欲しいもの
使用お題ひとつ
「守りたいものはありますか」
そう言って僕を見つめていたのは母だという人だったと思う。
母というひとはいつだって夢と現の間で揺れている人だった。
そのひとがふいに僕と視線をあわせてそううたった。
僕は、僕には、守りたいものなんてひとつもないと突きつけられた。
なにも言葉を発せれない僕の頬をみっともなく液体が伝っていく。
僕は無力で無知だった。
守りたいものなんてなかった。守らなければならないものが存在するなんて考えたこともなかった。
母だというひとのその言葉と眼差しが忘れられない場所にこびりついて剥がれない。
ばあやが教えてくれた母だというひとが僕を見たのはきっとその時だけ。もしかしたら僕を見てると思ったのは僕の願望ですらあったかもしれない。
白い月光にさらされた幽鬼のようなひとだった。
ばあやもその孫でもある世話役も僕に必要以上に話しかけたりはしてこない。食事と着替え。僕は生きてさえいればそれでよかったらしいから。
父だと教わったひとは僕をみることなく弟だという男の子を抱き上げ笑うのだ。
弟の母だというひとは「可哀想な子」と僕の頭を撫でた。
弟の母だというひとはすべて弟にあげたいらしかった。僕はそれでいいと思っていた。全部弟のものになったら弟の母だというひとは笑って僕を撫でてくれるのだろうか? 嬉しいと僕に笑ってくれるだろうか?
きっと僕は母というひとが欲しかった。
「可哀想な子」と撫でられた感触が忘れられない。「守りたいものはありますか」とあわせられた目が忘れられない。
ふたりとも花のようなよい香りがしていた。
ばあやが来なくなり、世話役の姉弟は僕に不自由を感じさせないためだけに動いている。僕はふたりの名前すら知らない。
ある日突然僕はどちらの母もうしなった。
黒い服に身を包み、見知らぬ大人の伝言人形になった。
わからなかった。
母も父も弟も、父の愛人も同じ日に僕のそばから僕を置いていった。
なぜなのか、なにがあったのか。
それもすべてわからなかった。
すべてが遠い世界でぐるぐるまわり、僕はただ流されていた。だって大人たちは僕にそれしか求めなかった。
逆らわず、ただ言葉を繰り返す操り人形たれと。それが僕の幸せだからと。
しあわせなんて知らない言葉。
ただ、濃霧に包まれたような思考の僕にもその言葉は耳あたり柔らかく甘かった。
「しあわせになればいいのに」
僕に届いた声。僕は君をみた。しあわせってなにかわからなかった。少なくとも不幸ではなく、僕は恵まれているはずだった。僕自身の意思はなくても。大人たちの都合のいい人形であればいらないとは言われず、必要だと言ってもらえるから。
「孤独を守ってなくていいんだよ」
僕はなにも守ってなんていない。
「だいじょうぶ」
無責任に言って君は笑っている。
「すこしのあいだ、そばにいるよ」
一緒にいて同じ時間を過ごして。君が大切にしてるものにほんの少しだけふれて。
だいじょうぶと笑いかけられて。
行こうと手を引かれて。
どうして僕はどんどん惨めに感じていくんだろう。
こみあげるぐるぐるしたなにかがひどく胸を、胃をかき混ぜるようで気持ち悪い。
こみあげる吐き気に君が悪いと恨みがつのる。
「そうだね」そう言って笑う君に余計気分が悪くなる。
君が悪い。
君のせいだ。
君はずっとなんていてくれない。
ああ。きっと僕はもっと早く君に出会いたかった。
欲しいものを聞いてくれて、だいじょうぶと無責任に笑ってくれて、しあわせになればいいとそばにいると手を引いてくれる君に。
惨めで、ぐるぐる気持ち悪いのは悔しくてもどかしいのだと知った。怒って悲しんで泣いてもいいと君は言う。
君は荒れる僕をみないけれど手を握ってくれていた。
君はずっとなんて約束しない。
それでも今僕を大切なものだと笑ってくれた。
ああ、きっと僕はみてほしかった。
守りたいものはありますか。
きっと君にはそれがある。
一番でなくてもたとえ、ひとときでも、僕はその中に入れたのだろうか?
欲深さは際限なく深まって僕は僕自身を見失いそうでこわい。
このこわさを知らない昔に戻れたら。
そんなことを思いながら昔に戻ることが叶うとしても僕はこのこわさをきっと手放せない。
好きです。
だから僕はその言葉を飲み込んだ。
「守りたいものはありますか」で始まり、「その言葉を飲み込んだ」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば13ツイート(1820字)以上でお願いします。
#書き出しと終わり #shindanmaker
shindanmaker.com/801664
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