ひとなつのきょうき
使用お題 ひとつ
手を伸ばす。
それは届かない。
私が傷つけた。間違いなく傷つけた。
私は知らなかった。
なにも。なにも。
知ったつもりになっていただけ。
狭い世界から解放されたつもりでまだ真綿の檻から抜けてなんかいなかった。
私が母だと思っていた女性は母ではなかった。
父の妻だと思っていた人は妻じゃなかった。
私が父の愛人で壊れたお人形だと思っていた女性が父の妻で私の母だった。
母を壊した人があなたの父で、わからないままにすべてを失った私はあなたにその責を求め、それを罪と知らなかった。
ほかにどこに怒りを持っていけばいいのかもわからなかったし、父も母も母と思ってた女性も弟もすべて土の下に沈んでどこにもぶつけられない。
あなたは誰よりも無力だったはずだった。
知りもしない父親の罪を、責を押し付けられて生きることはただ苦しかったと思えるのに。
家族は失われ正義などどこにもなくて自分なんて不確かなものはアンバランス。
あなたを苛むのは当然の正義だった。
母を壊した血をひく者。
狂人の息子。
いつか同じように生きるかもしれないなら繋ぐのが正しいと言葉を聞いて疑問など持たなかった。
何人もの人を泣かせたのはあなたではなかったのに。
あれはひと夏の絆。
秋がくれば幻のように消えるもの。
冬の寒さは心を凍てつかせ、春の花粉に惑わされ夏の暑さは狂気を呼ぶ。
狂気のさなかにいる間、それを狂気とは気が付けない。
笑ってるのが許せなかった。
幸せそうに微笑むのが許せなかった。
見下して、意思を奪って、傷つけて、私は心の底に沈めてた家族からの仕打ちをすべてあなたにぶつけていた。
あなたが誰かのために笑うのを見てるのが嫌だった。
わからないと取り乱す私をあなたは優しくなでてくれた。
気が付いてしまった。
醜い狂人は、罪人は私だった。
ひどいことをしてしまったと気がついた。
そして私を私として人として扱ってくれたのがあなた以外にいなかったことを突き付けられた。
だれもいないと、だからおいていかないでとすがった私にあなたは行きたいところがあると笑う。
落ち着いて考えればひどいことをした私が受け入れられると思うのが図々しくあさましい。
それまでいた友人を失うのだって当たり前だ。
私はあなたにもう一度会うために歩き出す。
別れの時にあなたに握らせた指輪。
「あなたの前に立ってちゃんと謝罪できる人間になりたい」
きちんと向き合って、あなたの言葉を受け止めれる人間になりたい。
あなたは困ったように笑って呟く。
「人は人以外になれはしないから。人間として生まれたらどう生きてもそれはあくまでも人間でさ、人間以外にありえない。だから、自分らしくあればいい。後悔、しないように」
「私のこと嫌いですよね? ひどいことをたくさんしました」
「夏の狂気だね。……好きだよ。特別じゃない好意に過ぎないけど」
嘘つきと言いたかった。
それでもその言葉にすがりたくもあった。
「ひどいことをしたって思ったんなら他にはしないだろ?」
なぜそう言い切れるんだと募ればあなたは笑う。
「そんないい子だから大丈夫」
自分を身勝手な人間だとあなたは笑う。
ひとりに、ひとりにしないでと呟いた私にあなたは後ろを指す。
そこには私に仕えてくれている二人がいて。
狭い私の世界を広げる道を支えてくれますか?
いつか、私も誰かを守れるように。
私の心をつなぎとめる絆に、なってくれますか?
いつか、
あなたにもらった支えを返したい。
一夏の恋。
それは狂気じみて。
大切な人を救うために旅に出ます。その旅の前にあなたは自分の出生について知ります。指輪/正義/家族はあなたの旅を語る上で欠かせない言葉になるでしょう。
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