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自縄遊戯  作者: とにあ
66/419

幸せ者の敗北宣言

使用お題ひとつ

 


 生まれた時からたぶん恵まれていた。

 仲の良い両親。愛情を注いでくれる姉達。少し、年下の面白い友人。好意を寄せられる許嫁。

 モノを欲しいと思ったことはなかった。欲しいと望む前に与えられていたのだと思う。

 学業も運動も家族の期待に応えることは容易くて時おり、手を抜いて周りの反応を伺ってみたくなるくらい。

 一度やってみたらみんなが心配し過ぎてちょっと引いた。

 友人の遠縁だという少年。軽く会釈をしただけの相手。彼が連れていた少女に妙に惹かれた。

 黒く波打つ髪。物静かな微笑み。人目がないと思って見せたトゲのある眼差し。

 まだ幼い少女。

嘉人(よしと)さま、ごきげんよう」

織那(おりな)

 ふたつ年下の許嫁。

 お互いに遠からず近からずの愛情で育ってきた。お互いに恥にならないようにと。

「嘉人さま、お遊びが過ぎると満翔みつかけさんが仰るの」

 織那のひっそりとした趣味は騒音にしか聞こえない音楽。理解出来ないが、それが彼女にとっての憩いなのは理解できた。

「音楽は情熱と魂の滾りですわ」

 そっと織那の手を引いて会場から移動した。

「あら。つい」

 そう言ってころころと笑う。

 周りの多くに理解されない趣味は秘すつもりだと言っていた。そのクセ音楽を学ぶというので呆れたら、好きだからと綺麗に笑った。

 君の視線は満翔を追いぎみ。

 だから、満翔に君のサポートを頼んだ。

 幸せそうで楽しそうな織那を見ているのは喜びだから。

 それっきり、少女を見かけることはなかった。記憶の中と夢の中以外では。

「嘉人様?」

 心配そうな満翔の声。

 満翔は気を使い過ぎる。気を回しすぎる。

 気をかけられ、不自由無きようにと労を惜しまれない。

 幼い頃から変わらない日常。

 それがどれほど恵まれているか知らないわけではない。

 だから、些細な気掛かりには目を瞑ろうと思った。控えめに、それでも凛とした少女を。


 それなのにクリスマスパーティに満翔が連れて来た少女の姿に鼓動が止まる。

 長かった髪は今、肩につかない長さで揺れていた。満翔は胡散臭い笑顔で少女を連れて挨拶に来た。

「メリークリスマス。嘉人様」

「メリークリスマス。満翔。そちらのお嬢さんは?」

 声が、上ずりそうだった。

 少女は少し不安げに満翔を見上げる。少女を安心させるかのような動きの満翔。どうしてそこで腰を抱く必要があるんだろう。

 無性に苛立たしかった。

「可愛いでしょう? 遠縁のお嬢さんで天音さんとおっしゃるんですが、今夜のパートナーになっていただきました」

 他の方が埋まっていてと笑う姿がワザとらしかった。

「天音と、いいます。はじめまして」


 少女の名前を知った。

 それは何よりの贈り物。





「織那、どうしよう」

 つい君にこぼした。他に相談するなら満翔だ。

「どうかなさったの?」

 なんというか、そう。

「すきなんだ」

「ええ。嘉人さま。お慕いしておりますわ」

 織那は小鳥のように首を傾げる。言葉足らずだったことに気がついて心が焦れる。

「その、他の女の子を……。どうしよう、か?」

 織那との間に冷たい沈黙が流れる。

 明らかな弱音。

 そんなものを見せるのは恥ずべき事のはずだった。

「婚約を破棄なさりたいのかしら?」

 ゆっくりと沈黙を破った君の声が冷静でほっとした。

「彼女の気持ちは知らないんだ。クリスマスにはじめて名前を知ったぐらいで」

 二人の婚約は家が決めたこと。つりあい、体面。そして何よりもお互い幸せになれるんじゃないかと思える穏やかな好意を寄せ合えた。

 それが、恋でなく、男女の愛でなかっただけ。

 織那を直視できない。

「嘉人さま」

 織那の声はあくまで冷静。

「私が大学卒業の前年までにどうしたいか決めてくださいませ」

 その……。織那の気持ちは嬉しかった。

「また、会えるかどうかもわからないんだ。まだ、中学生だしね」

 再び、沈黙。

 そして、笑いを持って沈黙は破られた。

 朗らかな笑い。

 織那はぴたりと笑いを納めた。

「つまり、お付き合いなさったとしても、嘉人さま、キスひとつ、私、織那は許しませんわ」

 鮮やかな笑顔。眼差しは笑っていない。

「嘉人さまを信頼しております」

 ひとまずの保留。

 考えるべきは婚約の行方。少なくとも心が通わせれないのではないかと思えた。

 それでも、家族を、周りを裏切る選択が正しいかはわからない。



「愛人でいいのではないですか?」

 あっさりと満翔が言い放つ。

「織那様との関係を壊す必要もないでしょう?」

 唖然と視線を送れば、にこりと笑いかけられる。その表情はうまくいく、うまくやる確信に満ちていて、少し、背に汗を感じた。

 うまく下準備をしてくれる友人、理解ある許嫁。織那は両親や姉たちからも娘として妹として愛されている。

 お互いに、この関係を壊すリスクは大きすぎた。

 考えながら過す日々。


 庭で、織那が少女と穏やかに微笑みあっていた。

 呆然と、見守った。

 こっちを見て、ぎこちなく、微笑んで頭を下げる。

 その手元にはチョコレート。チョコレートが好きなのかな?

 尋ねれば満翔はいくらでも情報をくれるだろう。だからこそ聞く気になれなかった。

 たとえ、その振る舞いが促されたものでも。

「バレンタインなので、その、もしよろしければ」

 挨拶のあと差し出されたのは市販のチョコレート。


 きっと、家を捨てるような真似はできない。

 それでも裏切るんだろうと思う。

 きっとこの少女は恋などしていない。それでも、どうしようもなく恋に落ちたのだと思う。




 恋を、恋に、堕ちた方が敗者なら。

 これ以上の負けはない。


 生まれた時から恵まれた幸せな人生。

 君に会えたことが一番のしあわせ。

 


「君が好きだよ」



お題は「幸せ者の敗北宣言」です。3時間以内に4RTされたら書きましょう。


http://shindanmaker.com/160701

RTされてないけどねw

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