わたしのママ
使用お題ひとつ
知っているおばさんだった。
おじさんは父さんの友達だった。
ママがいなくなってからママの希望だったと父さんは自分の友達夫妻にわたしと弟を預けて仕事に耽った。
父さんはギリギリ自分の世話ができるかできないかの人だったからそれは仕方がないのだと思う。
わたしだけじゃなく弟もいるのだから。
その町には年上のいとこたちが住んでいてなにかとかまってくれる。
いとこのところにいる子供がわたしより年上でなんとなくなんて呼んでいいかわからないよね。
それでも新しい生活は気がつけば馴染んでいた。
親戚のお兄ちゃんにお姉ちゃん、お世話になっている夫妻の甥っ子ちゃんと姪っ子ちゃん。
にぎやかしい生活はママの不在を風化させていく。
それが心細くて仕方がない。
泣きたいのに泣きたくなくてこぼれた涙をぬぐってくれるあの指が頬を撫でることはないのだと泣きたくなる。
会いたくて仕方なくなっていくのが苦しくて、泣く事を自分に許せない。
いとこのお兄ちゃんがアルバムを広げてみせてくれる。
ママの写真。わたしも弟も混ざっていないママの写真。
おうちのアルバムにはわたしと弟の写真はいっぱいあるのにママの写真はちょっと少ない。ママと写っているのは弟との方が多い。
だってわたしが撮っていたもの。
ブレてたりちゃんと写ってなかったり。
でもママはいつだって笑っている気がした。
わたしの知らないママの話。
笑って「きっといいお母さんだっただろ?」って言う。お兄ちゃんもわたしのママが好きだからと撫でてくれる。
「ママが好きよ」
さいごにママが好きと口に出したのはいつだったろう?
いってらっしゃいと送り出してくれたママ。
おかえりなさいはなかった。
父さんはママの話をして弟をたくさん泣かせた。
だから、わたしはママのことを口にすることができなくなった。
だってお姉ちゃんが弟を泣かせてはだめでしょう?
アルバムのママはほんのちょっぴり記憶の中のママより若そうで風化のノイズが若い笑顔にすり変わっていく。
「ママはわたしたちのこと大好きだったのよ」
いつしか弟は泣くことなく、ただ聞いてくれた。
弟が少し考え込むように黙る。
「おれも大好きだったと思う。においもあったかさも」
「いつもいいにおいだったものね」
ママはバスオイルとか大好きだったから。大きく頷いた弟がぎゅっとわたしの手をつかんだ。
「しあわせにならなきゃな。ママはおれたちにそれを望んでた!」
記憶が扉を叩く。優しい手とあぶないことをしたわたしたちを叱る声。心配して抱きしめてくれるぬくもり。
「そうね。大好きよ」
「おれも姉さんが好きだよ」
ちゃんとしあわせをつかもう。
ちゃんと見つけていこう。
わたしが弟にしあわせになってほしいのと同じくらい弟もママも願ってくれてるから。
くしゃりとおじさんがわたしと弟の頭を撫でてくれる。
「あのね、おじさんたちも大好きだわ」
すこしだけ気恥ずかしかった。
あなたは『いつだって涙をぬぐってくれた手が、もう無くなってしまったなんて信じたくない』幸せにしてあげてください。
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