幻蝶
使用お題ひとつ
届きそうで届かない何かがあった。
嘆いても変わらないし、見ないフリも違う気がした。「ねぇ、ちょうちょ」母に伝えても見当違いにちょうちょのおもちゃを渡してくれた。
違うのだ。カラフルなプラスチックの翅がぱたぱたと楽しいけれど違うのだ。
「楽しい? ちょうちょさん、好きね」
優しく抱きしめられて嬉しいから結局いいんだけどね。
気になるちょうちょはひらひらと僕の視界を過ぎってく。
うっすら白化粧された野にも陽射しに焦げるアスファルトの陽炎にも混じってひらひらと。捕まえられない蝶は幻覚なのだろうかと自分が不安になる。そんな分別がついた頃ひらめくちょうちょを見ることがなくなった。それはひどく寂しく心細いことだった。
変わらないと思っていた世界が変わっていく。
僕は混乱を飲み込みながら不安そうな母の手を握る。僕の母は母で父は父なのだ。『本当の父』はそれでかまわないとおそるおそる撫でてくれた。ふわりと蝶が見えた気がした。
嫌いにはなれなかった。
時をおいて『本当の両親』の住む町にも遊びに行くようになった。友達ができた。くしゃみのとまらない僕に友達が慌てている。目も痒いし鼻水もずるずるとまらなくてもう泣きそうだ。
泣いてる? これは痒いからだ。僕にとって『本当の母』と姉夫妻とは一緒にいる事もできない相手だった。
ウチに帰って母さんの「おかえりなさい」を聞いて本当に嬉しかった。僕の帰るところ。
誰がなんと言っても母さんが「おかえりなさい」を言ってくれるなら僕の家は此処。
もうひとつの家族がいる町に遊びにいくのは習慣になった。だって地元の友達より気の合う親友ができたなら仕方がないじゃないか。
学校が終わってから一緒に行く。友達の一人は同じ学校だったから。
「みんな同じ学校だったらいいのに」
誰とはなく呟いてお互いに笑った。くるくると変わってく。時間は戻らない。
たまに見えるちょうちょを見えてはいけないものとして黙殺する。それはひどく罪悪感が募る行為だった。届きそうで届かないそれでも大切な何かを無視しているようで。
おれはもう少し『本当の両親』に心を開くべきだったんだろうか。黙ってるんならずっと黙っていて欲しいという気持ちとおれなんかいらないんだろという捨てばちで情け無い気持ちが葛藤する。
『本当の両親』がおれにはわからなかった。
呑み込んできた『本当の僕』の不在。
くしゃみがでて目が痒いなら大概近くにアレルゲン。猫や犬は好きだけど、くしゃみ鼻水たまに発熱までいっちゃって母さんを心配させる。
息がうまくできなくて苦しい。『本物』じゃないから罰を受けているんだと信じていた。
「動物が好きなのは姉さんに似たのね」
ぎゅっと抱きしめてくれる母さんの腕の中で言語化できない心を持て余した。
「不安そうだね」
父の言葉に何か言おうとして言葉を見失う。父さんと呼んでいいかわからない。だっておれは本当の父さんと母さんの子供じゃない。押しつけられたおれをどう思ってるのかと不安になる。
だって本物が、本当がいいでしょう?
「おれ、迷惑じゃない?」
絞り出した不安の声。音にした途端に後悔する。
蝶が視界の隅をひらめく。
本当は言わないつもりだった。
「届きそうで届かない何かがあった」で始まり、「本当は言わないつもりだった」で終わる物語を書いて欲しいです。できれば8ツイート(1120字)以内でお願いします。
#書き出しと終わり
shindanmaker.com/801664
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