友達ができた
使用お題ひとつ
朝からツイてないこと続きだ。
目覚ましは壊れていたし慌てて傘も忘れた。挨拶しようとして今日も言葉を飲み込んだ。いまにも降りだしそうな天気はそのまんま俺の心のような気がした。
軒先で曇天を睨んでいると、よければ入ってく? と傘を差し出され、喜びと気恥ずかしさがないまぜになる。ツイてないとさっきまで暗く沈んでいたのに、彼に声をかけられただけで舞い上がってしまってるのだ。
「まだ降りだしてないし」
いまにも降りだしそうな曇天を睨みつけながら走ればいいと強がる俺に彼は空を見上げて笑う。
「ダメだよ。ほら、降りだした」風邪をひくだろ。と指先に乗った雨粒を示してきた。
さっと広げられ傘は重そうな大ぶりでシンプルな紺色だった。
どうしてそんなに自然に手を差し伸べることができるんだろう?
「確か途中までは同じ方向だろ? おくるって」
鮮やかな笑顔は眩しくて少し視線をずらしながら近所の目印を説明すると楽しそうに「ああ、知ってる」とかえってくる。
足を運びながら彼は驚いたように「ほんとうに近所か。何なら今度遊ぼうぜ」と声を弾ませる。途中で、「俺んち、こっち方面なんだ」と指をさす。何となく行ったことのない道だった。
「昔は校区の分かれ目だもんな」
彼の言葉にそれでかと俺も頷く。あちらがわには行ってはいけないという禁止項目がいつまでも意識にこびりついて無意識に回避させていたんだろう。
傘を雨がなぶるように叩いている。普段は気にしない地面の凹凸が水溜りをつくる。
「ありがとう」
思ったよりずっと早くついてしまった自宅前でそう伝えれば、彼は照れ臭そうに笑う。
「どういたしまして。もう少し喋りにくい相手かと思ってたけど、そうでもなかった。もっと早く話しかければよかったな」
まるで随分前から認識されてたかのような言い方ですごく気恥ずかしい。
「俺、騒がしいからさ」
それは違う。ただ俺は。
「時間、あるなら、少し雨宿りしてってよ」
俺はつっかえながらなんとか声を言葉を吐きだす。雨はまだひどく降っている。
「時間はあるけどさ」
「じゃあ、どうぞ。飲み物くらい出せるから」
ドアをくぐらせて俺は慌ててタオルを取りにいく。大振りの傘でも二人には少し小さかったから。
「風邪ひくだろ」
彼はその言葉に「それ、俺の」と言って笑う。
ポットのお湯を使って淹れたお茶に彼は意外そうにしていた。
「手間をかけさせた?」
「ううん。お茶苦手だった?」
温かい方がいいかと思ったんだ。
「ぬっくいな」
包み込むようにゆのみをもって屈託なく笑う様子にホッとした。そのあと少しだけ彼と会話をした。騒がしいなんて思っていないと、そう、誤解を解きたかった。
俺は明るくて友達の多い彼を遠い存在としてみていたし、彼は俺の事を物静かで騒がしいことは嫌いなんだろうと思っていたと聞いた。お互いに「そんなことはない」と否定しあって笑ってしまった。俺はただ単に輪に入るタイミングを掴めないだけだから。お互いに「なんだ」と笑って気がつけば色々話していた。俺は彼に憧れてたし、彼は声をかけようとして考え事の邪魔をしたくなかったと言う。
「じゃあ、帰る」
思ったより長居したと慌てる彼を玄関へと送りながら「またな」と返す。
傘を広げ、ふいに振り返って口を開く。
「朝さー、占いでラッキーアイテムは傘って出ててさ。親父の傘持ってきたんだけど、当たったぜ」ラッキーカラーは紺色だったらしい。
この時間を、この関係を幸運と告げられて俺のツイてない日は終わった。
【単語】ラッキーアイテム
【短文】朝からツイてないこと続きだ。
【長文】軒下で曇天を睨んでいると、よければ入ってく?と傘を差し出され、喜びと気恥ずかしさとがない交ぜになる。
です
#甘酸っぱい彼らの新刊
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