みたいな胡散臭いのは信用しないでしょう」
「だとしたら、アナタ。そーとうに性格が悪いわね。どうしたら、そんなに捻じ曲がるのかしら?」
「やんわりと嫌われる為には、逆鱗に触れる事が肝心ですからねえ」
「や、やんわりね…。かなり、エグい否定の仕方だったけど、ソレは置いておきましょ」
「まあ、早く全部話して欲しいですね」
「要約すると、私と王女は訳あって入れ替わっているんだけど、実はホントはコレが正しいのよ。意味はわかるでしょ?」
「墓穴に片足突っ込むっていうのは、そーいう…」
彼女は納得したように両手を合わせると、マジマジと私を眺める。
「ほんほん、ふんふん。なるほどなるほど。確かに誤魔化せますよね、コレなら」
彼女は私の胸元に目線を送ると、妙に気味の悪い笑みを零した。
「……、ぼすっっ!」
「いたっ! なんで、ぶつんですかっ!? しかも、グーっ! 拳骨で頭頂部、殴るの危ないんですよ!! 知ってましたあっ!?」
「知ってるわよ、このセクハラオヤジ」
「だって、その通りじゃないですかっ! 私は思った事を言っただけなのにぃ!」
いくら気兼ねしなくて良いとはいえ、ココまで酷いと呆れるしかない。
「アンタねぇ。普通だったら、打ち首獄門モノよ?」
「したければ、どうぞ? 出来るなら…の話ですが」
彼女は勝ち誇るように、私を挑発する。
「性格悪っ! あり得ない、ホントに捻じ曲がってるわね…」
無理な事がわかっていて、平然と開き直る目の前の女にもう一発、拳骨をお見舞いする。
「いったあーっ!」
「ソレで勘弁してあげるわ」
私はフンッと鼻息を一つして、本題に戻る。
「知っての通り、私は疎まれているし籠の鳥だからアナタには情報役になって欲しいの。外がどうなっているとかあの大臣がどうこうしてるとか、色々探って欲しい訳」
「責任重大ですねー」
「その…あとぉ、出来ればで良いんだけど……」
「口ごもごもにどうしたんです? 何でも言いつけて下さい! お姉さんが叶えてあげちゃうんだからっ!」
私は不安気に口を小さく動かす。
「彼との橋渡しもしてくれたらなあ…なんて」
「彼とは?」
「言えるわけないでしょ!バカっ!」
「言えなきゃ、橋を渡しようが無いんですが?」
「んー…、引かない?」
「引かない」
「笑わない?」
「笑わない」
彼女が真面目な顔つきで大きく頷いてくれたので、安心して言葉を続ける。
「それじゃあ言うわよ…」
「あ! やっぱ、いいです。理解しました!」
「そう、ソレは助かるわ。アナタに頼んで正解だわ」
とても恥ずかしいので、出来ることなら明言を避けたかったのだが、やはりさすがと言うべきか、またまた彼女が直ぐさま理解してくれた。
「で、具体的には何を?」
私は聴き耳を立たれてる訳でもないが、なるべく小声で言いたかったので、彼女をちょいちょい…と呼び寄せる。
「耳貸して。…ごにょごにょ、ひそひそ…解った?」
「ふんふん、ふむふむ。はい、承りました!」
「頼んだわよ」
「ええ、ええ。もちろんですとも、お任せ下さい」
彼女はドンと胸を叩くと、これ見よがしにその豊満な胸元を見せ付けてくる。
私は若干イラついたのだが、相手にすると図に乗るので敢えて無視した。
「でね、落ち合う場所や時間とかはどうしたら良いかな?」
「何時でもオッケーですし、お呼びとあらば直ぐさまデリバリーですよー」
難解な言葉を並べながら、紙とペンを取り出す。
「なんなら、今すぐ辞表を書きましょうか?」
「辞表書いたら、ココに入れないじゃない」
「ふっふっふっ…ご心配無くっ! 実はちょっとしたツテがあるものですから!! ココの侍女もそのツテでなってますから…とはいえ、王族付きになれたのは実力ですけどねえ」
「あ、そう。それなら好きして…そこらへんは任せるから」
「ではでは、また後ほどに」
と、彼女が扉のすぐ前で立ち止まる。
「あ、今すぐに辞表っていうのはやっぱりナシでっ! 多方面に事情説明がありますから!」
「どっちでも良いわよ、辞表がどーのなんて」
ボケのつもりなのか素なのかは知らないが、いい加減に疲れるので、適当に受け流して手を縦に振る。
「はい、じゃあ今度こそ後ほどにーっ!」
ーーばたんっ。
「ふぅ…何者なんだ、彼女は」
私は乾いた笑いを浮かべると、いつの間にか胸の痛みを忘れていた。正確にいうと、忘れてはいないが、それどころではないくらいに浮かれていた。
その痛みがコレから先、私の運命を大きく別けるコトになるとは予想もしていなかったのだから…。
ハジメマシテなコンニチハっ (= ω =)ノシ
高原 律月です。
長い間隔を空けて、第4話になります!
いかがだったでしょうか?
だらだらと長い文章になってしまった所為で
真っ黒けだし、見辛いし、文は雑だし…なのですが
区切るトコロも解らないし
ここら辺で詰め込んでおきたい要素が多々あったので
まるまる上げさせて貰いました。
クッション置いてからのストレスマッハなお話になってしまったのが
上手くないなぁー。と思いつつ、読み返して白目ですね(笑)
(まあ、何時でも読み返せば白目なんですけど)
あ、そうでした!
投稿が遅れたコトに関して触れてなかったですね。
うやむやにしようかな?とも思ったんですが
いちお、弁解というか言い訳しようと思います。
コレでも私は多忙な身の上でして
アレやコレと用事を片付けてる内に気付けば
2ヶ月も放置してしまったのです。
…はい。
言い訳にすらなってないですね、ごめんなさい(つェ⊂)
ぶっちゃっけ話、放置してました。
というか、半分忘れておりました。
ホントにごめんなさい…(誰に謝ってるのかも謎ですがw)
ちょっと色々拗らせてますが、コレからもよろしくお願いしますっ!
あー、時間が欲しい…(´・ω・`)
それでは、また次回〜 ノシノシ