勇敢なる死の先に
自分が、能力的に勝っているとは思っていない
ただ、少し開発面で知識があるだけで
―選ばれるとは思っていなかった
築き上げた、人間との触れ合いの場を無言で離れ
与えられた運命に従う
彼は言った、いや「彼」と例えるべき程小さい存在ではない
そのお方の意思を、僕は受け入れる事にした
「…ここは、暫く使われていない場所らしい」
「その方が集中出来るよ」
荒れているというより、自然の力が増して支配されたその場所は、かつて物質的な場所だったようだ
僕の連れが言うには、ここは力の邪魔になる負の素が少なく、空気が綺麗らしい
確かに今からやる事は、とても大事で失敗は出来ない。ならば環境にも真剣に、シビアに選別しなければならないと思っていた
「…」
「…今の内、吸っとけばいいんじゃないか?」
連れは、僕がポケットに入れていた
年代物のパイプを促した
人間の世界に来てから、知った身体に悪い毒
そうだと分かっていても、何となく今まで連れ添ってきた古びたパイプ、お気に入りだったから
何時も手放さなかった
「…火は?」
「自分で出せ」
つれないと思いながら、口にくわえ
火をともし、パイプを味わう
あまり長くは吸えないな。空気を汚してはいけないから。適度に味わって火を消し、杖で空気を浄化した
「…お前は、変な奴だな」
今からやる事に必要な「魔導陣」を地面に描く為に、「ローケスト」と呼ばれる先端に特殊な粉が詰められた杖を手に、陣を描く
その過程を目にしていた連れが、僕を皮肉った
「…気に入らないかい?」
「…批判派でもないがな、守る程の命でもないと思っている、それに…」
僕は陣を描きながら 彼の言い分を黙って聞いていた
一寸の乱れも許されない、僕達の様な魔を託された者はこの乱れこそがこれから行う行動に対して致命的だと十分に理解しているからだ
「それに…お前の【好き】という理由が見えない」
「…」
連れが言う【好き】の対象は
人間の事を指す 【好き】だから、こんな危険な事をして
死ぬかもしれない運命を受け入れた だけど連れはまだ聞いていない
僕が【人間が好き】だという動機を
「…答えなきゃ、いけないかい?」
「出来たらな…」
連れは、別に無理強いをしている訳ではなさそうだ
でも、僕もあまり語りたくはない
好き、という感情の発端を。僕はいまいち理解していないのだから
だから擁護派の中では「異端」と言われている
人間が好きな動機を、いまいち自分でも理解していないから
根拠のない人間への愛を語るから、とかね
「…でも、人間って面白いよ?」
「面白いが動機か?」
そうじゃない、と首を振ったが
何となくめんどくさくなってきた
良いじゃないか、理由のない愛なんて。どんなことにも理由をつけなければいけない法律なんてないはず
好きだから好き、それでいいんじゃないかと
「…あの不死は怒るだろうな」
「だろうね、黙って自分で決めた事だから」
ここに来る事を、やろうと決めた事を
あの不死に、友達には言っていない
彼が知る頃はもう、言葉を交わす事も無いだろう
話したら、多分 反対するだろうからね
多分、これが最初で最後の彼への裏切りかもしれない
―ごめん、も言わずに
卑怯者だな、僕は
「…レナード、重複結界を」
「…分かった」
連れ…レナードは両手にありったけの力を結集させ
幾重にも重ねた結界をこの場に張った
これならばそう簡単に誰も立ち入ることはできない
後は…
「…」
「…俺は、外に出た方が良いんだろうな」
僕はレナードの顔を見ずに頷いた
これは一人で、精密的に、繊細に行わなければいけない。物凄く難しい作業だ
彼の存在が疎ましい訳ではない、必要なのだ。この場から去る事は
「…終わっても、数分間くらいは生きてろよ。全てが終わってもう死んでたなんて許さないからな」
「出来るだけ…善処するよ」
レナードは、そう言って
その場を去った
結界はもう誰もこの場に立ちいる事を許さない
一人、陣の中央で
僕は「ある方」に託された六つの素を 静かに宙へと漂わせた
偉大なる素、六大精霊王の力
そして…忘れていた、もう一つの素
それも取り出して、これから死と隣り合わせの
―希望を生み出す使命を全うする
魔を生み出す事は、とても難しい
間違えれば僕達の様な「人間でない存在」でも簡単に死んでしまう
いや、成功しても僕の命は僅かに残るかどうか
ふと、不死の友達を思った
友達、という言葉も人間の世界に触れてから知った
くすぐったい言葉だ
彼は、泣くだろうか
叫ぶだろうか、怒るだろうか
だけど、何時か君も
―人間を、愛してくれると信じている
そして、愛用の杖を掲げ
【魔の生誕の儀】を始めた…
―お主の命は尊い、誰もが知らずとも、精霊が、自然が、世界が…永遠に語り継ぐ
約束しよう、次も…
人を愛する存在として生きる権利を…