胡蝶の給仕番
使用お題 みっつ
縛ったバンダナからこぼれる髪を乱雑にバンダナの中に突っ込んで、刻むのは黒ユリの花びら。たらすのはレンゲのはちみつ。
ままごとのような甘い花のサラダ。
白い素焼きの鉢に盛り付けて白い野菊の花弁を千切り入れる。
透ける水色の光が視界を踊り過る。
この社の主神、胡蝶様の御髪の放つ輝きだ。
黒々とした宵闇色の瞳を興味なさげに逸らしてらっしゃる。
「支度は出来たのかえ。ケモノや」
俺は膝をついて花のサラダを胡蝶様にむけて掲げる。
手になされてる扇を閉じる音がやけに大きく響いた。
「黒ユリかえ」
「お気に召しませんか?」
今の時期、この周囲には黒ユリが多く咲く。
最も美しく清い状態のものを求めるなら今は黒ユリだ。
「……そうではないが、黒ならば薔薇でも良かろう?」
秋の虫のような涼やかな声で拗ねる胡蝶様。
「薔薇の香りは苦手でらっしゃいますよね?」
「そこはケモノの差配しだいじゃろう」
黒い袖を揺らしそっと顔を伏せる。
袖で顔の半分を隠しながら夜の青の眼差し。
「では、これは下げますか?」
問えば、答えは沈黙で返る。
「では、お下げいたしますね」
小さな舌打ちの音が耳に届く。
「下げぬでよい」
閉じた扇が膳を据えろと無言の指図。
「はい」
俺は大人しく予定通りに膳を据える。
「我は人は好かぬ」
「はい」
「だがケモノならばよい」
「はい」
これは毎夜の儀式。
「ケモノであるならば、我はそなたを守ろう」
透ける水色の髪が揺れる。
夜の色の瞳がまっすぐに俺を見つめる。
「ケモノよ。舞うがよい」
「俺はケモノです。そして、」
「聞きとうない。はよぅ舞え」
俺はバンダナを外す。
こぼれるのは青い髪。青い鬣。
青の獅子は神の怒りに触れ滅んだのだ。
俺は人の母から生まれ、胡蝶様の下に逃げ込んだ。
人は希少種に優しくなどなかったから。
栗鼠が草笛を吹き鳴らし、鳥たちが軽やかな歌声を供する。
胡蝶様は人を好きではなく、俺が人でないことを毎夜確認したがる。
俺が半分人な事実を忘れたがる。
月のある夜もない夜も俺は青獅子の姿で胡蝶様の前で舞い踊る。
「俺」
「なんぞ?」
「胡蝶様の水色の御髪好きです」
「甕覗色というのじゃ」
不満そうな声で修正される。
「それと、夜の空色の目玉も好きです」
「紺色の瞳と言え。目玉は風情がなさすぎるぇ」
リンゴの花を散らした扇が揺らいで風をおくってくる。
踊り疲れて汗で湿った鬣をリンゴの香りの風が通り過ぎていく。
「胡蝶様が、好きです」
「我は人は好かぬ」
「俺は、ケモノです」
貴方が求めるままに。
扇が胡蝶様の顔を隠す。
「ケモノは料理なぞせぬ」
「俺は、胡蝶様のためだけにするんです」
扇が下ろされ紺の眼差しが俺を物悲し気に睨む。
「そなたはケモノにはなりきれぬ子よ」
リンゴの花を砂糖漬けにした菓子を盃に入れ胡蝶様に差し出す。
「俺は胡蝶様が望むようにありたいんです」
「我は人は好かぬ」
扇がしとやかに滑らかに揺れる。
「胡蝶様、俺はいつか、胡蝶様に名を呼んでほしい」
人でもない。ケモノでもない。ただ、俺の名前を。
その願いは不遜なものかもしれない。
俺は胡蝶様に滅ぼされた種の生き残り。
「愚かしいこと」
あなたはそう呟きながらその唇に花弁をのせる。
「ええ。俺は愚かなのです」
1RTされたらたてがみが特徴的な絶滅危惧種の獣人で餌付けをする話を書きます。 http://shindanmaker.com/483657
胡蝶のあまり信仰されていない神です。生意気な性格で、人間に対して悲しい思い出があります。瓶覗の透き通るような髪に紺色の瞳を持っています。御神体は扇です。 http://shindanmaker.com/556971
お題は〔聞きたくない〕です。
〔オノマトペ禁止〕かつ〔動物の登場必須〕で書いてみましょう。
http://shindanmaker.com/467090




