まのまの
使用お題ひとつ
赤い鳥居の写真がコンクリート剥き出しの床に散らばっている。
慌てて拾い集めているのは黒い衣装の十代後半の少年だ。
「稲荷大社に行った時にさ、撮った写真なんだ。千本鳥居の写真を失くしたって言ってたから」
照れた少年のはにかむ笑顔に紺のプリーツスカート少女はただ見下ろす。
「人、多くってさ、タイミング難しいよね」
必死に言葉をつなぐ少年も次第に眼差しを泳がせる。
「そうね。失くしたわ。でもそれは改修前の写真なの。今の、改修後の写真じゃないの。姉が遺した写真だったわ」
「ぁ」
少年は拾い集める手を止める。
その様を見て少女もしゃがみ散らばった写真を集める。
「でも、気にしてくれてありがと」
「意味のあるものだったんなら、僕の撮った写真じゃさ、替わりになりようもないしね。思い出させてごめん」
まとめた写真を受け取った少年に少女は首を振る。
「気持ちは嬉しかったよ。だから、気にしないで」
伏見稲荷の朱塗りの鳥居。
連なる赤い鳥居は異郷への道のようで。
少年の心を遠くへと追いやる。
あれは早朝の屋上、鳥居の写真を彼女にプレゼントとか思ってたんだ。
「主様、おめざでしか?」
くるんと大きな目とさらさらの赤茶けた髪の少女が俺を覗き込む。
彼女は鳥居の向こうから来た狐だ。
彼女は鳥居の写真を盗りに来た。
「道がひろがるは危険でしよ!」
そんなことを言って写真からにゅるりと現れた。
そして一枚を残して写真を焼いていくのだ。
高校生だった俺はそれを布団の中から呆然と見つめていた。
そして残された一枚を破った手があった。
黒と灰色の薄ら汚い狸がその一枚を破った。
赤茶の狐と灰黒の狸。
それが部屋で暴れ始めたらどうなる?
今思えば、やめればよかったのに俺は止めるために安全圏から動いたんだ。
そんなことで、まずいことになるなんて考えなかった若かりし日が憎い。
今、俺が寝起きしてる部屋は八畳ほどの部屋だ。
起きれば。窓の外を確認して雨が降っていなければ布団を窓にかけておく。
それでも油断ならないので狐に「嫁入り予定」の有無を確認する。
嫁入り行列の日というのは人避けのために雨を降らせるからだ。
「聞いてないでしねぇ。うちの姐さん達は大丈夫でしよ?」
「アテにならないわねぇ」
ヤマモモ色のスーツ姿。クセのない黒髪は肩につかず。黒目がちの瞳は抜け目ない。こちらは狸だ。
「主殿。寝所の始末はあちに任せて朝餉にいかれませ」
「主様の朝餉の準備はわれがしるのでし!」
狸の言葉に狐が突っかかる。
いつもの光景である。
俺はあくびをしつつ、ちゃぶ台の方へと向かう。
ここは『間の間』
人とアヤカシの世界を分けるハザマ。
稲荷狐と狸は仲が悪い。
安全な場所から俺が出たことで空間が壊れて落ちた。
助けてくれたのはこいつらじゃない。
ちゃぶ台に並べられた朝飯、麦飯、汁物、山椒の煮物。
昔は好きじゃなかった食事も今ではなれた。
よくわからない『縁の法』とやらで関わりが結ばれた俺達三人。
便宜上、俺が『主』で、二匹は『使役』だ。
「主様はあちの朝食をご所望よ」
「ぁあ。ハッパばかりでし! 絞めた兎が一羽あったでしに!」
行儀悪く箸を突きつければ先端恐怖症の気のある狐はびくりと動きを止める。
「それは昼か、晩飯で」
いつ狩ってきたかはわからないが処理はきれいに終わっててほしい。
「はいでし!」
嬉しそうに笑う狐。
蔑むような狸。
「あちはお勤めに行きますね。主様」
狸はそう言って軽く擦り寄ってくる。
まぁ獣の愛情表現だ。
人の姿をとる狸は屋上で別れた少女を模していて気分的に不思議だ。
耳元で囁く狸の声は本人より低くハスキー。
「出会った時の主様が好いておられた女性の姿。そのまま、固定しておりますが他の姿がお好みでしたなら」
そう言いつつも答えはわかっているのが狸だ。
俺が成長するのに合わせてその外見も少しずつ年を重ねた。
狐はアニメの天然娘を再現したような永遠の十代少女。
両手に花?
獣姦の趣味はないけどな。
帰りたい。
きっと俺は失踪者になったんだろうと思う。
両親が、まわりがあの子が不用意に責められてないといいなと思う。
自分のセイだと思ってないといいなと願う。
『神隠し』
ここに落ちた人間はそう言われるらしい。
他にもいる。
稼ぐのは使役たち、主は自らの行動範囲で何もせず過すのだ。
あくせくと帰る道を探すのは最初だけ。近所に住む主仲間は諦めた笑いをにじませる。
『帰ることができるときは帰れるよ』
それはいったいいつなんだろう?
俺は狸が出かけ、狐が兎を捌きにいったのを見送ってから下駄に足を差し込む。
「早朝の屋上」で登場人物が「探す」、「プレゼント」という単語を使ったお話を考えて下さい。
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