だめなおとな
ようやく辿り着いた酒場
走ってポートに向かった距離と、ポートから歩いてくる距離は変わらないのに
賑やかと戯れと、寄り道で時間に差があった
軽く開くドアを開け、僕は父さんに皆が来た事を知らせる為、率先して中に入った
…が
「…」
「…父さん?」
何時ものようにカウンターでグラスを拭く父さんの顔つきは何処となく不機嫌
確か、電話を受け取った時もあまり良い顔をしていなかった気がするけど…それにしては愛想がよくない
声をかけようと思ったら、押す様にして皆がぞろぞろと入って来て、そのタイミングを逃した
「よお!リカルド!元気にしてたか―!?」
「…」
エンリケがさも懐かしそうに声をかけても
父さんは返事をしない
流石のエンリケも拍子抜けして、クレアさんやトライは父さんの異変に少し気まずそうだった
「何か…リカルドのおじさん。機嫌悪くない?」
「そうね…あまり好意的な表情ではないみたいだけど…」
その違和感に他のメンバーも気づいて、それでもエンリケ達は父さんに近付いた
クレアさんやトライは恐る恐る、様子をうかがっていたが、一方のエンリケはそんな事に怯まずズカズカと近づいてカウンターに肘をかけた
「おい、せっかく来てやったのにその無愛想はなんだよ?」
「…元凶が原因を聞くのか?」
エンリケが父さんの不機嫌の元凶と言った瞬間、クレアさんはもしかしたらと、代弁を買って出た
「あ、あの…確かにお酒が入ると多少場が荒れてしまいますけど、ちゃんと後片付けしますし、それに…お金も…」
「…払って、いると?」
…?
払って、いると?
その言葉にクレアさんは疑問符を浮かべたが、そろーっと去ろうとするエンリケのコートをすかさず掴んで表情を冷やかに変化させた
「…エンリケ?どういう事かしら?」
「…リカルドおじさんの言葉を聞いて、はいさよならーとはいかないわよ?」
トライも詰め寄り、他のメンバーもじっとエンリケを見つめる。囲まれたエンリケは冷や汗をだらだらかきながらもう言い逃れはできないと覚悟を決めて
蟻の様な小さな声で、とんでもない爆弾発言をした
「…あの、お金。払ってない」
…
そして、父さんが決定的な罪状を述べた
「今までの酒代、破損費用、もろもろは全てツケだ」
「…です」
…今明らかになった現実に、しばし無言と静寂が
しかし明らかに申し訳ない現状に、真っ先にクレアさんが焦りながら問い詰めた
「つ、ツケって…貴方お金は何処にあるの!?」
「ハンスからお小遣い貰ってるんじゃないの!?」
「そうでヤンス!酒代を見積もって後で払ってと…何時も渡して…」
仲間の内、一番動揺しているのはクレアさんだ 性格上、多分今のカミングアウトの罪状レベルが半端じゃないと感じているのだ
エンリケはもう視線を泳がせながら、ぼそぼそとそのお金の行方を正直に告白した
「…げ、ゲームというか…賭け事…に?」
「…」
エンリケは賭博も好きだったと言うのは知っていた
だけどどのレベルまで好きかどうかまでは知らない
その、この酒代と破損費用を消費するほど…依存しているのか、それとも突発的なのか
すると何か「プッチーン」と切れた音がして、その瞬間
―パチィイインン!
「いでっ!?」
「最っっっ低ぃぃ!」
クレアさんの制裁が、エンリケの頬を真っ赤にした
それは…まあ仕方ない。正当化された御仕置きだ
平手打ちだけで済むレベルではないが、クレアさんの本気の怒りっぷりにしどろもどろなエンリケは
―今、一番情けなく見えた
「エンリケ以外なら飲ませてやるよ」
「えっ!?」
クレアさんの制裁で気が済んだのか、父さんはエンリケ以外を歓迎した。そりゃ当り前だと他のメンバーもぞろぞろとエンリケを放置し、トライは舌を出してざまあみろと侮蔑、ハンスはやれやれと首を振った
そしてクレアさんは…
「…たまには毒抜きしなさい」
と、医学的な観点で、エンリケに飲酒禁止令をつきつけて皆に続いた
取り残されたエンリケは少し涙ぐんでしゃがみ、地面にへたり込んで拗ねていた
可哀そうだとは思うけど…その罪状は、酌量の余地がない。いわば無銭飲食という犯罪と、弁償放棄してるのだから かと言って何となく一人ぼっちのエンリケをどうにか出来ないかと、僕は父さんに振りむいた
すると目を合わせた父さんが、何かを企んだかのように口を歪ませ
一つの提案をエンリケに提示した
「もし、どうしても許して飲ませてほしいと思うなら…条件がある」
その言葉に、素早く反応したエンリケは 父さんの言葉に耳を傾けた
…そんなに飲みたいんだ、な
そして父さんはその条件を、エンリケに語った
「地下道の…化け物退治でもしてもらおうかな?」