竜宮と猫
お題ひとつ
竜宮城を中心とした城下町。
湖畔を取り巻く大通り。所々に広場があり小道が放射線状に広がっている。
一番の大通りには屋台や茶屋が傘を出している。
「あんれ、シノちゃん渡りかね?」
藁の編笠をかぶった初老の船頭が皺くちゃの手で棹を握り直す。
「先生のお使いです。船、あいてらっしゃいますか?」
「ちょいと待ってなぁ。今日の許可を取ったのは若いのでなぁ」
ちらちらとシノの腕の中、抱かれる猫に送られる視線にシノは猫を抱き直す。
「ちゃんと抱いておきますよ」
「ああ、あぁ。シノちゃんがちゃぁんとするのは知っとるよ」
ちょいと待ってな。と桟橋の小さな鐘を鳴らす。
静かだった湖面が大きく幾つもの波紋を描いていく。水中を走る巨影をシノは追う。
小舟が小さな銅鈴の音色と共に滑ってくる。棹を握る編笠半被の船頭はどうやら舟に見合った小柄な船頭。
「おジィ、呼んだか!」
棹を握る手はけむくじゃら。ぱしんと勢いよく舟底を叩く尻尾。
「猫人の船頭さん?」
「おう。そうよ!アンタが客かい?どこの宮に行くんだ?」
さぁ、乗んな。勢いよく腕を引かれて小舟に転ぶ。
にゃあと強い調子で猫が鳴いた。
「すまねぇ。怪我はしてねぇ?」
「驚きましたが大丈夫ですよ。翠宮へ向かっていただけますか?」
「翠宮……、記録所だな!」
元気いっぱいに確認されてシノも少し楽しげに「はい」と頷く。
ちゃぷんと水音が弾け、棹で操ることもなく小舟が動きはじめる。
「水竜らが協力的だなぁ」
「いつもと同じですよ」
シノはニコリと猫人の船頭に笑いかける。
棹についた銅鈴がチリン、チリンと時おり揺れる。湖の岸辺近くを走る舟が遠まきに棹を揺らす。
「お客人は土産物には用はないんだろう?」
「はい。必要がありません。もしかしたら帰りならわかりませんが」
「竜宮から帰る時、舟がいるなら呼んでくれよな」
棹から外した銅鈴がシノに差し出される。桟橋で、「要らないなら水に還しといてくれればいいさ」と押し付けた猫人の船頭は手を振りながらはなれていった。
翠宮は国の様々な資料が収拾された資料書庫。シノには馴染みの深い場所だった。
迷いなく管理士の詰所で受付票を受け取り目的の記録館へ向かう。通りすがる中庭の人工池では蓮の花が咲き誇っている。
「どうにかして戻ってこれない?」
「無理です」
そんな語らいの声。
「約束だったろう?」
責めるように詰るように聞こえた声につい足を止めたシノはぎゅっと猫を抱きしめる。
「ゆびきりをしたんですよ。ずっと一緒にいると。あの頃の私は知らないでいたから。懐かしいですね」
猫がにぃと小さく鳴いた。
記録回廊では通った人の過去を記録して再生する。基本的にみる過去の記録は自分のものだと言われている。それでもいつか誰かに覗き見られそうで嫌な気分になる。
「だから、この回廊は嫌いなんですよね」
強く抱きしめすぎたかと猫を撫でる。
顔を上げれば視線が絡んだ。
『約束だったろう』
音をたてずその口が動く。
「わ、私は知らない。こんな光景知らない」
シノは硬直しそうな足を無理に動かす。
いっそ、拒んでしまえばいい。そうあの時考えたはずなのに。小さく呟きながらただただ足を動かす。
「おや。シノさん。お使いですか?」
「ミヒラ様」
緋い神官の着物に身を包んだ馴染みの相手にシノはふっと息を吐く。
「はい。先生から記録珠を納めてくるようにと」
「それは楽しみですね」
戻ってくる日常にシノははいと笑みをつくる。
お題は、『いっそ、拒んで』『どうにかして』『ゆびきり』です。
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