それはとても赤くて大きい
息を上がらせながら、僕は走り続け
ようやく街の中央にあるポートの出入り口にたどり着いた
少し早まる気持ちで胸がドキドキしていたけど、動けない程疲労している訳ではない
今だって、早くポートの中に入って、恐らく到着寸前のトリックスターを見たいのだから
いったん深呼吸して、ポートの中に入る
その時に僕の顔を見た兵士が、何かを察した
「…お前がここに来るっつーことは…」
「エンリケが来るんだよ!」
やっぱり、という顔つきで
複雑な表情を浮かべた兵士
歓迎されてないと言う訳ではない、エンリケが来ると多少街が荒れる…からうんざりしているのだ
まあ…お酒が入ると暴れる事もある…場合も然り
破損した物も幾つかある
そんな痕跡を残しかねないトリックスターのメンツが来ると言うだけで、兵士にとってため息が出る要素は十分である
「ま、まあ…大目に見ようよ?一生懸命働いてるんだし」
「働きに反した破壊活動を辞めてくれたら、何時でも快く歓迎するよ」
まあもう来るのだと分かっているのだから、兵士もそう非難しない。また背を伸ばして警護の体勢を整えた。
僕も何となく申し訳ないかな…と思いながらポート内部に入った
―そこは、様々な人々が行き交う場所
ポートというだけあって色んな飛空挺や戦艦が駐留して、休憩したりメンテナンスしたり、仕事をする事もある。何時だって騒がしい訳ではないが、今日はそこそこに賑やかだ
僕はポートの奥にある外が見渡せるワイドガラスに急ぎ足で駆け出し、もうすぐ見えるはずの赤い戦艦をドキドキしながら待っていた
―ゴオオオオォォォォ…
飛空挺も、戦艦も
航空音と言うのはそう変わらないけど
僕には分かる、この近づく航空音は
待っていた、会いたかった、話したかった
あの人がキャプテンを担う、戦艦
トリックスターだと…
―ドガァアアアンン
「うわぁああ…っ!」
濃い雲を切りぬける破壊音と共に
赤をモチーフにした戦艦が姿を現す
そう、様々な歴戦を乗り越え、最強とも言われている憧れの戦艦、トリックスターがワイドガラスに姿を見せつけていた
さりげなく見えた操舵室から、一番会いたかった人が、ワイドガラスにへばりつく僕に気づき手を振っていた
これから駐留所への入り口に入り、停止するまでしばらく時間がかかる
着陸態勢に入ったトリックスターから一旦目をそらし、僕は駐留所出入り口の近くで彼らがここに来るのを待つ事にした
―出入り口から来る人は、そりゃ様々で
出てきたかな?と思ったら違う人
その度にちょっとがっかりして、また静かに待つ
そんな光景を知っているポートの受付嬢が少し笑っていたのが恥ずかしかった
何時も、ここで 皆と再会する
その時がとても嬉しくて、楽しくて
幸せな時間がひと時だけど過ごせて
別に父さんだけだから幸せじゃないとか、そんなんじゃなくて、今から来る人は沢山の世界を、出来事を語ってくれる
小さなこの街が今の僕の世界
でもあの人は、エンリケは僕の知らない世界を知っている。その話を聞くだけで胸が躍るんだ
今度は、何を…話し…
「ふーぁあーーっ!到着だぜー!」
「!?」
少し意識を油断した瞬間、豪快だけど呑気な声が聞こえてきてびっくりした
振り返るとそこにはあの、赤髪の眼帯。僕にとってのあこがれの人。見るからに歴戦をくぐり抜けた強さと勇猛さ、それに交わる繊細さも兼ね添えた
「よお、ルーク。お・ま・た・せ」
「エンリケ!」
そう、エンリケが一番にポートに入ってきていた
僕はその姿を目にした瞬間、思い切って飛びついた
全然僕と比較にならない体格で身長も高い、だけどそんな事関係なしに嬉しくて抱きしめた
