絶滅寸前レストラン
使用お題ひとつ
水が満ちて私は久方ぶりに目を覚ます。縁に手をかけ身を起こす。浄水があふれ排水溝へと消えていく。
「どのくらい、眠っていたのかしら?」
声を出して言葉を紡いでみる。最初、喉の奥からごぼりと水があふれて鼻の奥がツンとした。ああ、何回やっても慣れやしない。
しまってあったタオルは埃臭かった。水気を拭い去り、前回準備しておいた衣服を身に着け、設備の点検にまわる。
幸いにして動力及び生産管理設備は問題ないようでほっと胸をなでおろした。人工素材も前回プログラムしたように量産、保管がなされている。私はここでにこりと笑ってしまうのを止めることができなかった。
下拵えを終えたころ大切なことを思い出した。
接客の場を埃まみれにしたままだということを。どうせなら楽器の調律だってしておきたい。せめて清掃機だけでも優先的に放つべきだった。
焦る中セキュリティシステムが発した来客アラートについ固まってしまった。
目覚めて来客がないことも続いた中いつぶりのお客様だろう?
私は慌ててお出迎えにフロアへとあがった。私を見たお客様は大きな声をあげていくつかのテーブルをひっくり返してしまわれた。
私の外見はそんなに驚かれるようなものだったのだろうか?
以前、やらかしたように調理器具を握ってせまったわけでもないのだけど。
ああ、そんなことよりも。
「私のレストランへようこそ」
そして驚かしてしまったことを謝罪しながらお怪我の有無確認。
お客様は「レストラン」という言葉をご存じなく、雨宿り目的でこちらに駆けこまれたと述べられた。
清掃機をフロアに放しつつ、お客様を個室へと導く。久々に私の作る作品を食べていただけるのだ!
逃がしたり、しない。
ちゃんとデザートまで召し上がっていただきます。
荒野を行く最中、数日ぶりの雨にあった。
ぽつりと外套を滑る雫を恵みと喜べたのはほんの一時のことだった。
次の集落までは鉄車で三日はかかる。集落周りの森を出てしばらくたったころだというのも都合が悪い。稲光が、少しむこうの影を照らしあげた。
そては何か古い建物。しかも灯りが漏れているように感じられたのだ。
すぐにやむと思った雨は雨足を弱めるどころか激しさを増している。濡れた地面に足がとられる。昔は川だったという街道から転げるように抜け出した。外套が雨で重く汚れていく。よくわからない建物から漏れているのは確かに灯りだと確信は強くなっていく。
こんなところに人の住まいや遺跡があるなんて聞いたことがあっただろうか?
遺跡にはときおりあるという防衛機構は機能していないのかないのか建物内に転がり込むことに成功した。
壁にはめ込まれた蓄光パネルが仄暗く内部を照らしていた。
埃のつもった石の床。よくわからない柱や台。集会場のようなひらけた場所に点在するテーブルと椅子。少し高い位置にある布をかぶせられた何か。
ああ、布があればこの雨水を拭いとれる。降り落ちる雨はたいがい毒に汚染されているというのは有名な話なのだから。
「私のレストランへようこそ」
聞いたことがない軽やかな声が鼓膜を揺らした。舞い散る埃、少し強くなった灯りに浮かび上がる彼女はまるで白い女神のようだった。驚いて倒してしまったテーブルや椅子を立て直しながら彼女は「レストラン」の説明をしてくれて雨水を拭う布をくれた。
案内された小部屋には火が焚かれ布張りの椅子が置かれていた。
「準備をしてまいりますので、お着換えくださいね。風邪をひかれては大変ですから」
風邪って何だろう?
そんなことを思いながら言葉に甘えた。
外套を脱ぎ、火のそばに広げ湿ってしまった上着も脱いだ。雨で濡れた肌が赤くかぶれている。この程度で済んで幸いだと言えた。
渡された着替えは信じられないくらい滑らかで、自分はちゃんと服を着ているのかと何度も触って確認するほどに不安にかられた。
それほど、経ったとはおもわない。それでも暖かな部屋で布張りの椅子に沈んでいるうちにいくらか眠っていたらしかった。
「あ、お目覚めですね。お客様。まずはお飲み物をどうぞ」
白い装いの彼女はにこにこと銀色の台車を押していた。
その上に置かれた銀の桶に詰められた透きとおる塊に沈んでいた瓶を持ち上げ、透きとおる器にその中身を注いでいく。
「フルーツティーにしてみました。お口に合えば幸いです」
触っていいのか?
透き通る赤い液体はひやりとした器にふさわしく口の中を冷やしていく。
そして甘い。
はじめての味。彼女はにこにこしながら椅子の前に設置したテーブルに白く薄い皿を置く。緑の液体の中に赤い塊が置かれている。
「魚風加工食材のグリーンソース掛けです」
ぎょふう?
ほんの少しの青くささ。香草スパイスを使う薬のにおいがした。
ぐるりと腹の奥から音が響いた。
ぱちりと目を瞬かせた彼女はパッと口もとに手をあて声を抑えた。
「御不浄はこちらです。宿泊部屋の準備をしておきますね」
部屋の奥にあった扉へと誘導した。
「白湯も用意させていただきます」
その部屋から出た時、人生でここまで力尽きたことがあっただろうかというほどにへばっていた。
なまぬるい液体がなによりもうまいと感じていた。
静寂に包まれたレストラン が舞台で『雨』が出てくるトキメク話を4ツイート以内で書いてみましょう。
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トキメキ成分はない




