黒騎士と下働き
使用お題ふたつ
僕はごく普通に大衆に埋没し、空気のように雑事をこなす。
雑用を職務としているお城の下働きだ。
ぼうっとしていたところを騎士様に拾われた、のだ。
暮らしていた村は戦火に飲まれ、水汲みにいっていた僕だけが取り残された。
生き残った人はいるのかも知れないけれど、僕にはどうしようもなかった。
呆然と水桶を持ってこのまま死ぬんだろうと思っていた。
「動くな」
そんな怒号。
僕は呆然と桶を支える。
桶に顔を突っ込んでいる生き物の上からの声だった。
黒く長い武器を持つ黒い鎧の騎士だった。
そのままその騎士に騎士様の仕える城に連れてこられた。
その日から僕は下働き。
黒騎士は城の騎士団の期待の星。メルカバ様。
そっと自分の左手を見下ろす。
傷ひとつない僕の左手。
それは異形の証だった。
気を抜くとほつれてしまう。
人ならざる左手。
僕の母は人間。
父は母に寄生した魔物。
左手だけは斬り落とされてもまた生えてくるのだ。そう何度自分で切り落としたか数え切れない。
そして斬り落とされた左手が触れたものを僕は知るのだ。
「おい」
黒騎士様に声をかけられる。
びくりと直立した僕の様子に彼はにやり笑う。
「名前は?」
「ソロ、です」
スッと黒騎士様は身を屈めて僕の耳元に顔を寄せる。
「知って、いるぞ」
低い囁きが僕の鼓動を止める。
ああ。
このまま死んでもいい。
ポンと頭に手が置かれる。
このまま掴み潰されても幸せかも知れない。
僕は泣きたいほど、黒騎士様が好きだ。
「落ち着け」
そっと見上げる。黒騎士様を感じる。
僕の一部は常に彼と共にあった。
彼を感じていることが幸せだった。
うねりと蠢く僕の左手が彼に絡みついている。
甲冑の隙間から服の袖から、彼に触れて彼を知る。
彼は知っていたと告げた。
「僕は、……退治されるのですか?」
「ソロは俺を殺したいか?」
僕は恐ろしい問いに首を横に振って違うと思わないと示すしかできない。
「なら、俺のそばにいるがいい。俺は俺の物の名を聞いただけだ」
僕は大衆に混じり雑事をこなす下働き。
時々、黒騎士様が僕の名を囁く。
そんな喜びを覚えた。
人でも魔物でもない半端な僕。
誰も気がつかない。
黒騎士様だけが気がついた。
僕は黒騎士様の目に、耳になろう。
黒騎士様をお慕いしているのです。
どこまでも。
本日のお題は『囁く』です。
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『獰猛』な『騎士』と『左手が触手』な『モブ』の組み合わせで、ヤンデレ話を書きます!
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