「ははっ、ちょっとは背が伸びたか?」
「少しだけどね、でもエンリケにはまだ届かないよ」
何時かは同じくらい背が伸びたらいいのにと
目線を上げた
目の前に映る大人の顔つきは、十分な憧れを抱かせ
何時かこんな大人になりたいなんて、思ったりしてもおかしくない
…と、思っていたら
エンリケがニヤリと笑い、少し目線を後ろに向けて、笑いをこらえながら後ろを向いた
そこには…
「…最悪、キモッ」
―最悪、と呟いたのは
見かけは可愛いのに、言葉の毒が最近毒性を増してきた…金髪の女の子
目つきも冷ややかで、エンリケを抱きしめている僕を冷めた視線で威圧する
そのトライに、エンリケは危険を承知でからかった
「な?俺が最初だっただろ?賭けは俺の勝ち…」
「…だから?」
だから?と言う言葉の切り返しに、エンリケも流石に冷や汗をかいた。何と言うか、トライの背後に凄いオーラが見える。穏やかではない、殺気に近い
恐らく僕が最初に話しかける相手を賭けていたのかもしれないが
こんな事が分かっていながら、勝利宣言をするエンリケもどうかと思うし
僕だって一番会いたいのはエンリケだとパターン化していると認知していると思っていただけに
毎回なぜ、トライがエンリケと張り合うのかが分からなかった
…と、思考を働かしていると
トライの物凄く重いため息が、心を潰しそうな位伝わった
心が弱いと、多分種レベル位に縮小されてもおかしくない
「あのね…大体、抱きつく相手が間違ってないかしら?男にべったりなんて気持ち悪いわ!」
「い、良いじゃないか…会いたかったし」
子供同士の張り合い?語り合い?いがみ合い?とにかくその幼い語り合いに挟まれたエンリケはやれやれとその光景を傍観していた
すると残りの二人がゆっくりと姿を現す
「あら、相変わらず負けちゃったの?ふふ」
「クレア!アンタまで…敵に回るつもり!?」
一人の女性、トライより少し年上の清楚な白衣の女性はクレアさん。トリックスターの船医であり、とても綺麗で…男性に人気がある
その横に居たのは着陸書類を記載していたデカイペンギン、ハンスだった
「トライ、その歳で賭けごとは感心しないでヤンス」
「金銭がらみじゃないから別に良いじゃない!」
同情…とは少し違う言葉が次々とトライに向けられ
彼女はますます顔を赤くして頬を膨らませた
とりあえず…エンリケから離れた方が良いかな…?と距離をそっと置いた
まあそれでトライの不機嫌が収まるとは思ってないけど…
「ふふ、ここで固まってたら他の通行人の邪魔になるわ。エンリケ、リカルドさんの酒場に行きましょう」
「おう、飲むぞー。血液がアルコールになるまで飲むぞー」
健康的な表現とは思えないエンリケの発言に、クレアさんも苦笑い。僕だってあの…酒がフルに回った時のエンリケの惨事を何度か拝見してるので、そこは心配だったりする
クレアさんと同じタイミングで苦笑いすると、またしてもトライが憤慨していた
「…クレアとは、息が合うのね。へー」
「と、トライ…そうじゃ…」
これはどうしたら機嫌が良くなるのか
年を重ねるたびにその対処が難しくなる
ましてや今お小遣いが少ないので、物品で何とか出来そうにはない
一方エンリケはクレアと僕との意気投合ににやにやしていた
「ルーク、その気があったらがっつり奪えよ?それじゃ男じゃねぇからな」
「ち、ちがっ!?」
思わぬ発言に僕も顔を赤くする、一方クレアさんはちょっと拗ねている
そんな火種をまき散らすエンリケの言葉に一番うんざりしていたのは
「…アンタに男らしさを語って貰いたくはないわ」
と、呟いたトライだった