皿を割る少年
それは、雨の日だった
寒くならないようにと、少しだけ配慮があったのか
それは愛情なのか、しかし行為的には許し難い
小さな籠が、質素な布にくるまれて
街の片隅に置かれていた
調べなくても分かる
その物体は命を捨てたという証拠。ゆっくりと布を開くとまだ幼い赤子が眠っていた
耳元を、赤子の口に近付けた
呼吸をしている。胸も動いている
眼は閉じたまま、開けば母がいるはずなのに
もうその姿らしき存在は何処にもない
私は、起こさないように
ゆっくりとその赤子を抱いた
少し声を出したが、まだ眠っている
赤子は体温が高いと言うが、本当に暖かい
それは、約15年前の事 小さな、私が拾った命は今…
―カシャアアアアン!
「うわっ!?」
カウンターでグラスを拭いていた私は
その騒音にうんざりしてため息をついた
そして振り向くと、気まずい感じの表情を浮かべた
我が子、が居た
「…ご、めんなさい」
僕はしまった…と、思いながら
その言葉しか浮かばず、父さんの眼差しに緊張していたお皿の
整理をしようと思っただけなのに、つい落としてしまったのだが
これが何回目なのだろう?
僕はお皿と相性が悪いのかもしれない
お小遣いを貰う為に、父さんが営む
酒場の手伝いをするのだけど
ある程度のドリンクが作れるだけで、あまり役に立ってない
掃除とかは出来るけど…何となくうっかりが多発して、被害が度々発生する
その度にお小遣いの価格が下落する
「…何枚目だ?ルーク」
「わかんない」
実際何枚割ったか分からない
お小遣いの基準値があれば、多分減算していくと
マイナスになるかもしれない
皿が悪い訳じゃないけど、受け身を取ってくれたらなーと場違いな事を考えてしまう
「…お小遣い、恐らくマイナス値だろうな」
「うっ…」
正直な話、そうかもしれない でも
まだ欲しいものがあって、必死でお手伝いしていたのだ
売り切れるかもしれないと心の中で焦りながら、僕はどう弁解すればいいか考えていた
すると、酒場の電話が鳴った
古いタイプの、レトロな黒電話
父さんは意外と骨董品が好きだったから、利便性を重視せず、新しいものになかなか触れようとしない
そんな父さんが暫く話して、苦虫を噛み潰した表情でグラスを拭いていた布巾を置いた
「…はぁ」
「どうしたの?」
あんまり良い内容ではなさそうだと思いながら
先ほどの皿破損事件をはぐらかしながら聞いてみた
するとジロッと僕を見て、また一つため息をついた
「…エンリケがここに立ち寄るそうだ」
「えっ!?本当!?」
僕はカウンターに乗り出して、笑顔満面で父さんに問い詰めた
相変わらず父さんは乗り気じゃない表情で頷いた。と言う事は本当なのだろう
「やった!また会えるんだ!」
「…あのな、ルーク」
父さんは何か言いたげだけど、僕はエンリケに会えると言う事だけで胸がいっぱいだった
でも後どのくらい時間がかかるのだろう?目を輝かせながら僕は時計を見た
「…空域にはもう既に入ってる。ポートにほぼ近いらしい、10分位で着くんじゃないか?」
「じゃあ!じゃあ!僕迎えに行ってくる!」
10分なんて、もう少しじゃないか
この町のポートにもうすぐ到着すると分かった瞬間、僕は皿の事など忘れて酒場を飛び出そうとした
その時父さんが何か言おうとしたけど
僕は、会いたくて会いたくて
街の南に位置するポートへと走り出していた
―ブウゥン
音声通信を切り、深々と椅子に座った
相変わらず愛想が悪い、まあ俺が酒場に立ち寄った後の惨事を杞憂しているのかもしれない
それでも付き合いは長い仲、そうそう追い出したりはしないだろうと、目的は変えなかった
ここは、今空を巡回している戦艦
トリックスターの内部
目的地はもう既に、決定していた
「あーようやくグリーフの街に着くのね」
俺の後ろで背伸びをしていた、作業着の女の子が背伸びをした。街に着く、という疲労感からの解放を訴えている裏側を知っているからこそ、少し悪戯な笑みを浮かべたが
すぐにそれがバレて、何か硬い鈍器が飛んで顔にめり込んだ
「いでぇっ!?」
「嫌いな顔だったから潰したの」
地位的には俺の方が上なのだが、どうもこの少女…トライには勝てない。そういう教育を施した義父の責任もあるが…と、操舵モニターを捜査している太ったペンギンを睨んだ
「おーい、ハンス。教育がなってないぞ―」
「アッシの教育は間違ってないでヤンス」
振り向いたペンギンは…ペンギンと呼ぶにふさわしいのか分からない位にメタボで
愛用のヘッドホンをつけて、それ以外はただのデブペンギンだが、これでも俺の右腕
いわば副船長なのだ
てことは俺が船長…な訳で
「ふふ、でも久しぶりね。グリーフに訪れるのも」
「あそこの酒が一番うまいからな」
無類の酒好きを知ってるもう一人の女性、クレアは
白衣を着たこの船の船医
ポニーテールの大人しい清楚な女性だが、時には厳しい。医師だから…まあ、その、な
「飲みすぎはだめよ?リカルドさんに愛想尽かされちゃうわ」
「売り上げに貢献してるから良いじゃないか」
実際、俺と船員がほぼあの酒場を占拠し
追いつかない程の消費が発生するので
リカルド…酒場の店主にとっては嬉しいのか厳しいのか。複雑だろう
あいつは元々穏やかな方が好きだからな
「さて、トライ。賭けてみるか?」
「…ムカッ」
トライに賭けを提案したのは
何時もの事 絶対来るはずの人物が、最初に誰に話しかけ抱きつくかのギャンブル
勿論、金銭を絡ませる訳ではないが
「少し色気が出て来たから、まあ…4割か?」
「むきーっ!7割よ!低すぎ!」
そうは言っても多分恐らく、だと思う
俺はにやりと笑おうと思ったが、また顔を潰されると思ったのですぐにそっぽを向いた